蛙は食に五月蝿い(5)

「カエル?」


 そう呟いた相亀が何かに気づいたようで、牛梁と顔を見合わせていた。幸善は二人が何に気づいたのか分からなかったのだが、当たり前のように相亀と牛梁の視線が幸善に集まってきて、困ったように笑顔を作ってみる。


「いや、笑ってるんじゃなくて。あいつは妖怪じゃないか?」

「え?ああ、喋ってるけど。前から思ってたけど、何で分かるんだ?」

「妖気を感じるんだよ」

「え?あの匂うやつ?」

「いや、それは知らんが」


 幸善はカエルに穴を開ける勢いで見つめてみるが、その身体から何かを感じる気配がない。


「どうやって、やってるんだ?」

「仙気と似た感じだよ。内か外かの違いがあるだけだ」

「そう言われてもなー。あれか?俺は声が聞こえるからいいのか?」

「喋ってくれないと一生分からないじゃねぇーか」

「確かに」


 悔しくも相亀に正論をぶつけられ、幸善は唸る。カエルに近づいて観察していた牛梁は「アマガエル」と呟き、カエルはカエルで「あまり見るのではない」と抗議している。

 そこまで奇妙な状況が水月の家で行われても、なかなか家主の水月は顔を見せなかった。唸っていた幸善も冷静に考えてみて、何をしに来たのだったかと疑問に思い始める。


 そういえば、水月の家族は家にいないのか、と思ったところで、ようやく外にいた水月が顔を見せた。


「ど、どう?よ、妖怪だと思うんだけど」


 扉の向こうから顔を半分だけ見せて、水月が幸善達に聞いてくる。


「ああ、うん。妖怪だと思うけど、何でそこから?」


 幸善が不思議に思っていると、悪い笑みを浮かべた相亀がカエルの妖怪を掌に乗せて、水月の前に突き出した。掌の上でカエルが「何をする?」と声に出す。


 その姿を見た瞬間、水月が固まったかと思うと、突然サイレンみたいに甲高い声を上げて、家の外に姿を消した。


「な、何…?」

「水月はカエルが苦手なんだ」

「あ、ああ、そうなんですね」


 幸善はQ支部の中で秋奈と逢った時のことを思い出していた。動物の姿をした妖怪と関わるくらいなのだから、動物が苦手とかないと思っていたが、流石に中には苦手な動物がいる仙人もいるのかと当たり前のことに納得する。

 水月にカエルを見せた相亀は、掌の上にカエルを乗せたまま、ゲラゲラと笑っていた。あまりに性格の悪い行いに、流石の幸善も苛立ちを覚えることなく、ただただ引いてしまう。


「相亀。あまり水月をいじめるな」

「いや、やっぱり、普段やられてる分、こういう時にやり返しておかないと」


 牛梁が水月を迎えに行くのか、家の外に出た間に、相亀がカエルを部屋の片隅に戻していた。


 水月が戻ってきたら、これがどういう状態か聞こうかと幸善は考えながら、部屋の中を見回してみる。見る限り、部屋の中に置かれている物は一人分の物が多く、水月以外に誰かが住んでいる気配はない。

 両親とは離れて暮らしているのだろうかと思っていると、自分を見る相亀の姿に気づいた。目が合った途端に、軽蔑するような目を向けられ、幸善は嫌な予感がしてくる。


「女の子の部屋を物色するとか変態?」


 嘲笑を添えた明らかに揶揄いの口調で相亀が言ってきた。その表情と口調に幸善は嫌な予感が当たったと思いながらも、苛立ちを隠せない。


「一人暮らしなのかなって思ってただけだよ」


 それは本当のことを言っているのだが、何故か言い訳のようになってしまったことで、幸善は相亀が更に調子に乗る理由を与えてしまったと思っていた。これはややこしいと思いながら、相亀が何を言ってくるのかと身構える。


 しかし、意外なことに相亀はそれ以上、揶揄いの言葉を言ってくることがなかった。代わりに真剣な表情で幸善を見つめてきている。


「何だよ?」

「水月から何も聞いてないのか?」

「はあ?どういう意味だよ?」

「いや、俺が話すことでもないからな。気になるなら、水月に聞いてくれ。話すなら、本人が話すべきだ」


 相亀の意味深な言葉に眉を顰めていると、水月を連れた牛梁がようやく帰還する。カエルが怖いのか、気持ち悪いのか分からないが、目尻に薄らと涙を浮かべる表情は、少しだけ可愛いと思ってしまい、幸善はちょっとだけ相亀に感謝してしまっていた。

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