人鳥は愛に飢えている(6)

 本来、相亀は幸善の特訓に付き合う必要がなかったのだが、ペンギンを連れて帰ることに決まったことにより、幸善の特訓を最後まで見ることになった。ペンギンをあの時間帯で誰にも目撃されずに連れ帰ることができるか怪しかったからだ。


 一人前とは言えないながらも、ある程度、仙技を自由に扱えるようになっていた幸善を茶化してから、その間も一切離れてくれなかったペンギンを連れて、相亀はQ支部を出る。時間帯的に人気が少なく、全体的に人と逢う機会が少なかった上に、日が沈み、街灯がつくくらいに暗くなったこともあってか、ペンギンと気づく人は誰もいなかった。


 無事に相亀はペンギンを連れて、自らの住むアパートの一室まで帰ってくることに成功していた。部屋の明かりをつけて、誰もいない部屋の中でペンギンを引き剥がそうとしてみる。


 しかし、ここに来てもペンギンは相亀の身体に抱きついたまま、離れる気配がない。


「おい、流石にここくらいは離れてくれよ」


 困ったように相亀が呟いてみるが、ペンギンは相亀に抱きついたまま、相亀の顔を見上げてくるばかりで、相亀から離れる素振りは一切見せない。


 そうしていると、相亀のスマートフォンに通知が来ていることに気づいた。ペンギンに抱きつかれたまま見てみると、相亀の父である相亀謙次けんじからの連絡であり、今日も仕事で帰りが遅くなる旨が書かれている。


 それを読んだ相亀を見て、ペンギンが相亀の身体をよじ登ってきた。そのことに驚いていると、心配そうに翼を伸ばしてくる。相亀の顔に優しく触れてきて、相亀は自分がどんな表情をしていたのか気になった。


「大丈夫。いつものことだから」


 ペンギンに答えながら、相亀は誰もいない家の中に目を向ける。


 相亀の母である相亀蜜希みつきのは、相亀が小学校に上がったばかりの頃だった。病死だった。

 相亀が物心ついた時から、相亀の母は身体が弱く病気がちで、相亀と逢う時は基本的に病院のベッドの上だった。それが母の当たり前の姿だと相亀は思っており、それが違うと気づいた時には既に母はいなくなっていた。


 相亀の父である相亀謙次は非常に真面目な男で、いつも家族思いの人物だった。それは蜜希が亡くなってからも変わることはなく、謙次は一人で相亀を立派に育て上げると心に決めたようだった。

 相亀に不自由な生活をさせることなく、高校にも、大学にも通わせる。そのために自分がしっかりと働かなければいけない。そう思ったようで、謙次はそこから、それまで以上に仕事をこなすようになっていた。


 それから、謙次は帰る時間が遅くなり、まだ小学生だった相亀は一人で過ごす時間が多くなっていた。一人の時間を潰すためにこの頃から相亀は野良犬や野良猫を可愛がるようになり始める。


 その中で相亀は意図せず、妖怪と触れ合うことになってしまっていた。その時間が長かったためか、高校生の頃にはほんの少しだが、仙技に近い力を使うことができるようになっており、そのことがきっかけで仙人として奇隠で働くようになったのだ。

 最初の頃はそれまで使っていた真似事のような仙技が限界だった相亀も、だんだんと仙人として活躍できるようになり、三級仙人としての給料が発生するようになる。

 そうしたら、謙次も少しは休めるようになる、と相亀は思っていたのだが、実際のところは違っていた。


 相亀が十分な給料を受け取り、それを謙次に渡そうとしても、謙次は受け取ってくれなかったのだ。仕事の内容を説明できない以上、バイトとしか言えない相亀の給料を、自分達の生活のために消費させるわけにはいかないと思ったらしい。何とか相亀が説得し、一部は受け取ってくれたが、それも相亀達の生活から考えるとかなり少額で、生活費のほとんどは謙次が稼いでいる状態だった。

 相亀は奇隠で受け取った給料から、食費を始めとする生活費の一部を払って、謙次の給料を貯金しているのだが、それもいつ言えばいいのか、相亀は分からずに一年近く経っている。


「あ、そういえば、買い物を忘れていた」


 冷蔵庫を開けて、夕飯の支度でもしようかと思ったところで、相亀はそのことを思い出していた。あまり真面な食事は作れないが、一人と一匹分くらいなら問題ないかと、相亀は残った食材で何とかしようと考え始める。


 その間も相亀の隣では元気にペンギンが鳴き声を上げていた。その声を聞きながら、ペンギンに調理中の危険さを伝える方法も相亀は考えなければならない。


「頼堂の家はどうやって妖怪と共存しているんだ?」


 そのことを不思議そうに考えてから、条件が全く違うことに気づき、頭を抱えたくなった。

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