鼠は耳を齧らない(6)

 水月に手を引かれ、幸善が連れていかれた場所は中央室だった。中には数台のコンピューターが並び、その前に座る何人かがこの停電の中でも気にすることなく、目の前のコンピューターを操作している。


 それとは別の場所に、幸善は知った顔を発見していた。昨日、Q支部の支部長と言っていた鬼山だ。その隣には、幸善が見たことのない眼鏡をかけた女性が立っている。


「不審な人物を捕まえた?」


 水月が幸善を連れてきた姿を見るなり、鬼山がそう聞いてきていた。不審な人物と言われたことに幸善は一瞬焦りそうになるが、すぐに鬼山が冗談っぽい表情をしていることに気づく。


「他の人が見たら、そう思うだろうと思って連れてきました」


 水月が鬼山の冗談に苦笑しながら、幸善の手をついに離す。今の今まで感じていた温もりが手の中から消え、幸善は寂しさを覚えてしまった。


「ただ、ちょっと気になる話があって」

「気になる話?」


 鬼山が水月の言葉を繰り返しながら、幸善に視線を向けてきた。幸善は視線の意味が分からず、表情に困ってしまうが、水月は分かったらしく、微かにうなずいている。


「鼠の妖怪が数匹話していたそうです」

「鼠の妖怪?」


 鬼山が幸善や水月から、自分の隣に立っていた眼鏡の女性に目を向ける。その女性は眼鏡をくいっと上げ、鬼山の視線にうなずきを返している。


「それで?」

「どうやら、その鼠達は何かの準備をし、何かの合図を待ち、今はどこかに向かっているそうなんです。何より、この混乱を喜んでいるそうです」


 水月が何を言いたいのか、鬼山は既に理解しているようで、水月からの言葉を聞きながら、考え込んでいるようだった。


「鼠の居場所は?」

「ダクトから声が聞こえてきたと、頼堂君は言っています」


 鬼山が幸善に目を向けてきた。さっき冗談を言っていた時とは違い、その時の鬼山の表情は幸善を視線で射抜くようなものだった。小動物なら、その視線だけで殺せるかもしれない、と幸善は思う。


「ダクト好きなんですかね?」


 考え込んだ鬼山の隣で眼鏡の女性が呟いた。状況を把握できていない幸善でも、何を言っているのかと思う発言だったが、言った本人は至って真面目な表情をしている。


「家賃…」


 家賃がどうしたのかと幸善は気になったが、それ以上、眼鏡の女性が言葉を続けることはなかった。代わりに鬼山が考えをまとめたようで口を開く。


「事態の解決のために可能性は潰しておきたい。Q支部内にいる全仙人に通達。ダクトを徹底的に調査し、鼠の妖怪を見つけ出せ」


 鬼山が叫んだ瞬間、コンピューターの前に座っていた人達が一斉にコンピューターを操作し始め、水月のスマートフォンが音を鳴らした。

 幸善がその音に反応し、水月に目を向けるが、水月はスマートフォンを取り出すことなく、鬼山からの質問を聞いている。


冲方うぶかたは?」

「ここに来る前に連絡してみたのですが、どうやら支部の外にいるみたいです」

「なら、他の二人は?」

牛梁うしばりさんは大学に。相亀君は連絡が取れません」


 相亀の名前が出たことで、幸善は相亀を放置してきたことを思い出す。幸善が教室を出た直後に相亀が来たとして、そのままQ支部に向かっていたら、停電前にQ支部には到着しているはずだ。


 もしかしたら、この停電の中で混乱しているのかもしれない。そう思うと幸善は笑いそうになる。まさか、相亀がエレベーターの中に閉じ込められているとは、この時の幸善は微塵も思っていなかった。


「そうか。なら、仕方ない。水月一人でダクトの調査に回ってくれ」

「はい。分かりました」

「あ、あの…」


 話が決まったらしい水月と鬼山の隣で、幸善がゆっくりと片手を上げる。その手が吸い寄せるように、水月や鬼山の視線が集まる。


「鼠を探すなら、俺も協力しますよ。声が聞こえたら、どこに行くかも分かるかもしれないですし」


 幸善の提案を聞くなり、眼鏡の女性が眼鏡をくいっと上げ、渋い表情をしていた。その表情に幸善は逸早く気づき、何か不味いことを言ったかと考えている間に、鬼山が真剣な表情で幸善を見てくる。


「確かに妖怪の声が聞こえる君の特徴は魅力的だが、君は一般人だ。万が一ということもある。君に協力してもらうことはできない」


 鬼山の言いたいことは分かったが、幸善はいまいち鬼山の言っている『万が一』が想像できなかった。

 確かに妖怪と関わることで、想定していないことが起こることもあるのかもしれないが、あの鼠達にそこまで警戒する必要があるとは思えない。


 しかし、無闇に行くとも言えないので、幸善は大人しく、この場所で待っていようかと考える。


「あの…」


 不意に近くのコンピューターの前に座っていた女性が話しかけてきた。


「少しいいですか?気になったことがあるのですが」

「気になったこと?」

「鼠の言葉から、停電を起こすことを仮に合図として、どこか目的としている場所に向かい始めた。そう考えると、少なくとも鼠は数匹以上いることになりますよね?」

「ああ、確かに」

「その鼠を捕まえていったとして、とどう判断しますか?」

「…………」


 鬼山が言葉に詰まり、隣に立つ眼鏡の女性を見ていた。その人はかぶりを振るばかりで何も言っていないが、それだけで鬼山は分かったらしい。


「あの支部長。頼堂君にダクトから聞こえてくる声を聞いてもらって、鼠の目的地を割り出すこととかできませんかね?そこで待っていたら、全ての鼠が最終的に集まると思いますし」

「ああ、それしかなさそうだな。お願いできるか?」


 心底申し訳なさそうな鬼山の表情に、幸善は苦笑しながらうなずく。

 これによって、幸善は水月の案内でダクト巡りを始めることになった。

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