白い猫は眠りに誘う(1)

 怒涛の如く過ぎ去った三日間から一転、頼堂らいどう幸善ゆきよしはリビングで惰眠を貪っていた。昨日、鼠の一件を解決してから、翌日が休日だったこともあって、ほとんど今と同じ時間を過ごしている。


 テーブルの上でスマートフォンから通知音が聞こえてくる。さっきから何度も聞こえている音だが、幸善はその音をただ聞き流している。


「ちょっと、お兄ちゃん。うるさい」


 流石に我慢できないほどに苛立ちが募ったようで、頼堂千明ちあきがテーブルの上のスマートフォンを投げつけてきた。無防備だった胸にスマートフォンがぶつかり、幸善は痛みで悶え始める。

 千明の膝の上で、千明に撫でられていたノワールが心なしか笑っている気がした。腹が立ったが、ノワールと突然会話を始めたら怪しまれるので、幸善は黙ってスマートフォンを手に取る。


 画面には凄まじい数の通知が届いていた。相手は相亀あいがめ弦次げんじだ。昨日の一件から案内役に選ばれた相亀と連絡先を交換し、住所を教えろと言ってきた相亀に住所を教えてから、幸善は寝落ちして何も返していなかったが、そこから相亀は律義に時間等の確認をしようとしていたようだ。


 朝から通知音がうるさいながらも、相亀の名前を確認し、確認するのは後でいいかと思っていたのだが、その気持ちを見透かしたように相亀が放置していることを怒りの文面で抗議してきていた。


「あいつ、暇なのか…?」


 そう思いながらも、流石に悪かったと思い、幸善が返信のための文面を考え始めた直後、家のチャイムが鳴らされる。誰か来たな、と思いながらも、幸善は返信のために無視していたが、千明はノワールを抱いたまま動く気配がなかった。


「お兄ちゃん、出て」

「え?俺?」

「いいじゃん。スマホ弄ってるだけなんだし」

「お前は犬撫でてるだけじゃないか」

「これは大事なコミュニケーションだから。あと、ノワール。犬って言わないで」


 千明に押しつけられる形で幸善は立ち上がり、二度目のチャイムが鳴らされた玄関に向かう。


「今、出ます」


 そう言いながら、玄関の扉を開けた瞬間、幸善は動きを止めた。


「お前、俺に喧嘩を売ってるのかよ…?」


 静かに身体を震わせ、怒りの形相で睨みつける相亀がそこに立っていた。どうして、ここにいるのかとは聞かない。昨晩、住所を送っている時点で来てもおかしくはない。


 問題は相亀の様子がというところだった。


「何で無視しやがった!?」

「悪気はないんだ。ちょっと面倒臭いって思っただけで」

「誰がメンヘラだ!?」

「言ってはねぇーよ!?」


 否定してから、幸善は口を押さえる。完全に心の中で思っていたことが漏れ出ていた。


「思ってるじゃねぇーか」

「流石にごめん」


 完全に沸騰していた相亀が落ちつきを取り戻したところで、幸善は相亀が家までやってきたことを疑問に思った。確かに通知は全て無視していたが、それだけで家まで押しかけてくるとは思えない。


「何で家に来たんだ?」


 幸善がそう聞いた瞬間、落ちつきを取り戻しかけていた相亀が再び沸騰し始めた。その変化に幸善は地雷を踏み抜いたことに気づく。


「お前、スマホ見てないだろ?」

「はい?」

「お前を迎えに行くけど、大丈夫かって聞いてただろうが!?」

「そ、そうだっけ?」


 幸善はさっきまで眺めていたスマートフォンの画面を思い出してみるが、怒りの文面しか思い出せず、それ以外の内容があったかは分からない。


「ていうか、迎えに行くって、もう今日から?」

「当たり前だ。すぐにでも覚えた方がいいに決まってるだろうが。これだから素人は…」


 やっぱり、面倒だったと後悔しながらも、幸善は他に予定があったわけでもないので、相亀と一緒にQ支部に向かうことにする。リビングに置いてきたスマートフォンを取りに戻ってから、相亀を待たせていた外に出る。その姿を千明の膝の上で寝転ぶノワールが眺めていた。

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