蛙は食に五月蝿い(1)

 仙人になることを決断した頼堂らいどう幸善ゆきよしの生活は、その翌日から一変して――――いるはずもなく、いつものように高校に通い、学生としての生活を過ごしていた。東雲しののめ美子みこ我妻あづまけいの様子も確認してみたが、記憶は確かに消されているようで、白い猫のことを知っている様子はなかった。


 放課後になっても、大きな変化はなく、いつものように教室まで相亀あいがめ弦次げんじが迎えに来て、相亀の案内でQ支部に向かう。その道中、再び無駄に走らされることはあったが、それ以外には特に何もなく、幸善はいつものようにQ支部の演習場で、冲方うぶかたれんを始めとする冲方隊の面々と顔を合わせていた。


 そこでようやくがあった。


「さて、いつものように特訓を始める前に、一つだけ報告をしておくね」


 いつものようにTシャツ姿の冲方が幸善を手招きする。その手招きに誘われて、幸善が冲方の隣に立つと、三人の目が幸善に集まった。相亀と牛梁うしばりあかねは不思議そうに幸善を見ているが、水月みなづき悠花ゆうかだけはこれから何を話されるか分かっているようで微笑んでいる。


「頼堂君が仙人として奇隠の一員になりました」


 冲方の一言に相亀はあんぐりと口を開け、牛梁は驚きながらも手を叩いてくれていた。一人だけ知っていた水月は微笑んだまま、牛梁と同じように拍手している。


「所属はこの隊になりました」

「え?ちょっと待ってください。そいつが仙人?それもこの隊に所属?冗談ですよね?」


 相亀が信じられないという様子で聞いてくる。確かに幸善は未だに仙気の扱いをうまくできず、仙技の一つも覚えられていない。

 しかし、幸善が仙人になった事実は冗談ではなく、確かなことだ。そのことを冲方がかぶりを振る様子から察した相亀が、それ以上の勢いでかぶりを振り出す。


「いやいや、それはない!!仮にそいつが仙人になったとして、所属はこの隊じゃなくてもいいはずです!?この隊の人数は足りてますよね!?」

「一小隊の人数は隊長含めて四人から五人の決まりだよ。この隊の人数は元々四人だから、そこに頼堂君が入っても五人になるだけ。普通のことだよ」

「だから、この隊なんですか!?」

「もちろん、理由は他にあるよ。仙技の特訓に関することもだけど、何より、この隊が一番関わっているからね。新参者を嫌う隊は多いから、下手な摩擦は避けたいんだよ、支部長も」

「俺とそいつが摩擦を起こしますけど」

「それくらいは可愛いものだね」


 相亀がどれだけ抗議をしても、幸善の冲方隊所属は決定事項であり、それが覆ることはなかった。相亀は不満そうにしているが、幸善はそれを気にすることなく、取り敢えず、水月と牛梁の二人と仲良くしようと思っていた。


「さて、それじゃあ、今日も特訓を始めようか」


 そう言われた時、幸善は昨日の一件から考えていたことを伝えることにした。


「そのことなんですけど、一つだけやってみてもいいですか?」

「何をするの?」

「昨日の白い猫の件で、ちょっと気づいたことというか、感じたことがあるんです」


 幸善は白い猫を抱いた時の感覚を思い出していた。幸善の体内を流れる仙気は、幸善の感覚で言うところの風だ。最初は糸のように感じ、固まっていたものも、その感覚に変えることで動きが現れていた。そこから、更に自由に動かすことができず、幸善はこの数日を無駄にしていたが、その時はその風が幸善の外側に吹き出ていた。


 その時の感覚を作り出すことができれば、幸善は仙気を体外に放出することができるかもしれない。


 そう思いながら、幸善は体内を吹く温かい風が、その流れのままに体外に吹き出ていくイメージをしていた。出ていく場所はどこでもいい。毛穴でも、汗腺でも、出ることができる場所ならどこでもいい。

 ゆっくりと幸善の中でイメージが固まっていき、やがて、一際大きな風が身体の中で吹いた――気がした。それはあくまで感覚的な話なので、幸善はその感覚を忘れないようにしながら、再度同じだけの風を吹かせようとする。


 それを何度か繰り返し、箸の扱いに慣れるように意識していたことが、無意識の裡に起きていると気づいた瞬間、水月が小さな声を漏らした。


「凄い…」

「え?」

「今、。ほら、仙気が身体から出てきてる」


 そう言われて、幸善は自分が衣のように温かい空気のようなものをまとっていることに気づく。どうやら、これが仙気のようだ。


「それはそのまま外に飛ばしたら、以前相亀君がやったことになり、少し体内に戻して筋肉を保護するようにまとえば肉体を強化できるよ」


 冲方の説明を聞きながら、自分が明確に成長していることを感じた幸善は、そのことをとても喜んでいた。


 その後の特訓で、簡単なものだけだが、幸善はついに

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