蛙は食に五月蝿い(2)
いつもなら、倒れることで特訓を終えていた幸善だが、仙技の会得に際して仙気の扱いにも慣れたのか、今日は倒れることなく、特訓の終わりを迎えていた。そのことに誰よりも喜んでいたのが相亀だ。片手を強く握り締め、「今日は送らないで済む」と心の底からの言葉を漏らしていた。
その喜びように呆れた顔を向けながら、特訓を終えた幸善が帰り支度を始めようかとしている時に、冲方が思い出したように声をかけてきた。
「そうだ。給料だけど、
「給料?」
冲方の言葉に最初は不思議そうな顔をした幸善だったが、すぐに仙人としての活動がボランティアではないことを思い出す。
「あ、そうか。給料が発生するのか」
「うん、そうだよ。頼堂君は三級仙人で高校生だから、手取りで四、五十万ってところかな?」
「え!?そんなに貰えるんですか!?」
「奇隠の中だと低い方だよ。この前の経験から分かると思うけど、何かあるかもしれない仕事だからね」
「た、確かに…」
そう言われると、それだけの額でも少ないように思えてくると考え始めた直後、幸善は知らない言葉が交じっていたことに気づいた。
「三級仙人?」
「聞いてない?仙人の階級の話」
「聞いてないです」
「仙人は全部で四つの階級に分かれてるんだよ。下から、三級、二級、一級、特級の四つで、頼堂君は三級。ちなみに他の三人も三級」
「よ、良かった…相亀が上だと死ぬところだった、相亀が」
「物騒だね」
相亀が自分と同じ立場にいることをほっと思いながら、冲方の言葉の中に冲方がいなかったことが気になる。
「あれ?他の三人ってことは、冲方さんはそれ以上なんですか?隊長だから?」
「隊長だからっていうか、二級仙人だから隊長をしているって感じかな。私は二級仙人なんだけど、二級から仙人としての様々な役割を与えられるんだよ。一小隊の隊長とか、仙医とか、そういう感じ」
「一級は?」
「一級は管理職だね。例を言うと、支部長は一級仙人だよ」
「それなら、特級は奇隠をまとめている人達とかか」
「いや、それは
「奇隠を作ったって、その人達は何歳ですか?」
「五十とか六十くらいだよ。奇隠は思っているより歴史が浅いから」
「え?そうなんですね」
妖怪と関わる存在としての仙人はいたが、それらをまとめた組織は数十年前にできたということだろうかと考えながら、幸善はその手前に置いてきた疑問を聞いていた。
「その三頭仙は特級仙人じゃないんですか?」
「特級はちょっと特殊なんだよ。今は十人しかいなくて、三頭仙に次ぐ権利が与えられているんだ」
「権利って?いろいろな支部に命令できるとか?」
「いや、指揮系統には組み込まれていない。つまり、どの支部の命令にも縛られない。自由な行動を許可されているんだよ。国が関わっているから、本来は自由に行き来できない支部間を自由に行き来できるし、とにかく自由な仙人ってことだね」
「自由な十人の仙人ですか…」
「そう。実力順にナンバーで呼ばれることがあるから、
「それって、No.1が一番強いってことですか?」
「あ~、まあ、基本的にはそうだね。一人だけ例外がいるから、ちょっと答えづらいんだけど」
幸善は聞いた話を頭の中でまとめていく。三頭仙が奇隠を作り、奇隠に所属する仙人をまとめている。その中でも一級仙人が二級仙人や三級仙人に指示を与え、二級仙人は三級仙人よりも重要な役割を与えられている。それらの中に組み込まれない仙人が十人いて、それが特級仙人と呼ばれる仙人である。
大体、そんなところだろうかと思ってみるが、実際に理解できたかは怪しいところだ。
「さて、長話をしていても仕方がないし、そろそろ、帰ろうか」
冲方の言葉に水月が気づき、話し込んでいた二人に近づいてくる。
「お話は終わったんですか?」
「うん。大丈夫」
「じゃあ、頼堂君。相亀君とも話したんだけど、仙技を使えるようになったら、多分、Q支部に一人で入れるようになったと思うんだよ。だから、明日からは一人で来てみない?」
「けど、開け方を聞いてないけど?」
「ドアノブを回す時に仙気を掌にまとえば、簡単に開くから」
「ああ、コツってそんな感じなんだ」
幸善は試しに仙気を掌に動かしながら、ようやく使えるようになった仙技を確かめる。帰ったらノワールに自慢してやろうかと思ったことで、ノワールが変わったことを言っていたと思い出す。
「そういえば、仙術って知ってますか?ノワールが言ってたんですけど」
「仙術のことを聞いたのか」
「あ、ノワールの間違いじゃなくて、あるんですね?」
「うん、あるよ。簡単に言うと、仙技の上位互換かな?複数の仙技を高水準で同時に扱えるようになると、仙気そのものを高濃度の武器にできるようになるんだよ」
「ちょっと何を言っているか分かりません」
「つまり、頼堂君が今日やったみたいな方法で気を身体にまとったら、本当に服を着ている状態になれるのが仙術だよ」
「え?全裸で外歩いても、逮捕されないってこと?」
「ああ、うん…そういうことだね、一応」
水月が引いている姿を見て、幸善は責めた発言をし過ぎたと反省する。冲方と水月の説明は難しく、幸善ではほとんど理解できなかったが、足し算や掛け算を覚えることで、難しい数式が解けるようになることかもしれないと思うことにした。
要するに、足し算を覚えている最中の幸善には関係のない話ということだ。
「俺も将来的に仙術を使えるようになるんですかね?」
「あー、それは難しいね。今、仙術を使える仙人って三頭仙しかいないし」
「え?そんな職人みたいなことになってるんですか?」
「うん。それまでは仙術を使えないと仙人って呼ばれなかったらしいんだけど、奇隠ができてから変わったからね」
「量産型仙人が増えたんですね」
「私はたまに頼堂君が何を言っているのか分からない時があるよ」
不意に水月が竹刀袋を突き出してきた。以前から水月がたまに持ってきていた物だが、剣道部なのかくらいにしか思っていなかったものだ。
「どうしたの?」
「この中身、何だと思う?」
「え?竹刀じゃないの?」
水月が微笑みながら袋を開けてみると、中から竹刀の半分ほどの長さの小刀が二本出てきた。柄と柄が固定されており、一本のように長くなっているが、その固定された部分も取り外せるらしい。
「何それ?」
「武器庫見たでしょ?」
「ああ、うん。鼠の時に」
「仙術を使えなくなった代わりに、今の仙人は武器を使うこともあるんだよ。私はこれ。ちなみに冲方さんも使ってて、冲方さんは普通の刀を二本持って戦うんだ。私はそれを教わったんだけど、普通の刀は重くて大変だから、この小刀にしたの」
「それって、俺も武器を持てるの?」
「もっと仙技が使えるようになったら、考えてもいいと思うよ」
幸善は一度入った武器庫のことを思い出す。並べられていた様々な武器のどれかを自分も扱えるかもしれないと思うと、少しだけワクワクしてくる。
「ここには何でもあるからね。剣とか、銃とか、薙刀とか、あとは…秋刀魚とか」
「……ん?」
幸善は水月を見ていた。冗談を言っている表情はしてないが、明らかに一つだけ武器ではない物が交じっていたはずだ。
「今、最後に何て?」
「あ、ごめん。秋刀魚はもう使ってる人がいるからダメだ」
「いや、ちょっと待って。秋刀魚を使ってる人がいるの?秋刀魚を?秋刀魚だよね?」
「それ以外なら大丈夫だと思うよ」
「いや、今は秋刀魚しか頭にない」
その後、幸善は水月から秋刀魚の詳細を聞き出すことに成功し、何とも残念な気持ちになった。相亀と牛梁が既に帰っていることに気づいたのは、その直後だった。
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