白い猫は眠りに誘う(6)
東雲は使命感に駆られていた。幸善が不良に堕ちたのなら、自分が真っ当な道に引き戻さなければいけない。その思いで我妻や久世と一緒に幸善と相亀を尾行していた。
「今日もお前を送るのか…」
「うまくいかない前提みたいな発言はやめろ」
「そう言われても、これだけ変化がないとな。どうせ、今日も同じだろ」
「急に完璧にできるかもしれないだろ」
「そんなのフィクションでもないから」
幸善と相亀は歩きながら言い争っている様子だった。東雲達三人は物陰からその様子を窺いながら、二人の関係性を推測しようとする。
「何か、あんまり仲は良くなさそうだね」
「けど、一緒に帰ってるよ」
「学校でも二人が話している姿は見ないよな」
「でも、話し慣れている感じだよね?」
「友達とかではないのかな?」
「けど、私達とは帰らなかったんだよ?」
「東雲さんは頼堂君をどうしたいの?」
幸善を相亀から引き離そうと思っている一方で、頑なに相亀と仲良くさせたい東雲の発言に、久世は困惑しているようだった。東雲は久世に言われて考えてみるが、もやもやとした気持ちが胸の中を渦巻いているだけで、東雲の考えはまとまらない。
「分からない……」
東雲は不満そうに頬を膨らませながら呟く。自分が何を考えているのか分からない。そのことが酷くもどかしい。
「あ」
咄嗟に我妻が声を出し、東雲と久世を物陰に連れ込むように引っ張った。我妻の急な行動に東雲は体勢を崩し、倒れ込みそうになった先で、久世が支えるように腕を掴んでくれる。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう…」
「どういたしまして。それで、どうしたの?急に引っ張ったら危ないよ?」
久世が我妻を責めるように目を向けるが、我妻は久世の視線に気づくことなく、物陰から幸善達のいる方を窺っている。
「今、一瞬、相亀がこっちを見そうだった」
「え?見つかったの?」
「いや、大丈夫だ。気づかれなかったはずだ」
東雲と久世が我妻の隣から同じように覗いてみるが、幸善と相亀の雰囲気はさっきまでと何も変わっていない。尾行している東雲達のことを気にしている様子もない。
「なあ、頼堂」
「何だよ?」
「お前って、そもそも運動神経悪いとかない?」
「はあ!?急に何だよ!?」
「いや、身体をうまく動かすこともできないなら、今の特訓もうまくいくわけがないなって思って」
「馬鹿にするなよ。これでも学年上位の運動神経を持った帰宅部だ!!」
「それは自慢としては弱い」
幸善と相亀が完全に違うことを話し始めたことで、東雲達はほっとして尾行を再開しようとしていた。そこに相亀の一言が飛び込んできた。
「まあ、どうせ。俺より足とか遅いだろ?」
「はあ!?普通に走るくらいなら、お前には負けないし!!」
「なら、あの場所まで俺より速く行けるのかよ?」
「余裕だ!!」
「あれ?何か物騒な会話してない?」
幸善と相亀の会話を聞いていた久世が思わず呟く。東雲と我妻も同意するようにうなずいている中、幸善と相亀が突然立ち止まった。
「止まった…」
「まさか…」
その直後、二人は全力で走り出した。その勢いに面食らいながらも、東雲達は慌てて後を追いかけ始める。
「何で急に!?」
「分からないが、それよりも追いかけないと」
三人は必死に幸善と相亀の背中を追いかけるが、前方を歩いていた二人が突然走り出したことにより生まれた距離と、二人の足の速さに東雲がついていけなかったこともあって、結果的にその背中を見失ってしまっていた。
幸善と相亀の姿を見失った直後、東雲達は立ち止まり、荒くなった呼吸を落ちつかせることに集中し始める。
「見えなくなっちゃったね」
「ごめん。私が遅いから」
「いや、仕方ないよ。急だったし」
「しかし、これで尾行は失敗だな」
幸善がどこに向かったか分からなくなった以上は、その行き先を突き止めることも難しい。我妻の呟き通り、尾行を続けることはできず、東雲は落ち込んでいた。幸善を更生させることができなかったと思いながら、胸の中に残ったままのもやもやを気にしている。
その時、久世の腰元から音が聞こえてきた。どうやら、スマートフォンが着信を知らせているようで、久世のポケットで震えている。久世は震えるスマートフォンを取り出し、画面を見てから、ほんの一瞬、表情を強張らせていた。
「どうかしたの?」
東雲の声に久世は笑顔を作り、何でもないという風にかぶりを振る。
「ちょっと呼び出されただけ。ごめんね。ちょっと行かないといけなくなっちゃった」
「そうなんだ」
「本当なら東雲さんを家まで送りたかったところだけど、その役目は我妻君に譲るよ。また明日ね、東雲さん」
そう言い残し、久世は早々にその場を立ち去っていく。その背中に別れの挨拶を投げかけながら、東雲はようやく呼吸が落ちついたことを確認していた。
「今日はもう帰るか?」
「そうだね」
「家まで送る」
「うん。ありがとう」
東雲は幸善のことを未だ気にしながらも、我妻と一緒に帰るために歩き出そうとする。
その直後、視界の端からぴょんと飛び出してくる白い影に気づいた。何かと目をやると、白い猫が東雲をじっと見たまま、立ち止まっている。
「ああ、猫だぁ…!!」
変に大声を上げないように気をつけながら、東雲が歓喜で震えていると、その白い猫が小さく「にゃん」と鳴いた。東雲が我妻にただ視線を送ると、我妻は軽くうなずき、猫を撫でるようなジェスチャーを見せてくる。
「ありがとう」
笑顔で我妻にお礼を言ってから、東雲は白い猫にゆっくりと近づき、怖がらせないように気をつけながら、頭を撫でてみる。白い毛のふわふわとした感触に、東雲はつい笑顔を垂れ流してしまう。
「かわいい…」
東雲の小さな呟きに答えるように、白い猫が少し大きな声で、「にゃ~ん」と声を上げる。その様子に笑みを浮かべながら、東雲は頭を撫で続けていた。
「そうだ。写真撮ろ」
東雲がスマートフォンを取り出し、白い猫に向かって構えた。写真を撮るためにカメラを起動し、ピントを合わせる。
「あれ…?」
不意に疑問が声として漏れ、東雲は目を擦っていた。一瞬、スマートフォン全体がぼやけて見えたと思った直後、東雲は大きく体勢を崩して倒れ込んでしまう。
「東雲!?」
そう叫んだ我妻も、すぐに身体の力がうまく入らなくなり、東雲と同じように倒れ込む。その原因は意識を抜き取るような猛烈な睡魔だった。
(ね…眠い……)
そう思ってすぐ、東雲と我妻の意識は途絶えていた。地面に寝転がった東雲の手からスマートフォンが転がり落ちる。
その様子をただ一匹、意識を保っていた白い猫が眺めていた。寝転がった東雲を見下ろし、「にゃん」と小さく鳴いていた。
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