蛙は食に五月蝿い(4)

 一人で家まで帰れるということは、数日間に亘って日課となっていたベッドに倒れ込むこともなくなったということだ。頼堂千明ちあきに撫でられていたはずのノワールが部屋まで来て、ベッドに倒れ込まない幸善を驚いた顔で見ている。


「どうした?栄養ドリンクを何本飲んだんだ?」

「それで防げるなら、俺は今頃ドリンク中毒になる勢いで飲んでたよ」


 幸善がノワールに自慢するように、Q支部で覚えたばかりの仙技を見せてやった。身体の表面に気をまとえば、それだけでノワールは仙気に気づいたようだ。


「どうだ?簡単なものだが、仙技を覚えたんだ」

「おお、そうなのか……ん?仙技?仙術じゃなくて?」

「それ。俺とお前の間で知識に違いがあったんだけど」


 幸善はQ支部で聞いた話を思い出しながら呟いていた。冷静に考えてみると、少年の声が聞こえてくるから、少年のように思っているだけで、幸善はノワールの年齢を知らない。


 もしかしたら、凄く年上なのかと思い、試しに確認してみようと思った直後、幸善のスマートフォンが鳴り出した。画面に表示された名前を見たことで、幸善はつい時間帯を確認しながら、Q支部でのことを思い出す。


 特訓を終え、帰る直前のことだった。水月が帰る前の幸善を呼び止めて、スマートフォンを見せてきたのだ。どうしたのだろうかと思っていると、冲方も呼んで、幸善と連絡先を交換することになった。水月曰く、冲方隊の中で連絡が取れないと不便だから、らしい。

 これで牛梁以外の冲方隊の連絡先を知った幸善だったが、早速その水月から連絡が来ていた。幸善はない襟を正して、スマートフォンを耳に当てる。


「頼堂君!?ご、ごめんね。大丈夫?」

「え、あ、うん。急にどうしたの?」

「ちょっと急用があって、今から大丈夫かな?」


 焦った様子の水月の声が聞こえてくる。急なその電話を私用な電話と思うほど、幸善は楽観的ではなかった。これは恐らく、妖怪絡みの何かだと思いながら、大丈夫と答える。


「それなら、今から言うところに急いで来て」

「え?それはどこ?」

「私の家」


 前言撤回。その一言で、これはもしかしたら、私用な電話なのではないかと思うほどに、幸善は楽観的な性格をしていた。水月から聞いた住所を覚え、軽い足取りで水月の家に急ぐため、幸善は家を出る。ノワールが呆れた顔をしていたが関係はない。水月からの頼みがあるなら、何でも叶えると私用な電話だと思い込んでいる幸善は考えていた。


 しかし、もちろん、そんなことがあるはずもなく、幸善が辿りついた水月の家の前には、既に相亀と牛梁が立っていた。


「な、何でお前が…?」

「お前と一緒だよ。急に水月に呼び出されたんだ」


 やはり、妖怪絡みだったのかと幸善が落胆したところで、三人を呼び出した当人が姿を現した。Q支部で別れた時と同じ制服姿で、近くの物陰から集まった三人の様子を窺うように覗いてきている。


「呼び出してしまって、ごめんなさい」


 その姿に幸善達は顔を見合わせていた。心なしか、水月の表情は暗く見える。それもただ日が沈み、外が暗くなっているからだろうかと思った幸善だったが、実際に水月が物陰から出てくると、表情は暗いだけでなく、顔色が悪いことにも気づいた。


「牛梁さん。水月さんの表情が大変です」

「明らかに体調が悪そうだな。部屋で休んだ方がいい」


 牛梁が至極真っ当なことを言った直後、水月の顔色が更に悪くなった。そのまま、ぶんぶんとかぶりを振り始める。


「私…部屋…戻らない…」


 ついには片言になった水月の様子に、幸善達は明らかな異常さを感じ始めていた。問い質そうかとしたところで、水月がすぐ隣にあるアパートを指差してくる。幸善が住所で聞いていた場所で、恐らくはそこに水月は住んでいるのだろう。


「二階…一番…端…」

「二階の端?」


 幸善達は少し悩んでから、水月も連れて、水月の言っている部屋の前に移動することにする。部屋の扉にかかっているネームプレートには水月と書かれており、どうやら、ここが水月の部屋のようだ。


「鍵は?」


 相亀が水月を見ると、水月はかぶりを振った。どうやら、鍵を閉まっていないらしい。


「鍵くらいは閉めろよ」


 相亀も至極真っ当なことを言いながら、水月と書かれた扉を開けていく。


 そこまでの流れを幸善は不思議な顔をしながら見ていた。水月も相亀も当たり前のように、と思っているみたいな会話だ。

 普通はとか聞くのではないかと思っている間に、扉が完全に開き切る。そこで水月は何故か一歩下がり、代わりに相亀と牛梁が部屋の中に入っていく。


 一歩下がった水月を、これまた不思議な顔で見ながら、幸善も相亀と牛梁に続くと、すぐに立ち止まっている二人を見つけた。何を立ち止まっているのか聞くために声をかけようとしたところで、二人と同じ方向を見つめたまま、動きを止めることになる。


 リビング。そこに至る途中に何故か、が立ち塞がっていた。どうして、家の中にいるのか考えている間に、そのカエルが口を開く。


「何故立ち止まる?」


 グラミーに続き、これまたカッコイイ男の声がカエルの口から聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る