白い猫は眠りに誘う(5)

 相亀と二人の帰宅となり、最悪だと思っていた幸善だったが、正直なところ、相亀がいたことで助かる場面が多かった。それほどまでに幸善の消耗は激しく、流石の相亀も心配するくらいにふらふらだった。気に入らないながらも相亀に助けられ、何とか家まで帰ってくることができた幸善は、その勢いのままベッドに倒れ込む。


 そのまま、眠りにつこうとした直前、思いも寄らず声をかけられる。


「お前、仙人になったのか?」


 その声に瞼を開け、声のした方に目を向けると、いつのまにかノワールが部屋の中に入ってきている。


「なってない……」

「そうなのか?相亀が迎えに来ていたから、そうなのかと思った」

「仙気を扱う特訓をしているだけ……」

「仙気?」


 ノワールは不思議そうな顔で幸善を見てくる。ノワールは仙気のことを知らないのかと思いながら、幸善は重さに耐えかねて、ゆっくりと瞼を閉じる。


「そういえば、妖怪の声が聞こえる理由は分かったのか?」

「いや……それは本部で…調べるとか……何とか………」


 そこまで呟き、幸善は意識を失っていた。ベッドの上ですやすやと寝息を立て始める。


 こうして幸善の特訓は始まったのだったが、その進捗は恐ろしく遅いものだった。二日目も、放課後に行われた三日目以降も、幸善は途中で倒れることになり、仙気を動かすコツは掴めないままに、日数だけが経過していく。


 特訓の開始から数日、放課後になると「用事がある」と言い残し、幸善は教室を飛び出していく。その様子に東雲しののめ美子みこ我妻あづまけいは疑いの目を向けていた。


 理由がアルバイトを始めたとかならまだしも、ただ用事があると濁すだけで明確な理由を言わない上に、以前教室に幸善を訪ねてきたのは、振る舞いだけならただただ柄の悪い相亀だ。


 もしかしたら、幸善は悪い付き合いをしているのではないか、と二人は本気で心配し始めていた。


「今日も行ったね」


 教室を出ていった幸善を見送ってから、東雲が我妻に呟く。


「ああ。いつもの理由だ」

「行こっか」

「そうだな」


 東雲と我妻は事前に話し合い、一度幸善が何をしているのかを突き止める必要があるのではないかという結論に至っていた。そのために幸善が今日も同じように教室を出たら、尾行しようと決めていたのだ。

 東雲と我妻が幸善の後を追って、教室を出ようとする。


 すると、その後ろから何故かもう一人、ついてくる人物がいた。


「頼堂君はどこに行くのかな?」

「それを調べようと思って追いかけるの」


 東雲はそう答えてから、当たり前のように話しかけてきた久世くぜ界人かいとに驚きの目を向けていた。


「久世君!?どうして!?」

「いや、だって、二人が何か面白そうなことをしているから、一緒に交ぜて欲しいなって思って」

「幸善が悪いことをしてないか調べるだけだ」

「面白そうなことじゃん」


 絶対についてくる意思を久世が見せてきた上に、東雲と我妻の目的に久世がついてきてはいけない理由もないので、結局、二人は久世も連れて、教室を飛び出た幸善の後を追うことにする。


 とはいえ、二人は幸善との付き合いも長く、心配している気持ちはあっても、実際に悪い付き合いをしているとは思っていなかった。相亀が来た時も幸善は先に帰っており、考えようによっては相亀と関わらないように逃げていたとも取れる。

 どこで知り合ったのか分からないが、相亀に目をつけられた幸善はそれから逃れるために、毎日こうして早く帰っているに違いない。心の中で相亀が不良の代名詞となっている東雲は本気でそう信じていた。


「あ、いたね」


 真っ先に幸善を発見したのは久世だった。久世の指に誘導され、幸善の姿に目を向ける。そこで東雲と我妻は驚愕することになった。


「待たせるなよ」

「扉も開けられない奴が威張るなよ!?」


 東雲の中で不良の代名詞となっている相亀と言い合う幸善の姿がそこにはあった。


「え…?嘘…?幸善君…?」


 東雲の中で幸善が不良になった瞬間だった。

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