蛙は食に五月蝿い(6)
水月の話は動揺もあってか、要領を得ないものだったが、要約するに『家に帰ったら、カエルがいた』ということらしかった。正確に言うと、玄関の扉を開けている間に入り込んだらしいが、どちらにしても、家の中に苦手な生物が突然いるという状態はとてつもなく怖かったようで、水月の取り乱し方は半端ではなかった。慌てて外に飛び出してから、幸善達に助けを求めたそうだが、何をどうするかとかも一切考えていなかったらしい。
カエルから目を逸らしながら、何とか水月が部屋の中に入ってきたことで、幸善達はカエルのことを考え始める。
「まあ、外に出すことは簡単そうだけどな。妖怪だから、一度Q支部に連れていった方がいいのか?」
「確かにその可能性はありそうだな」
相亀と牛梁がカエルを見ていると、再び「あまり見るのではない」と抗議している。その声を聞いた相亀がすぐに幸善に目を向けてきた。
「通訳」
「通訳って…あまり見るなって」
通訳扱いされたことは釈然としないが、幸善しか声が分からない以上は答えるしかない。そう思って答えたことに誰よりも反応していたのがカエルだった。
「人の子よ、我の言葉が分かるのか?」
「え?ああ、うん」
幸善がうなずいてみせると、カエルは驚いたようにぽかんと口を開けたまま動かなくなり、そのことに言葉の分からない相亀や牛梁も不思議に思ったらしく、幸善に視線を向けてきていた。幸善も何故止まったのか分からないので、首を傾げた直後、カエルの口が動き、それまでの中で一番大きな声が発せられる。
「我、美味なる物を所望する!!」
その声に、カエルを見ていなかった水月がビクンと身体を震わせ、相亀と牛梁も驚いた顔をしているが、何を言っているか分かる幸善の驚きはそれ以上だった。驚いた顔で見てくる相亀と、驚いた顔で見合ってしまう。
「いや、何でお前まで驚いているんだよ。通訳」
「何か、美味しい物が食べたいって」
「はあ?」
相亀が呆れた顔でカエルに目を向けていた。大きな声で意思表明したカエルは満足そうに、幸善達を見てきている。
「カエルなら、ハエとか食べさせといたらいいんじゃないか?」
面倒そうに相亀が呟いた直後、カエルがきっと表情を変えて、さっきと同じくらいの音量で叫んでくる。
「あのような奇怪な生物は食べられぬ!!」
その声にその場の全員が驚いた顔をし、相亀と牛梁が幸善を見てくる。
「ゲテモノは食えないって」
「いや、カエルなら普通に食べるじゃん」
「でも、そういうこと言ってるから」
カエルに美味しい物を与える。妖怪だとしても、あまりに気乗りしない頼みに、幸善や相亀だけでなく、牛梁も何とも言えない表情をしていた。
「普通に追い出せばいいんじゃね?」
「いや、でも、食べ物くらいならいいんじゃないのか?」
「どっちでもいいから、早くうちから出して」
冷静に話し合う幸善と相亀に痺れを切らしたように水月が抗議してくる。その様子をしばらく眺めてから、何かを考え込み始めた相亀を見て、幸善はまさかと思っていると、相亀がこちらに目を向け、うなずいてきた。
「よし、取り敢えず、美味しい物を用意しよう」
「お前、絶対さっきの続きをしようと思っただろう?」
「何の話をしているのか分かりません」
「敬語」
露骨に視線を逸らした相亀に呆れながら、幸善が牛梁に視線を送ると、困惑した様子の牛梁と目が合った。水月の様子を見ると、早めにカエルを移動させた方がいい気もするが、妖怪の希望を無下にするのは仙人として如何なものかと考えているのだろうか。
そう思っていると、牛梁もうなずき、多数決の結果、カエルに食べ物を貢ぐことで決定してしまった。その決定を水月に伝えると、驚愕した顔で見られる。
「ほ、本気で…?」
「本気で」
「取り敢えず、時間帯的に食べ物用意するなら、Q支部に行きますか。あそこなら、居住スペースもあるから、食べ物も結構あるはずだし」
「そうだな」
相亀と牛梁の会話が証明になったようで、水月の表情が驚愕から絶望に変わっていく。その様子をニヤニヤとした表情で眺めながら、相亀が水月に聞く。
「水月はどうする?」
「私はカエルに食べ物をあげるとかできないから!?」
「そうか。じゃあ、留守番頼むな。俺達三人で行ってくるから」
その一言に水月は気づいてしまったらしい。絶望を更に色濃くし、白米くらい白くなった表情で幸善達を見てくる。
「え…?二人っきり…?」
「気づいた?」
「私も行く!?」
水月の叫び声が近所中を響き渡る。こうして、Q支部に四人で食べ物を取りに行くことが決定した。
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