蛙は食に五月蝿い(7)

 幸善は今日まで知らなかったが、Q支部内には大規模な居住スペースがあるらしい。そこに住んでいる仙人も多く、そのための施設もQ支部内には揃っていた。

 その内の一つが食堂だ。満席時には二百人ほどが入る広さで、昼は十一時から十五時まで、夜は十七時から二十一時まで開いているようだ。それ以外の時間も、十一時から二十三時まで弁当の販売も行っているそうで、夜食用に弁当を買いに来る仙人もいるらしい。メニューは頻繁に変わるそうだが、その内容は豊富であり、必然的に食材も豊富にあった。


 そこで各々カエルが喜びそうなものを用意し、幸善達は再び水月の家に戻ることにしたのだが、気になることが一つあった。


「水月さんって食堂にいた?」

「俺も思った。水月を見た記憶がないんだけど」

「俺はお前も怪しかったように思うけどな」


 こそこそと隠れていた相亀は別としても、水月の姿は全く見た記憶がないことを幸善は気にしていた。当の水月は視線を合わせることなく、曖昧な返事を繰り返すばかりで、幸善の疑問は解消されない。


 そのことを話している間に、水月の家に到着してしまい、結局、水月が食堂にいたのか分からないまま、幸善達は再びカエルの前に戻ってきていた。


「ようやく、帰ってきたか、人の子よ」


 もしかしたらと期待していたのか、部屋の中に入るまで笑顔だった水月も、その声を聞いた瞬間、青褪めて、カエルから顔を逸らしていた。


 幸善達はカエルに見せる前に、取り敢えず、自分達で確認しようということになり、それぞれが持ち寄った食べ物を見せることにする。


「じゃあ、頼堂からな」


 相亀に促され、幸善は真っ先に思いついた美味なる物を三人の前に差し出す。


「何それ?肉?」

「ステーキ。豚肉の」

「カエルに食わせるんだぞ?」

「美味い物って言ったら、やっぱり肉だろ」

「それは分かるけど…」


 相亀が水月と牛梁に意見を求めるように目を向けているが、二人も分かるわけがないので、首を傾げるだけで良いも悪いも返ってこない。


「そんなに言うなら、お前は何を用意したんだよ?」


 幸善が聞いた瞬間、相亀は自信満々の笑みを浮かべ、用意した食べ物を幸善達の前に突き出してきた。


「カエルなんだから、これだろ」

「何これ?肉?」

「正解」

「何の肉?」

「カエル肉」

「共食いじゃねぇーか!?」


 これで良く自分の用意したステーキを批判したな、と幸善は信じられない気持ちになっていた。流石に牛梁も「それはダメだ」と軽く相亀を叱り、水月は卒倒しかけている。


「これはなしにして、次に行こう。水月さん」


 幸善が相亀の用意したカエル肉を退けてから、倒れかけていた水月に声をかけると、水月は見たことのない植物を三人の前に置いた。幸善と相亀が新手の野菜かと考えていると、牛梁の表情がどんどんと青くなっていることに気づく。


「水月。これをどこで手に入れた?」

「医務室に行ったら、くれました」

「え?食堂じゃなくて、医務室で貰ってきたの?何それ?」

「これはトリカブトだ」

「殺す気じゃねぇーか!?」


 相亀の絶叫に同意し、話し合うこともなく、牛梁がトリカブトを避けていた。水月は両手で顔を押さえて、申し訳なさそうにうずくまっている。


「だって…やっぱり、カエルって考えると…嫌悪感が…」

「水月に考えろって言う方が無理だったな。このままだと頼堂の用意したステーキしかないことになるぞ?」

「お前がそれを言うな」


 後は牛梁しか残っていなかったが、幸善はそのことに不安はなかった。見た目こそ怖い牛梁だが、内面はともすれば、冲方隊で一番真面な人物かもしれないと思わせるくらいに真面な人物だ。変な物を用意することはないと思っていると、なかなかに派手な色合いをした物を差し出してきた。

 さっきまでの流れから、また食べ物以外を持ってきたのかと、幸善と相亀が身構えてから、その食べ物がアイスの形をしていることに気づく。


「あれ?これって…」

「チョコミントアイスだ」


 幸善と相亀が動きを止めていた。いろいろと食べ物がある中で、何故アイス、それもチョコミント味をチョイスしたのか、幸善と相亀にはどうしても理解できない。


「えっと…何で?」

「それは…」


 そう呟いてから、牛梁は赤面する。


「俺の好物だからだ」

「あー、なるほど」

「そうなんですねー」


 幸善と相亀は共に最大限のリアクションをしたつもりだったが、正直なところ下手だった。見た目だけなら殺人犯かと思う男が赤面し、チョコミントアイスを好物だと言っている姿を見て、どのようにリアクションをしたらいいのか分かる人物がいたら教えて欲しいと、二人は思ってしまう。

 それほどまでにリアクションに困る状況だった。


「ま、まあ、これも大丈夫そうですし、食べさせてみますか」

「いや、いいのか?カエルが食べても大丈夫か?」

「カエルは分からんが、カエルの妖怪だから大丈夫、多分」


 幸善が豚肉のステーキとチョコミントアイスをカエルの前に差し出してみる。


「美味なる物を用意しました」

「いただこう」


 カエルが舌を伸ばしてきて、まずは幸善の用意した豚のステーキを口に含んだ。一応は一口サイズにカットしてきたが、大きさ的にも食べ物的にもカエルが食べられるのか用意した身でありながら疑問だったが、それもいらない心配だったようで、カエルは易々と口に含んだだけでなく、飲み込んでいる。


「美味である」

「おおっ」

「しかし、足りぬ」

「はい?」


 喜んだのも束の間、すぐに否定の言葉が言われたことに、幸善は固まってしまった。言葉の分からない相亀と牛梁は、幸善のその様子を不思議そうな顔で見つめている。


「足りないって?」

「この程度では我を満足させることはできぬ」

「つまり?」

「我、更に美味なる物を所望する」


 愕然とする幸善を置いて、カエルはまだ食べていなかったチョコミントアイスに舌を伸ばしていた。それを口に含み、さっきと同じように食べてから、不思議そうな顔をしている。


「こ、これは美味な…美味なる物…なのだろうか?」

「どうだったんだ?」


 相亀がついに痺れを切らしたらしく、愕然として固まったままの幸善を揺さ振りながら聞いてくる。


「豚のステーキより美味い物が食いたいって…あとチョコミントは好きじゃないみたいです」

「更に美味い物?」

「好きじゃない…」


 面倒臭そうに眉を顰める相亀と、落胆した様子の牛梁の奥で、水月が耳を必死に押さえている姿を見つける。カエルの鳴き声も嫌なのかと思いながら、幸善がその肩を叩くと、涙目の水月が振り返った。


「うまく行った!?」

「ワンモアタイム」

「え?」

「もう一度、Q支部に行って選ぶから」

「ええ!?」


 こうして、幸善達の二度目の挑戦が始まった。

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