蛙は食に五月蝿い(8)

 再びQ支部を訪れた幸善達はカエルに与える食べ物を用意しようとしていたのだが、その中で幸善は明らかに気になることが二つあった。


 一つは相亀の様子だ。さっきと同じように食べ物を用意しようとしているはずなのだが、そのこそこそとした様子まで、さっきと同じところが幸善は気になってしまう。

 既にカエルの肉を用意した前例があるため、その動きに幸善は嫌な予感しかしなかった。


「おい」


 こそこそしている相亀に釘を刺すつもりで幸善が声をかけると、明らかに動揺した様子で相亀が振り返る。


「な、何だよ?」

「何でこそこそしてるんだよ?」

「別に何でもねぇーし」

「お前、また変な物を用意しようとしているんじゃないよな?」

「んなわけない」


 動揺を隠し切れていない相亀を見るに、明らかに怪しいことは確かだが、幸善はそれ以上の追及をすることなく、もう一つ気になっていたことの方に意識を移していた。


「ところで水月さんはどこ?」

「え?そういえば、水月がいないな」


 同じ食堂で牛梁は何かを用意しているが、水月の姿はさっきと同じで見えない。


「まさか、また毒を用意してるとか?」

「今度は青酸カリとか?」

「まさか」


 幸善と相亀は揃って笑い声を上げていたが、その笑いも長くは続かなかった。笑い声がだんだんと小さくなってから、二人は不安そうに顔を見合わせる。


「ないよな?」

「ないと思う、多分」


 幸善と相亀は互いに言い聞かせるように言っていたが、その後、水月の姿を見たのはQ支部を出る直前、明らかに食堂とは違う方向から来るところだったことで、その不安は消えるどころか膨らんでいた。


 そこから、水月の家まで戻るまでの間、幸善と相亀は水月に何度か何を用意したのか探ってみたが、曖昧に誤魔化されるばかりで、水月の家に到着してしまい、それぞれ用意した物を確認することになっていた。


「じゃあ、まずは頼堂からだ」

「俺は普通だ」


 明らかに普通ではない物を持ってきている言い方になってしまったが、幸善は気にすることなく、持ってきた食べ物を三人の前に差し出す。


「はあ?ステーキ?」


 不思議そうな顔で相亀が幸善の顔を見てくる。さっきと同じじゃないか、と表情が語ってきていたので、幸善は自信満々にかぶりを振ってやった。


「これは牛だ」

「そういう違い?」


 豚のステーキが足りないとなると、牛のステーキなら足りるはず。幸善は完璧な答えだと自信があった。何故か相亀を始めとする三人は呆れたり、困惑したり、苦笑いを浮かべたりしているが、これで解決できるはずだと幸善は信じて疑わない。


「さて、相亀は変な物だとして、水月さ…」

「いやいや!?俺も見ろよ!?」

「ええ…?見る…?」

「何で滅茶苦茶嫌そうなんだよ」

「絶対時間の無駄じゃん」

「そんなことないって」

「じゃあ、一応」

「はい、来た!!正解を見よ!!」


 そう言って突き出してきたのは、さっきのカエルの肉と違って、明らかに調理されていない生肉だった。それも何か良く分からない肉だ。


「何これ?」

「やっぱり普段は食えない肉を食いたいんじゃないかって思って。カエルが普段食えないって言ったら、これだろ」

「いや、だから何?」

「ヘビ」

「何でだよ!?」


 確かに関係性的に普段食べられないかもしれないが、そもそも食べたいと思っていないだろうと幸善が思っていると、牛梁がすぐに両腕でバツの字を作っていた。幸善と水月もうなずき、満場一致で決定する。


「倫理違反で相亀選手、反則です」

「何か一個の台詞にボケを盛り込み過ぎだ。突っ込み切れないだろうが」


 幸善の思っていた通り、相亀が変な物を用意し、早々に脱落したところで、幸善の想定できない問題の順番がやってくる。


「さて、じゃあ、水月さん」

「私はこの水を…」


 水月が透明な液体で満たされた小瓶を差し出してきた。


「いや、食べる物を用意して欲しかったんだけど、あと明らかに水と思えないし」

「いやいや、水だよ。水」

「なら、飲んでみろよ」


 相亀が真面目な顔で言ってみると、水月は明らかに困った顔で小瓶を見ていた。


「えっと…私が飲んだら、あのカエルにあげる?」

「その質問はやばいからやめて」

「本当は何なんだ?」

「本当に水だよ。ただちょっと溶けてる…」

「何が?」

「青酸カリ」

「当たっちゃった!?」


 幸善と相亀はQ支部で話していたことを思い出していた。まさか本当に正解してしまうとは微塵も思っていなかったので、何と言ったらいいのか分からなくなる。


「取り敢えず、没収」

「こんな物をどこで手に入れたんだ?」


 牛梁が水月の手から小瓶を受け取りながら、不思議そうに聞いていた。


「医務室で貰えました」

「医務室でって、流石にくれる人がいないだろう?」

万屋よろずやさんがくれました」


『あの人か…』


 幸善達三人が思わず、そう呟いていた。医者としては真面目かと思っていたが、見た目の胡散臭さはそのまま性格を表していたのかと幸善は納得していた。


「あとは牛梁さんですね。お願いします」

「その…一応、食べ物だとも思うんだ」

「え?何ですか、その入り。フロートでも持ってきました?」

「いや、タピオカ…」


 牛梁がタピオカ入りのミルクティーを三人の前に置き、再び幸善は反応に困っていた。


「これも好きですか?」

「う、うん…」


 赤面する牛梁に多くは言わず、幸善は今回も幸善が用意したステーキと、牛梁が用意したミルクティーだけをカエルに差し出した。既に二人は戦力外通告が出た状態なので、ここで満足してもらわないと、幸善と牛梁の二人で探し続けることになる。

 というか、そもそも牛梁が用意している物も、カエル向けの物かは分からないので、牛梁を戦力としてカウントしてもいいのかは怪しいところだ。そう思ってから、ステーキもカエル向けではないことに気づいた。


「美味なる物を用意しました」

「いただこう」


 カエルが幸善の差し出したステーキを、さっきと同じように伸ばしてきた舌で口の中に含んでいる。味わっているカエルを待ちながら、そろそろ腹が膨らんでくるのではないかと思っていると、カエルの口からステーキが消えていた。


「どうだ?」

「さっきの方が美味かった」


 カエルの一言に幸善はがっくりと項垂れていた。その姿に相亀は答えが分かったはずだが、一応は確認のためか聞いてくる。


「どうだった?」

「豚肉派だった…」

「そんなのあるのかよ」

「トンカツだったかもしれない…」


 ステーキは結果的にダメだったが、まだ一つだけ可能性がある。幸善は気を取り直して、カエルの前にミルクティーを差し出してみる。

 そういえば、カエルはストローを使えるのかとそこで気づいたが、カエルはストローを使うどころか、ミルクティーを見たまま固まっていた。


「どうした?ストローはやっぱり使えない?」

「…ゴ」

「ん?」

「卵を食えと言うのか!?」


 激怒した様子のカエルに、言葉の分からない相亀や牛梁も驚いていた。その場で唯一驚いていないのは、必死に両手で両耳を押さえている水月だけだ。


「卵って?」

「ああ、確かにタピオカってカエルの卵みたいだよな」


 幸善の呟きに相亀が納得したように呟いている。


「え?そういうこと?じゃあ、ダメじゃん…」


 完全に二回目も空振りに終わったことが判明したが、問題は解決のための食べ物が分からないことだった。せめて、カエルの好物でも分かればいいのだが、と考えてみて、当たり前の質問をしていなかったとようやく気づいた。


「好物って何?」

「美味なる物」

「ごめん。こっちが馬鹿だった」

「何か知らないけど、次こそ頑張ろうぜ」


 相亀が水月に声をかけようとしていた幸善の肩を叩いてくる。その笑った姿に幸善は猛烈に苛立ってくる。


「お前は何もしてないだろうが!?」

「はあ?俺なりに考えて用意してるし」

「なら、もっと普通の物を用意しろよ!?考える回路がバグってるじゃねぇーか!?」

「食わせてみたら、正解だったかもしれない可能性がこっちには残っているからな!?」

「可能性だけで偉そうにするな!?」


 幸善の苛立ちに当てられたのか、相亀も声を荒げ始めた直後、二人を落ちつかせるように視界の中を何かが飛んでいった。何かと思いながら、二人が目で追ってみると、小さなハエが飛んでいる。そのハエがカエルに近づき、カエルの前に止まった。


 その直後、カエルが舌を伸ばしてハエを飲み込んだ。


「あ、食べた」

「ゲテモノじゃねぇーのかよ…」


 相亀が呆れながら呟く中で、カエルはしばらく動きを止めていた。嫌だと言っていたハエを食べてしまったことを後悔しているのだろうかと思っていると、カエルの表情が恍惚なものに変わる。


「ど、どうした?」


「我、ハエこそ至上の食べ物と見つけたり」


「な、何て言ったんだ?」


 相亀が気になって聞いた隣で、カエルの一言を聞いた幸善が小さく震えていた。その拳は固く握り締められ、その腕が動き出した直後、相亀は咄嗟に気づいたのか、幸善の腕を掴んでいた。


「放せ、相亀!?あのカエルを食ってやる!?」

「何言ってんだ!?食用なら、さっきのがあるだろうが!?」

「そういうことじゃねぇーよ!?」


 激昂する幸善と、それを止める相亀の前で、カエルがげっぷをしている。


「我、満足なり」


 その一言が幸善の怒りを更に激しいものに変えていた。

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