蛙は食に五月蝿い(9)

 幸善達の努力は何の意味もなかったが、無事にカエルは満足したそうなので、幸善達はカエルを水月の家から外に連れ出していた。ようやく家の中からカエルがいなくなったことに水月は喜び、幸善達は無駄な時間を過ごしたことを後悔していた。

 カエルは牛梁が一度、Q支部に連れていこうかという話になっているようだが、既に前例ができてしまったためか、面倒臭くなることを避け、相亀どころか牛梁もカエルに確認を取っていない。


「あの…今日は本当にありがとう…」


 わざわざ家の外まで出てきて、カエルがどこにいるか気にしながら、水月が幸善達に礼を言ってきた。水月の場所からは相亀が壁になり、カエルの姿が見えないはずだが、見えないのなら見えないで不安ということだろう。

 見るのは嫌だが、見えないのも嫌ということかと思いながら、幸善は水月の礼にうなずいておく。


「ところで一つ気になったんだけど、水月さんって一人で暮らしてるの?」


 幸善は帰る前に残っていた疑問を解消しようと思って聞いたのだが、幸善がその質問を口に出した直後、相亀と牛梁の空気が固まっていた。


「そうだね…まだ頼堂君には言ってなかったもんね…」

「何を?」


 幸善は相亀と牛梁の様子を気にしながら、水月に質問を続けていた。その質問に水月はあまりに綺麗に整い過ぎた笑みを浮かべる。


「私の両親はね。んだ。もう二年前のことなんだけどね…」


 水月の笑顔からは考えられない言葉の中身に、幸善は言葉を失っていた。軽率に踏み込んでしまったと幸善が過ちに気づいても、聞いてしまった言葉や水月の整い過ぎた笑顔は変わらない。


「だから、みんなが来てくれて、本当に良かったよ。ありがとう」


 そう言いながら、水月は笑顔を崩すことなく、幸善達に手を振っていた。そのまま、水月は家の中に戻っていく。ほんの少し前までなら、カエルを見ないように急いで戻ったのかと思えていた光景も、今はそう思うことができない。


「お前の家がどうかは知らないが、奇隠の中だと別に珍しい話じゃない。気にするな」

「何で、水月さんの両親は亡くなったんだ?病気か?」

「いや、んだ。それもに」

「はあ…?」


 幸善は相亀の口から出てきた信じられない言葉に、自分の耳を疑っていた。


「仙人って…水月さんは今、その仙人をしてるのに?」

「それどころか、水月の両親も仙人だよ。Q支部じゃなく、アメリカにあるR支部に所属していたんだけどな」

「R支部…?」


 そのアルファベットに聞き覚えがある気がして、幸善は自分の記憶を遡っていた。聞いたことがあるとしたら、Q支部についての説明を聞いている時か、と考えながら、幸善は初めてQ支部を訪れた時のことを思い返してみる。


 あの時は確か、拾ったばかりのノワールを連れて、Q支部に何も分からないままに連れていかれたのだ。そこで水月から奇隠のことを聞いた。


「奇隠はこの国だけじゃなく、全世界に広がる仙人の組織なの」


 その説明を思い出した直後、そこにQ支部の説明が続くことを思い出す。


「全世界にRを除くA~Zまでの支部があって、ここは日本支部に該当するQ支部なの」


 その言葉を思い出した瞬間、幸善ははっと気づき、相亀に目を向けていた。


「そういえば、前にR支部はないみたいなことを言ってたような気が…」


「正確に言うと、二年前まで存在していたんだが、二年前になくなったんだ。一人の仙人の反乱が原因でな」


「何があったんだ?」

「さあ?何があったとかは何も分かってない。何せ、その時のR支部で死ななかったのは、仙気だけ残して姿を消したと、行方不明になったの二人だけだ。それも女の仙人の方はどこかで殺されているとか、死体が見つからなかっただけで既に殺されていたとか、生きているなんて考えられていないけどな」

「その仙人は捕まらなかったのかよ?」

「残念ながら。結構だったんだけど、そこから今までの二年間、一度も目撃されていない」

「それって特級仙人って奴か?序列持ちとかいう…」


「いや、違う。序列持ちじゃない。ただ序列持ちに一番近いと言われていた一級仙人だ。十人の特級仙人に続く十一人目ってことで、トランプから11番目の男ジャックって呼ばれていた」


「その仙人が水月さんの両親を殺したのか」

「殺したっていうか、理由不明のR支部壊滅に巻き込まれた感じだけどな。でも、殺されたってことに間違いはないのか」


 幸善はさっきまで自分もいた水月の部屋を見つめる。そこに水月は二年間、一人で暮らしてきた。そのように今まで一度も見えなかったのは、水月が感じさせないように振る舞っていたからだ。きっと無理をしていたに違いない。


 次に逢った時、幸善はどう声をかけたらいいのだろうか。途端に分からなくなり、ちゃんと話せるか不安になる。

 その不安を感じ取っていたように相亀が釘を刺してきた。


「あんまり考え過ぎるなよ。奇隠にいるのは、大体、本来は関わらなくていい世界に関わるような奴らなんだ。親、兄弟、友人、何かを喪った奴なんて珍しくない。それはさっきも言ったことだろう」

「けど…」

「じゃあ、仮に俺の親が死んでるって言ってたら、お前はそこまで考えたのかよ?」


 相亀に言われた途端、幸善は驚くほどスムーズにかぶりを振っていた。


「いや…ごめん」

「別に謝るなよ。俺もその方がいいし…」

「え?何か言った?」


 相亀の呟きの後半の言葉はあまりに小さく、幸善は聞き取ることができなかった。それを誤魔化すように相亀を幸善に背を向け、さっさと立ち去ろうとする。


「水月とは普通に接してやってくれ。本人はそれを望んでいるから、きっと何も言わないんだ」

「そう…何ですかね…?」


 幸善は本当にそうなのかと疑っていたが、牛梁に言われなくても、普通に接することしかできそうにないので、うなずいておくことにした。その姿に満足したのか、小さく微笑んでから、牛梁が振り返る。


 そこで牛梁の動きが止まった。そのことに帰りかけていた相亀も気づき、動きを止めている。


「どうしたんですか?」

「カエルがいない…」

「え?」


 幸善と相亀も揃って探してみるが、さっきまでそこにいたはずのカエルが姿を消していた。どこに行ったのかと三人が顔を見合わせた直後、聞き覚えのある絶叫が聞こえてきた。


「きゃあぁああ!?何でなの!?」


 三人は水月の部屋に目を向け、苦笑いを浮かべる。そのさっきまでの重苦しい雰囲気から一変した柔らかい空間に、幸善はどこかでほっとしていた。

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