白い猫は眠りに誘う(12)
眠った白い猫を抱いたまま、拝殿の中に入ってみると、その中で東雲と我妻が揃って眠っていた。その姿にほっとしながら、幸善は相亀に電話をかけることにした。妖怪に関することの解決なら、奇隠に連絡を取るのが一番だが、残念なことに幸善が連絡を取れる奇隠と関わっている人物は相亀しかいない。
幸善からの連絡を最初は不機嫌そうに聞いていた相亀も、その内容が妖怪に関わることと分かれば、声音を真剣なものにしていた。すぐに幸善のいる神社に来ると言い、しばらく待っていると、冲方や牛梁、水月を連れた相亀が神社にやってきた。
いつものTシャツ姿で拝殿を見上げた冲方が驚いたように呟く。
「こんなになるなんて、凄いね…」
「いや、それは元々です。猫が壊したのは地面の方だけです」
拝殿の中に入った牛梁が東雲と我妻を診ていた。その体調に問題はなかったようで、牛梁が相亀と一緒に東雲と我妻を背負って出てくる。
「ちょっと牛梁さん。こいつ重たいんですけど」
我妻を背負った相亀が文句を垂らす。
「交代する?」
「え?あ、ああ…まあ、いいです」
どうやら、東雲と我妻は背負った二人と冲方で送り届けるようだった。その際に例の記憶操作も行うらしい。神社の方も白い猫が壊した部分は、後でQ支部から人員を寄越し、修復するそうだ。
「しかし、どうして、この神社に人が来なくなったんだろう?」
帰り際に幸善が疑問を呟くと、既に神社を去ろうとしていた冲方が答えてくれる。
「その猫がいたからだろうね」
「こいつが?」
「妖怪は気に入った土地を縄張りにすることがあるんだ。その度合いは依るけど、その猫はこの神社に人を入れなかったんだろうね」
「そういうことか」
幸善が白い猫と神社を見比べながら、そこにどれだけの思い出があったのか想像していると、冲方が最後に一言だけ残して、その場を立ち去っていった。
「じゃあ、水月さん。あとはよろしくね」
「ん?」
幸善が疑問に思いながら、水月に目を向けると、水月は手を振って冲方達を見送っていた。気づけば、幸善は水月と二人きりらしい。
「俺達も帰るのか?」
前言撤回。まだノワールも残っていた。
「それじゃあ、頼堂君。家まで送るよ」
「え?俺が送られる方?」
「どういう意味?」
「いや、深い意味があるわけじゃないけど…ていうか、こいつをQ支部でお願いしたいんだけど、できるかな?」
幸善が抱いたままの白い猫を水月に見せながら聞いた。水月は笑顔で白い猫の頭を撫でながら、小さくうなずいている。
「多分大丈夫だと思うよ。けど、どうしてQ支部で?」
「こいつに必要なのは、ずっと知ってくれている人達だと思うから。それなら、人が多くて、妖怪のことを理解しているQ支部が相応しいと思う」
「確かに。分かった。届けておくね」
水月が幸善の手から白い猫を受け取る。その姿を見ながら、幸善は考えていたことを呟いていた。
「もしも、今回と同じことが起きていたら、Q支部はどう対応したの?」
その質問を聞いた水月は言葉に困り、悲しい目で白い猫を見つめている。
「二人の人間を誘拐し、連れ帰ろうとする仙人に攻撃してきたとなると、人間に敵対する妖怪と判断され、恐らく、殺されていたと思う」
それは幸善が想像していた通りの答えだったが、明確に言葉として口に出されると、幸善に重い衝撃を与えてきた。白い猫は決して人間に危害を加えたかったわけではない。それなのに、言葉が通じないことで勝手に判断され、命を奪われる結末になっていたかもしれない。
もしかしたら、既に同じような妖怪がいて、その妖怪は殺されているかもしれない。
そう思ったら、幸善はどうしようもない悔しさと悲しさに襲われていた。奇隠の考えを悪と断じるわけではない。自分達の身を守るために、必要な処置だということも分かる。だからこそ、その結末に至ってしまったことが悲しく、その結末が当たり前になっていることが悔しい。
そこに酷いもどかしさも覚えた時、幸善の中で一つの覚悟が決まっていた。
「水月さん。俺、仙人になるよ」
「え?」
「こいつみたいな妖怪が殺されないで済むように、俺がちゃんと妖怪の気持ちを聞いてやりたいんだ。ちゃんと分かってやりたいんだ」
その言葉に最初は驚いていた水月も、すぐに笑顔になっていた。
「うん。いいと思うよ」
「まだ不安なことの方が多いけどね」
「大丈夫だよ。頼堂君なら、きっと」
覚悟を決めた幸善は水月と一緒に、これからQ支部に行くことになった。明日でもいいと言われたのだが、幸善がそうしたい気分だったからだ。いつもの相亀ではなく、水月と一緒にQ支部に向かうことにドキドキしながら、幸善は並んで歩き出す。
「やっぱり、仙人になるんじゃないか。俺の言った通りだ」
そう話しかけてくるノワールが邪魔だと思いながら、この夜に幸善は仙人になった。
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