白い猫は眠りに誘う(3)

 全身を循環する血液をイメージする。頭の先から爪先まで、循環している血液の感覚を掴み取る。その血液に並行して流れる感覚が存在している。それが仙気の感覚である。


 そう説明されたが、幸善には全く分からなかった。並行して流れる感覚どころか、血液の感覚すら分からない。真剣に説明する水月と冲方には悪いが、話の内容が感覚的過ぎて分からない。


 そう思っていたら、水月が手を握ってきた。また突然過ぎる行動に幸善がドキドキしていると、水月の手から急に気持ちの悪い感触が伝わってきた。繋がれた手から腕の中に向かって、手を突っ込んで擽られているような、痒みに近いが襲ってきている。


「な、何これ!?こそばゆいんだけど!?」

「今、頼堂君の中に仙気を送っているから、その感覚を自分の身体の中に見つけて」

「この感覚を…?」


 そう言われても、幸善が感じているのはだけであり、その感覚が身体の中にあったら、幸善は今頃悶え苦しんでいるはずだ。その感覚を見つけるも何も、最初からあるとは思えない。


 そう思った直後、繋がれていた幸善と水月の手の間で、小さな爆発が起きた。幸善と水月の手は大きく弾き飛ばされて、二人は距離を離す。


「大丈夫!?」

「は、はい。私は…頼堂君は?」

「俺も大丈夫です」


 急な爆発に焦った様子を見せた冲方も、幸善と水月が無事だと判明すると、ほっとした顔をしている。今の爆発は想定外のものだったのかと幸善は思いながら、手の中に残った熱のような感覚を気にしていた。


 水月と手を繋いでいた間は、その熱のような感覚を水月の手の温もりだと思っていたが、さっき手が離れた時、水月の手は既に触れていないのに、その熱のような感覚を強く残り続け、水月の手が更に離れる時に、ようやく強い熱が離れるような感覚があった。

 その瞬間の糸が途切れるような感覚と、離れてもまだ微かに手の中に残り続ける熱のような感覚は、幸善の神経に触れたように消えてくれない。


 もしかしたら、この感覚が仙気を把握することに繋がるのかもしれない。そう思った幸善は自分の身体に意識を集中させる。糸、熱、と残っている感覚を、自分の身体から感じるものに並べていく。


 その直後、幸善は自分の体内の隅々まで行き渡る蜘蛛の巣のような糸を感じて、気持ち悪さを覚えた。咄嗟に込み上げてきた気持ち悪さを吐き出さないように口を押さえながら、床に膝を突く。


「頼堂君!?」

「牛梁君!!」


 冲方が呼びかけるよりも早く、牛梁が幸善に近づいてきていたが、幸善は大丈夫と示すように手を向けていた。


「急なことに驚いただけです…」

「もしかして、仙気の感覚を掴めた?」

「この糸みたいなものがそうなら…」

「糸か。人によっては水とか、電気とか、風とか、いろいろ表現は変わるんだけどね」

「風…?」


 そう言われてみると、幸善の体内に絡まる糸のように感じていたものが、風が吹き抜けるような爽やかな感覚に変わる。


「あ、ちょっと楽になった…」

「それなら、その感覚を忘れない間に、それを動かすことができるかやってみよう」

「どういう風に?」

「その見つけた感覚のままに動かすイメージだよ。水なら流れを身体で止めて、別の方向に流れさせるイメージ…みたいな感じ?」

「風を動かすイメージ…」


 幸善の身体の中で吹く風を、手で受け止めるようなイメージを持ってみるが、そうすると風のような感覚が止まるばかりで、動く気配は全くない。


「あれ?風ってどうやって動かすんですか?」

「風を動かす?」

「そんなの団扇で扇げばいいだろ?」


 遠くから軽い感じで言ってきた相亀に、幸善は苛立ちの目を向けた直後、相亀の言葉の正しさに気づいた。風の流れを変える時に簡単なのは風そのものを起こせばいい。団扇で扇ぐなり、扇風機を置くなり、そのどちらでも風は、空気は動いている。


 そのイメージから幸善は手で顔を扇ぐような感覚で、体内の風の感覚を動かすことにした。小さく微かながらも、幸善の体内で空気が循環するようなイメージが高まっていく。


「ああ…動いた…」

「その感覚を更に強めていくと、前に相亀君がやった気を飛ばすようなことができるようになるよ」

「よし、やってみます」


 そこから、幸善は体内の風を強く動かすことができるように、何度も何度も何度も、その同じイメージを持って、自分の身体の中に意識を向け続けた。


 結果、一時間も経たない間に幸善は倒れて動けなくなっていた。

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