人鳥は愛に飢えている(2)

 まだ幸善が仙人になる前のことだ。幸善を連れてQ支部に向かっていた相亀は、自分達を尾行する気配の存在に気づいていた。


 誰が追ってきているのか、姿を確認するために振り返ろうとした相亀だったが、その瞬間の気配があまりに騒がしいことに気づき、その姿を見なくても追ってきているのが誰か悟ることができていた。

 その時は幸善に勝負を吹っかけ、Q支部まで走っていくことで、その気配を撒くことはでき、その後も同じ方法で誤魔化したが、この方法で何度も尾行を撒くのは難しいと相亀も思っていた。その中で幸善がQ支部に一人で通えるようになったのは、大きなことだと思ったのだが、そこから悩みは一向に解決していなかった。


 今度は一人の相亀を尾行する気配があったのだ。どうやら、相亀と幸善が関わっていることを良く思っていないらしい。隙でも窺っている雰囲気に相亀はあまりいい気持ちがしなかったが、止めるにしても言葉や手段は選ばないといけないと悩んでいる最中だった。


 その中で東雲に呼び止められた相亀は素直に驚いていた。まさか、直接的に声をかけてくるとは思ってもみなかった。


「何だ?」

「幸善君ともう関わらないで欲しいんだよ」


 やはり、そういう話かと思う一方で、相亀は最近のことを思い出してみる。幸善をQ支部に送る必要がなくなったことで、相亀は幸善と外で、特に学校で話す機会がほとんどなかったはずだ。


「もう関わってないと思うけど?」


 相亀が試しに言ってみるが、東雲は否定の意思を強く込めて、大きくかぶりを振った。


「幸善君と逢ってることは知ってるよ」

「はあ?どこで?」

「幸善君のバイト先。一緒なんだよね?」


 そこまで話しているのかと相亀は思いながら、さっき東雲が言っていた言葉を改めて思い出す。


「ちょっと待て。バイト先が一緒で、それで関わるなって言ってるってことは、暗にバイトを辞めろって言ってるのか?」


 相亀が驚きながら聞いてみると、東雲は困ったように顔を逸らしながら、相亀に何とか聞こえるくらいの声量で呟いていた。


「……シフトを変えるとか…?」


 奇隠にシフトの概念はない。そう思いながら、相亀は困ったように頭を掻く。どうして、そこまで自分に対する信用がないのか分からないが、そのことで幸善に対する信用まで欠けているところがどうにも理解できない。


 そこまで盲目的なのかと思った直後、相亀は東雲が何を思っているのか、何となく察していた。そのことを踏まえながら、改めて東雲の言動を見てみると、それも可愛らしく見えてくる。

 そう思ったのも束の間、相亀は心の中でかぶりを振っていた。流石に病的というか、どこか恐怖を感じるほどで、可愛らしさは欠片もない。


 結局、東雲は困ったまま、最適な答えを見つけられなかったみたいで、誤魔化すようにかぶりを振ってから、相亀に詰め寄ってきていた。


「そんなことはどうでも良くて!?」


 その一言にどうでも良くはないだろうと思いつつも、近づいてきた東雲に相亀はドギマギしてしまう。


「私と勝負して欲しいの!?」

「勝負…?」


 数秒前までのやり取りからは想定していなかった突然の展開に、相亀はドギマギしたまま驚いていた。相亀の小さな驚きの言葉に、東雲は強く首を縦に振っている。


「そう。私が勝ったら、もう幸善君に関わらないで欲しいの」

「俺が勝ったら?」

「……特に何も考えてなかった…」

「そこは体でもいいから考えておいてくれよ」


 東雲は考え込みながら、苦笑する相亀から離れていた。そのことにほっとしつつ、相亀は少し考えて思いついたことを口に出してみる。


「じゃあ、もし俺が勝ったら、もう尾――口出ししないってことでどう?」


 尾行に気づいていたことを言い出しそうになった相亀だったが、途中で言い換えたことで東雲は気づかなかったようで、少し悩んでから納得したようにうなずいていた。


「分かった。どうせ、私が勝つし、それで問題ないよ」

「よし、じゃあ、分かっ……ん?私?」


 相亀が東雲の一言に疑問を覚え、首を傾げると、東雲は途端に勝ち誇った顔を見せてきた。


「そう。勝負するのはから」

「はい?いや、でもさっき自分が勝ったらって…」

「その人が勝つイコール私が勝つってことなの」


 相亀は納得できなかったが、既に勝負は受けた直後だったので、今更引くこともできない。


「それで誰と勝負をするんだ?」

我妻あづま君と百メートル走で勝負するの」


 東雲の言葉を聞きながら、相亀は我妻けいの顔を思い出していた。その顔は何度かグラウンドで見たことがある。それも決まって時間帯は放課後だ。それの意味するところは簡単だ。


「陸上部じゃねぇーか…」

「放課後待ってるからね」


 颯爽と去っていく東雲を見送りながら、再び相亀は頭を掻く。面倒なことにはなかったが、勝負自体に負ける可能性は

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