黒い犬は妖しく鳴く(3)
オカルトに詳しくない幸善でも知っている都市伝説くらいはある。口裂け女やトイレの花子さんのように全国的に有名な話はそうだが、それ以外にも、この地域にしかない話で有名な話がある。
それが公園のトイレの話だ。
市内有数の広さを誇る公園の中に、何年も鍵のかかった使用中のトイレがある。それも普通の公衆トイレと違い、公衆トイレの洋式トイレくらいのスペースしかなく、トイレのマークも男女どちらのマークも描かれているトイレだ。何十年前からあるらしいが、そのトイレを使っている人も、そのトイレが開いているところも見た人が全くいないらしい。
実際、このトイレは実在している。公園にぽつんと立つトイレを幸善も見たことがある。本当に扉が開くことはなく、何故未だに使えないトイレが置いてあるのかと不思議に思ったことはあるが、それ以上に深く考えたことはなかった。
しかし、このトイレに興味を持ったオカルト好きは多かったらしく、様々な都市伝説が生まれていた。何度壊しても生えてくるから放置しているという話や、人間社会に隠れて住んでいる人間ではない存在が専用で使っているトイレという話の他に、国の秘密施設に繋がる入口という話もあった。
そのどれもが信憑性のないものだったが、実際、そのトイレが存在し続けていることは不思議だった。ずっと鍵がかかっていて、扉の開かないトイレなら、最後に使った人が事故か何かで出られずに中で死んでいるかもしれない。そう考えると、真っ先に取り壊されるようなものだが、一切取り壊される気配がない。本当に何度も生えてきているのだろうかと、本気で考えたこともあった。
幸善がそのことを思い出したのは、そのトイレを前にしていたからだ。犬を拾い、商店街で追いかけっこをした幸善は、そこで出逢った少女、
それに納得のいっていないことはもう一つあった。
幸善の隣には、さっきまで幸善と追いかけっこをしていた二人の男が立っていた。どうやら、水月の知り合いらしく、制服を着た男は
この牛梁という男は見た目に反した性格をしているようで、幸善と逢った時点で追いかけていた時の迫力は鳴りを潜め、幸善の負った擦り傷をすぐに心配してきた。何人か人を殺していそうだと思っていたが、その行動に印象で判断するべきではなかったかと少し考え直しかける。
しかし、それも相亀の方と話すまでだった。
「お前…!?逃げやがったな!?寄越せって言ったら、普通は寄越すだろうが!?」
開口一番、そう言ってきた相亀に対する印象は間違いとは思えず、やはり同じ高校に通っていると分かっても、会話をする気にはなれなかった。
そのことから、牛梁に対する印象も少し懐疑的に思ってしまう。
「本当にごめんね。荒っぽいことをする予定じゃなかったの」
「聞き方が悪かった。すまない」
水月と牛梁が揃ってそう謝り、幸善に説明をしたいと言うので、未だ三人、主に相亀を疑いながらも、三人についていくことにした結果、幸善は問題のトイレの前に立っていた形だ。
この場所に来た理由が分からない上に、まだ三人、主に相亀を信用したわけではないので、ここで急に襲われるかもしれないと、幸善は犬を抱く力を少しだけ強め、いつでも踵を返せるように体重だけ乗せておく。
「何だよ、トイレか?」
抱きかかえた犬が声変わり前の少年のような声で、流暢な日本語を口から発する。この光景も未だに理解のできないものだった。幸善の常識では犬が喋ることはないはずだ。
しかし、話しているということは喋る犬なのか、と最初は思っていたが、それも違うことに気づいた。その理由は水月を始めとする三人の反応だ。
「急に吠えるなよ。ビックリするだろうが」
「大丈夫。悪いことはしないから」
驚く相亀も、笑みを浮かべて犬を撫でる水月も、犬の言葉は聞こえていないような反応をずっとしていた。
もしかしたら、この声が聞こえているのは自分だけなのかもしれない。幸善はトイレの前に立った段階で、そう思い始めていた。
「じゃあ、入るね」
「え?どこに?」
幸善が聞いた時には水月がトイレの前に立っていた。ドアノブを掴み、鍵がかかっているはずのそのドアノブを軽々と回してみせる。
「あれ?」
幸善が驚いている間に、トイレの扉は開き切っていた。
そこにはトイレがなかった。代わりに地下に続く階段が伸びている。幸善は扉が開いたことやその向こうにトイレがない事実に驚きが隠せない。
「降りるね」
「え?ちょっと待って?鍵は?」
「んなもんかかってねぇーよ」
水月に聞いたはずだが、幸善の隣で相亀が答えてくる。そのことに苛立ちながら、幸善はかぶりを振っていた。
「いや、かかってたはずだ。俺は開けようとしたことがあるから知ってる」
「かかってねぇーよ。開けるのにちょっとコツがいるだけだ」
「コツ?」
「その話は下でするから。取り敢えず、降りよ」
水月に急かされ、幸善は相亀と牛梁に挟まれながら、階段を降り始める。幸善を含む四人が中に入った段階で、牛梁が背後で扉を閉めていた。途端に階段は暗くなるが、天井にぽつんぽつんと照明がいくつかついているお陰で、足下はしっかりと見ることができる。
階段の先にはエレベーターが一基だけあった。四人がその前に立った段階で、自動ドアのようにタイミング良くドアが開く。水月が先頭を切って中に入る姿を見ると、幸善も入らないわけにはいかず、相亀や牛梁と一緒にエレベーターに乗り込んだ。
ここから地下に降りるのか、と思い、幸善が階数ボタンに目を向けたところで、そのエレベーターのおかしさに気づいた。このエレベーターには階数ボタンはなく、それどころか開閉ボタンも『閉』のボタンしかない。
これでは閉じ込められる、と思った瞬間に水月がそのボタンを押していた。
「あ」
思わず声を漏らした幸善の前で、エレベーターが無情に閉まる。良く分からないが、今日初めて逢った三人の心中に幸善は巻き込まれてしまった。そう思うと、身体の底から絶望が湧いてくる。
「はい。これで振り返って」
幸善が絶望に包み込まれていることなど知らずに、水月は明るくそう言ってきた。絶望は消えていないが、水月ほどの可憐な少女に明るく言われたら、幸善はそれを拒否することもできず、暗い表情のまま背後に目を向ける。
すると、そこにさっきまであったはずの壁がなくなり、その奥に白を基調とした廊下が現れていた。
「え?え?」
「どういうことだ、これ?」
幸善の腕の中で、幸善と一緒に犬が驚いている。エレベーターの中から覗いてみるが、映像とかではなく、実際にそこに廊下があるようだ。
「何で?」
「それは会議室に行ってから説明するとして、取り敢えず」
水月が廊下に飛び出て、ふわりと回転しながら、こちらを振り返る。ニコリと微笑む姿に、幸善の心臓はドクンと飛びはねた。
「
そして、呪文みたいなことを言ってきた。
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