白い猫は眠りに誘う(2)

 相亀の案内でQ支部を訪れた幸善は、ただ広いだけで何もない空間に通されていた。全体的な印象は体育館を思い出させる部屋であり、入口の前には『演習場C』のプレートが飾られていた。ここで事前に聞いていた幸善の仙人としての力の特訓が行われるらしく、幸善と相亀が到着した段階で、既に待っている人が三人いた。


 一人は何度も逢っている水月みなづき悠花ゆうかだ。相亀と二人かもしれないと思っていた幸善は、その姿を見つけたことで酷く安心していた。


 あとの二人は逢った回数こそ少ないが、その印象はどちらも強く、幸善は良く覚えていた。

 前科何犯かと疑いたくなるほどの強面である牛梁うしばりあかねと、今回は頭に寝癖を作っていないが、相変わらずのTシャツ姿である冲方うぶかたれんだ。


「ああ、来たね」


 真っ先に気づいた冲方が声を出している。その声に反応し、水月と牛梁も幸善達の方に目を向けてくる。幸善は具体的な話を聞いていないが、場合によっては相亀と一対一で教わる可能性も考えていたので、思っていたより人数がいることに驚いていた。


「俺のために三人も来てくださったんですか?」


 幸善が驚いた気持ちをそのまま言葉にする。


「ああ、うん。私と冲方さんが中心になって教えるから」

「二人?じゃあ、相亀と牛梁さんは?いるだけ?」

「相亀君は案内役だったでしょ?牛梁さんは怪我をした時の治療係。牛梁さんは仙医志望なの」

「え?そうなんですか?」


 人の命を奪っていそうな見た目をしているが、その実は人の命を助ける方を目指していると聞き、幸善は失礼ながらも驚いていた。確かに前回逢った時に印象は変わり、実は優しい人なのかもしれないと思っていたが、それは間違いではなかったらしい。


「牛梁さんはこう見えても医者の卵なんだよ。医大生だからな」


 牛梁本人ではなく、その隣で何故か胸を張った相亀が説明してきた。こう見えてとか、微妙に失礼な言葉が含まれている気はするが、当の牛梁は少し照れているようなので、無粋なツッコミはしないでいた。


 疑問が解消されたところで、特訓がついに始まるのかと幸善は思っていたが、その前にまずは水月による説明が始まっていた。今回、幸善が特訓する予定の仙技せんぎに関する説明だ。


「今回は仙技――つまりは仙人の技術を幸善君に会得してもらうことが一番の目標ね」

「その仙技って、あの煎餅を爆発させるみたいな奴?」

「あれもそう。ただ仙技っていうのは、もっと広義的な言葉で、分かりやすく言うと、仙気せんきを操る技術だね」

「その仙気って?」

「仙気は人がまとっている気のことだよ。ほとんどの人は気づいていないけど、誰でも身体から仙気が微妙に漏れ出ているんだ。お風呂上りに水蒸気が昇っていくイメージが近いかな?私達も目には見えないんだけどね」

「その見えない気を操る技術を仙技って呼んでいるってこと?」

「そういうこと」


 少しずつだが、幸善は言葉だけ聞いて意味の分かっていなかったことを理解し始めていた。もしかしたら、こうして理解するところから特訓が始まっているのかもしれないと幸善は思い始める。


「相亀君が前に見せた気を吐き出すのも仙技だけど、他にも気を身体にまとって身体能力を強化したり、何か違うものにまとわせて――例えば、ハサミにまとわせて、普通のハサミで金属も切れるようにしたり、いろんなことができるんだよ」


 身体能力を強化する、という水月の言葉を聞き、幸善は初めて相亀や牛梁に追われた時のことを思い出していた。あの時は牛梁がターミネーターさながらの勢いで走ってきたが、あれはもしかしたら、そういう力もあっての速度だったのかもしれない。


 そこで不意に気づいた。幸善の中で解決していなかったことが一つある。


「もしかして、商店街の爆発って、何かしました?」


 幸善が牛梁に目を向けると、牛梁が隣の相亀を睨みつけるように見ていた。本当に睨みつけているのか、ただ目つきが悪いだけなのか分からないが、見られた相亀は苦笑している。


「お前を止めようと思い、気を飛ばした」

「殺す気か!?」


 全力で叫んだ幸善の言葉を聞き、冲方がぼそりと「気だけに」と呟いているが、敢えて誰も触れなかった。


「取り敢えずの頼堂君の目的は気をある程度自由に操れて、突然の暴発の可能性をなくすこと。頼堂君はマヨネーズの握り方を知らないで握っている状態だから、その握り方を覚えないと」

「マヨネーズ…?」


 水月の独特なたとえに苦笑しながらも、幸善が元気に返事をしたことで、幸善の特訓が開始しようとしていた。水月と冲方の説明を受けながら、幸善は治療が必要な怪我を負うかもしれないことをさせられる。幸善はそう思っていた。


 しかし、いざ始まってみると、特訓は非常に感覚的な内容だった。

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