人鳥は愛に飢えている(3)

 放課後、東雲との約束通り、相亀がグラウンドに足を運ぶと、既に東雲と対戦相手の予定の我妻が待っていた。相亀はその二人だけだと思っていたのだが、そこには二人以外にも幸善と久世くぜ界人かいとがいた。幸善は困惑した表情をしており、グラウンドに相亀が姿を見せた途端、相亀に近づいてくる。


「え?何これ?」

「知らない」


 相亀と幸善が話していると、目敏く東雲が気づいたようで、慌てて二人のところまで駆け寄ってくる。


「ダメだよ、幸善君。不良が移る」

「感染症みたいに言うなよ」


 東雲に連れられて幸善が自分から離れていく様子を見守りながら、既に準備運動を始めている我妻を見習って、自分も準備運動でもしようかと思っていると、いつのまにか隣に久世が移動してきていた。あまりに気配のない移動に相亀は一瞬、声を出しそうになったが、寸前のところで何とか堪える。


「君も大変だね」

「え?ああ、まあな」

「君の実力、楽しみにしてるからね」


 笑顔で言ってくる久世に、相亀は苦い顔しか返せない。やはり、こいつも陸上部である我妻に自分が勝てるとは思っていないのだろうな、と思いながら、相亀は我妻のところに移動する。


「今日はすまない」


 横に並んだところで我妻が相亀に謝罪してきた。いきなりの勝利宣言かと思い、少し苛立ったが、どうやらそうではないらしく、我妻は真剣な表情をしている。


「東雲が無茶を言ったみたいだ」

「別にいいよ。これくらいは付き合う」


 そう答えながら、不意に相亀は気になっていたことを聞いてみることにした。


「一ついいか?」

「どうした?」

「部外者の俺から見ても分かるくらいだったんだが、あれは本人気づいているのか?」


 相亀が東雲を指差したことで、我妻にも伝わったらしく、我妻はかぶりを振っていた。


「いや、多分、無意識だ。自分がどうして一生懸命になっているか分かっていないと思う」


 そう言いながら、我妻が東雲に目を向けた瞬間の表情を見て、相亀は頭を掻いていた。どうやら、面倒なことを知ってしまったらしい。


「さあ、始めるよ」


 東雲が相亀と我妻のところまで歩きながら、意気込んだ様子が言ってきた。自分は何もしないだろうと思いながら、相亀は我妻と一緒にスタートラインにつく。


「手加減はできない」

「ああ、いいよ」


 申し訳なさそうに我妻は言っていたが、寧ろ、相亀の方が申し訳ない気持ちでいた。正々堂々と勝負をしようとしている我妻には申し訳ないが、相亀は完全な狡をするつもりでいた。


「位置について、よーいドン」


 東雲のスタートの掛け声としては緩い掛け声を合図に、我妻と相亀は走り出した。


 流石に我妻は速く、一瞬で相亀は引き離されそうになる。最初は、と思ったが、百メートルは一瞬であり、その余裕もなさそうだったので、相亀は我妻から引き離される前に問題の狡をすることにする。


 恐らく、傍から見ている幸善は気づくだろうと思いながら、相亀は気を足に動かしていた。どれだけ陸上部の我妻が速くても、仙気で脚力を強化した仙人には及ばない。それは確かなことで、引き離されかけていた相亀はどんどんと我妻との差を縮め、ゴール直前には追い越すことに成功していた。


 そのまま、ゴールラインを越え、相亀は我妻に勝利する。そのことに負けた我妻はかなり驚いているようだった。


「は…速い……」

「悪いな、俺の勝ちだ」


 相亀は我妻ほどに荒くなっていない息を整えながら、そう言う。全力で走っていた我妻と違い、相亀は仙気を移動させる方に意識を割き、脚力の強化くらいの移動なら疲れることはない。

 少し元気過ぎると怪しいかと、そのことに相亀は心配していたが、駆け寄ってきた東雲も久世も、特に不思議がっている様子はなく、寧ろ相亀が勝ったことの方に驚いていた。


「我妻君が負けるなんて…」

「結構速かったね」


 そう呟く二人と一緒に、相亀と我妻のところまでやってきた幸善が相亀に近づいてきて、小声で聞いてくる。


「お前、完全に狡しただろ?」

「ん?何のこと?」

「口調が変わってるぞ」


 狡をしたと分かったとしても、仙気を使った狡を説明することはできないはずだ。幸善に咎めることはできないはずなので、相亀はどちらにしても気にすることではないと考えていた。


「じゃあ、俺の勝ちだから、約束は守ってもらうぞ」


 東雲にそう言ってから、相亀はさっさと帰ろうと思い、その場を立ち去ろうとする。その腕を幸善が掴んで、相亀を睨んできた。


「約束って何だよ?」


 約束の内容は分からないが、何かしらの約束があったのに、狡をした相亀に幸善は怒っている様子だった。確かに約束の内容を知らないと、何か悪いことでも考えているのではないかと思う場面か、と相亀は納得しながら、幸善の腕を振り払う。


「別に悪いことじゃねぇーよ。こういう勝負をもう持ちかけないって約束してたんだ。そのための狡だ」

「やっぱり、狡してるんじゃねぇーか」


 幸善は呆れながらも、相亀の言葉に一応の納得はしたみたいで、それ以上の追及はしてこなかった。


 今度こそ、相亀は学校から出るためにグラウンドを立ち去る。その途中、頭を掻きながら、さっきの幸善との会話を思い出す。


(これを貸しにできたらな…)


 そう思ったところで無理だと分かっているので、相亀は東雲が約束を果たしてくれることを願いながら、学校を後にした。

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