人鳥は愛に飢えている(1)

 相亀あいがめ弦次げんじの感覚を信じるなら、今日の玉子焼きは完璧なはずだった。それが合っているのか確認するために、弁当の中から玉子焼きを選んで口に含んでみると、やはり完璧だと上機嫌になる。


 その目の前には相亀の友人である椋居むくい千種ちくさが座り、惣菜パンを食べていた。パンに挟まったソーセージにかかっているソースが少し辛かったのか、水を飲んでから相亀に聞いてくる。


「そういえば、弦次は明日、暇?」

「明日?明日は例のバイトがあるから、無理だ」

「マジか。何かお前、最近付き合い悪いな」


 椋居が残念そうに言ってくる。その言葉を聞きながら、相亀は少しだけ申し訳ない気持ちになっていた。


 確かにここ数日の相亀は忙しかった。一番の理由は頼堂らいどう幸善ゆきよしを迎えに行かないといけないからなのだが、それ以外にも家での仕事も重なり、椋居の誘いを断ることが多かった。

 そのことを考えると、確かに申し訳ない気持ちはあるのだが、その気持ちもすぐに消えることになるのは、相亀と椋居の他にもう一人、同じテーブルにいる人物が話しかけてきたからだ。


「チーくん寂しがってるよ、ゲンちゃん」


 そう言いながら、羽計はばかり緋伊香ひいかが頬をつついてきた。相亀は口に含んでいた玉子焼きを吹き出しそうになると同時に、頬に触れた指の感触にドギマギしながら、羽計に抗議する。


「急にほっぺに触るな!?」

「膨らんでたから、つい」

「ついじゃねぇー!?」


 羽計も椋居と同じで相亀のクラスメイトの一人なのだが、相亀ははっきり言ってしまうと、羽計を苦手としていた。元々、相亀は水月みなづき悠花ゆうかを始め、女性との会話はできても、接触を極端に苦手としているのだが、この羽計は全体的に距離が近いのだ。それも相亀に好意を持っているとかではなく、単純に揶揄い目的だ。


 どうして、相亀に対する好意がないと言えるのか。それは単純明快な話で、相亀と同じテーブルにいる二人、つまりは椋居と羽計だが、この二人は付き合っている。


 要するに羽計は椋居のことが好きなのであって、相亀はあくまで揶揄い対象なのだ。そのこともあって、本来は恋人として怒る立場にあるはずの椋居も、相亀に味方することは一切なく、相亀はただ距離の近い羽計に揶揄われるばかりで、そのことがとても面倒臭かった。

 いっそのこと、この羽計の距離の近さを利用し、女性に触れられることに慣れようかと思った相亀も過去に二分間ほど存在していたが、それも思った二分後に触られて不可能だと悟り、諦めてしまっていた。

 結局、未だに揶揄われるだけの日々が続いており、相亀はこの時間が苦痛になってきている。


「あ、もしかして」


 惣菜パンを噛んだ状態のまま、椋居が何かに気づいた顔で相亀を見てきた。相亀はその表情にあまりいい気はしないので、一度スルーしてみようかと思ってみて、それは幸善の常套手段であることに気づき、即座にやめることにした。


「何だ?」

「お前、彼女とかできた?」

「どの光景を目の当たりにして言ってるんだ?」


 今の今まで、羽計がつついてきたことにドギマギしていたところだろうと思っていると、相亀の隣で羽計が残念そうな声を出す。


「ええ~!?ゲンちゃんに彼女ができちゃったら、もう揶揄えないじゃん!?」


 その残念そうな発言とは裏腹に羽計は相亀に抱きついてきた。その言動の一致しなさに驚きながら、相亀は羽計から伝わってくる体温以上に熱くなる身体を冷ますために、羽計の身体を振り払おうとする。


「できなくても揶揄うなよ!?あと、くっつくな!?」

「何だ、違うのか?」

「お前は確認する前に剥がせよ、彼女を!?」


 このままでは流石に相亀が倒れると察してくれたのか、椋居が羽計に離れるように言ってくれると、素直に羽計は相亀から離れてくれる。その素直さを相亀にも出して欲しいが、これが恋人特権ということだろうかと考えると、それはそれで違う苛立ちが募ってきた。


「そういえば、何かバイト先で同じ高校の奴がどうとか…」

「ああ?いや、そいつは男だし」

「男?」


 そう呟いてから、椋居と羽計は長い時間黙って見つめ合ってから、納得したように相亀を見てくる。


「……ああ、そういうことか…」

「いや、絶対に違うこと思ってるだろう?」

「ゲンちゃん、応援してるよ」

「何の?」


 会話の内容に違いはあるが、大体いつも通りの昼休みをこうして過ごし、相亀はトイレに行くために教室を出た直後、大きな溜め息をついていた。本来は休まるはずの昼食の時間も、毎日がこうでは疲れるというものだ。


 それだけでなく、自分には最近があるというのに、と相亀が思った瞬間、その考えを読み取ったように、その悩みの張本人が声をかけてきた。


「ちょっと、いい?」


 相亀がその声に振り返る。そこには東雲しののめ美子みこが立っていた。

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