鼠は耳を齧らない(4)

 幸善の視界が暗転した頃、幸善に憤慨している男がいた。お分かりの通り、相亀だ。


 ぶつぶつと幸善に対する不満を呪詛のように漏らしながら、開かずのトイレを難なく開け、その先に伸びる階段を降り、『閉』のボタンしかないエレベーターに乗り込む。後はボタンを押して、ドアを閉め切ってから、後ろを振り返ったらQ支部に繋がっている――はずだった。


 ボタンを押した相亀が振り返り、廊下に出ようとした瞬間、相亀は思いっ切り、壁に激突した。呪詛のように口から漏れていた幸善への不満は、壁に激突した瞬間に霧散し、相亀は鼻を押さえながら、目をぱちくりさせる。


「はあぁ…!?」


 間抜けな声を漏らし、幸善への怒りをエレベーターの壁に向けようとした相亀が、エレベーターの中に閉じ込められた事実に気づくのは、その直後のことだ。途端に混乱し、エレベーターの壁を無駄に叩いては、Q支部に呼びかけることを始めていた。


 しかし、問題のQ支部に声が届いているはずがなかった。そもそも、エレベーターから相亀が出られなくなった頃――つまりは幸善の視界が暗転した頃、Q支部は大規模なに襲われていたのだから。


「何が起こった!?」


 鬼山きやま泰羅たいらがQ支部の中央室に入りながら、そう聞いていた。中央室はQ支部内の状況把握やQ支部が保有しているデータの管理を行っている部屋で、大小様々なコンピューターが並び、数人の仙人がその操作を行っている。


 その部屋の中で鬼山を待っていた飛鳥あすか静夏しずかが眼鏡をくいっと上げた。


「停電です」

「それは見たら分かる。原因を聞いているんだ」

「電気が止まっているんじゃないですか?」

「いや、だから、その原因を聞いているんだよ」


 Q支部の電気は全て自家発電によって賄われている。Q支部ほどの規模の施設の電気を賄うためには、その機械の総台数は必然的に多くなり、一台や二台の故障で停電が起こるとは思えない。


「どうやら、電気回路の一部に異変が起きているようですね。供給電力が減っています」


 コンピューターを操作しながら、軽石かるいし瑠唯るいが答えていた。飛鳥に憧れているらしく、同じ眼鏡をかけており、知らない人が見ると姉妹に見えるが、その性格は飛鳥と違い、しっかりしている。


「どこで異変が起きているか分かるか?」

「はい。分かります」

「なら、そこに誰かを向かわせろ」

「分かりました。それから、停電ですが中央室に供給されている電力の一部を回すことで、少しだけですが回復すると思います」

「なら、そうしよう。最低限必要なコンピューター以外は電源を消せ」


 軽石の提案により、豆電球の明かり程度ながらも、Q支部内の照明が復旧したところで、鬼山は今回の停電の原因を考えていた。急に大規模な停電になるほどの破損が起きたとは考えづらい。定期的に点検を行っているので、一部が古くなっていた可能性も考えづらい。


 そうなると、必然的に可能性はに特定される。


「Q支部内にいる仙人に通達を。停電は人為的に行われた可能性が高い。不審な人物を探し出せ」


 その指令がQ支部内の仙人全員に送られると、既にQ支部内にいた水月みなづき悠花ゆうかは廊下を歩き出していた。専門的な知識がないので、停電の回復には関われないが、停電を引き起こした犯人を探し出すことはできる。


 足早に廊下を歩き、角を曲がろうとしたその直後のことだった。水月は誰かとぶつかりそうになった。


「ごめんなさい!?」

「す、すみません!?」


 よろめきながら、互いに謝り合った相手の声を聞き、水月は咄嗟に相手の顔を見つめていた。薄暗くて分からないが、声からそう思った通り、そこに立っているのはのようだ。


「あれ?水月さん?」

「頼堂君?」


 水月が瞬間だった。

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