第14話 開花の樹化異

逃げるチームシヴァ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈



(黄聖国 オシリス城)



顔を強ばらせた仮面マントのスライム人間は、チームシヴァとジャスミン姫のことを必死に追いかけていた。



「待てぇ!お前らに容赦などしない、ボコボコにしてやらァ!」

スライムの男は強い言葉を浴びせ続ける。




ソフィアたちが元いた2階へと戻ってくると奇妙な物を目にする。


「あれは...」

ソフィアは思わぬ光景に言葉を失ってしまう。



そこには頭の蕾が開き、人間の顔を中心に花が咲いた"開花の樹化異(かいかのきかい)"が立っていたのだ。


紅い花は不気味さをさらに際立たせ、体を構成する樹木は茶色から緑に変色していた。



開花の樹化異と戦う黄聖国の兵士たちであったが、鋼鉄の硬度を誇る開花の樹化異の樹木の攻撃は、簡単に鎧を貫通する。


開花の樹化異に触れられた兵士は次々に"樹化異"になっていくのである。




兵士たちの最後尾には逃げたハイラト王が頭を抱えて怯えていた。






何も考えられなくなるソフィアたちにスライム人間が話しかけてくる。

「成功だ、やはり花が咲いた!我々の任務は終了だ。あとはコイツと楽しめよ、ガキ共!」


スライム人間は嬉しそうに語ると、ポケットから小さな袋を取り出して真下に投げつける。


叩きつけられた小さな袋は割れ、中から黒い煙が溢れ出す。




突然の煙にソフィアたちチームシヴァは咳込む。


「最後に教えてやる。俺の名は、"ケモン・スピルス"。近いうちにまた会おうぜ、ケヒヒヒヒ」

ケモンは名を名乗ると煙幕の中に消えていなくなってしまう。






「待て!」

ソフィアは煙に向かって剣を振るったが、ケモンの姿はそこにはなかった。


ケモンを逃したことを悔やむソフィアであったが、背後から助けを呼ぶジャスミンの声で我に返る。

「ソフィアさん、樹化異が迫ってます!」


ソフィアは慌てて後ろを振り向くと、開花の樹化異が両腕を巨大な斧の形にかえて床に攻撃する。



亀裂の入った床は崩れ、ソフィアたちは2階から1階へと落下する。







(オシリス城 1階 広間)



「うっ...、んっ...」

ソフィアが目を開けると瓦礫の上で仰向けになっているのが3階の空いた穴を見て理解できた。


2階から落ちたというのに、左腕の骨折だけとは中々の幸運である。



ソフィアは重たい手足を何とか動かして体を起こすと瓦礫の周りは既に樹化異たちに包囲されていた。



そして、樹化異の前には手足に傷が負い、大量に出血しながらも戦う島華国の王子"珀麗考(はくりきょう)"の姿があった。




珀の前に立つ騎士の男は時計を見て話し始める。

「そろそろ時間だ。まさか100を超える樹化異を1人で相手にしながら、我とも戦い、2階から降ってきた者たちも守るとは大した男だ。名を名乗れ」



珀は騎士の男の前で脅威的な魔法を見せる。

『摂食(せっしょく)・治癒(ちゆ)』


珀の体から溢れ出た大量の血が珀の体に戻っていく。さらに怪我をした部位は痕は残るが傷口を塞ぐ。


珀は騎士の男の顔を鋭い目で見る。

「私の名は名乗る程でもない。君の方こそ名乗るべきでは無いのか、名の無い騎士よ」



騎士の男は兜をとる。



ソフィアは兜を取った男の顔を見て驚愕する。

「ジャスティンバル・オーシャン...。白聖国(はくせいこく)で最強の騎士...。91年事件で死んだはずでは...?」



ジャスティンバルは小さな黒い袋を取り出しながら理由を話した。

「91年事件。忘れもしない、樹化異によって世界は変わった。生き残ったのは"強き者"、ただそれだけだ。我は真の強さを求めて闇に染まったのだ。いや、元より騎士の虐殺を楽しんでいた我は闇の住人だったのよ。分かるかい、カルデラの娘よ」



ソフィアは重たい体を必死に動かして立ち上がるとジャスティンバルに剣を向ける。

「カルデラの娘ではない。騎士ソフィア・オリヴァーだ!」



「さて、どうかな?君は本当の敵を知った時、騎士でいられるかな?世界は在るべき姿へ変わろうとしている。我々呪術団(じゅじゅつだん)は、駒にすぎない」

ジャスティンバルは地面に袋を叩きつけて煙の中に消える。






珀はソフィアに向かって言う。

「君は諦めるのが苦手か、騎士ソフィア?」


ソフィアは剣を樹化異たちに向けて言った。

「苦手です。大の負けず嫌いですから」


珀は微笑むと樹化異に向かって両手をかざす。

「承知した。君は国王と姫君を死守してくれ。私は樹化異の殲滅にとりかかる」



次の瞬間、珀は樹化異の群れに一直線に向かって行った。



しかし、樹化異たちは珀ではなくソフィアに向かって全員が一斉に動き始めたのだ。




「しまった!?」

珀は慌ててソフィアの元に戻ろうとする。



しかし、樹化異たちの伸びる腕の影響で妨害されてしまう。




ソフィアは全方位から襲いかかってくる樹化異に身動きとれず立ち尽くすことしかできなかった。

「(もはや、これは...)」



ソフィアが諦めかけたその時だった。




『聖火・夢幻狂飈(むげんきょうひょう)』

天から炎の刃が降り注ぎ、樹化異たちの蕾の頭を燃やしていく。


燃える樹化異たちは次々に灰になり、消滅していく。





涙を流すソフィアの前に左腕を炎で燃やす男が現れる。

「遅れてごめんよ、ソフィア」


朱殷の槍を握る彼は、シヴァ・グリフィンであった。




シヴァは開花の樹化異に向けて槍を構える。

「僕の仲間を傷つけた君に慈悲はない。君の魂、聖なる炎に還す」



左腕を蒼き炎にするシヴァ。


開花の樹化異も両腕を斧の形に変形させてシヴァに向かって攻撃する。



『鸞鳥(らんちょう)』

シヴァは高速で動いて開花の樹化異の頭上に現れる。




「広大な砂漠の風に吹かれ、美しき女神の大地に眠れ。『聖火・蒼炎日輪(そうえんにちりん)』」


弧を描いたシヴァの槍の蒼き炎は、開花の樹化異の首を焼き斬る。


美しく放った蒼き炎の円は、日の光と似て美しく壮大なものであった。


シヴァの槍から放出された高熱により、付近の樹化異は枯れて塵になった。




「綺麗...」

ソフィアはシヴァの描いた青い陽に思わず見惚れてしまう。




しかし、樹化異はまだ少し残っていた。



ソフィアの背後に残る樹化異に向かって珀は1人で歩いていく。

「シヴァばかり目立たれては困るよ、私としては」



樹化異は絶好の餌である珀に向かって一斉に襲いかかる。


「あの日から私も強くなった。これ以上、私の仲間に手を出させない。『神経調律・無色無音(むしょくむおん)』」

魔法を唱えた珀に樹化異たちの腕の攻撃は1つも当たらなかった。


「君たちは何も見えていない、さらに何も聞こえていない。これで終わりだ、『神経調律・一色一音(いっしょくいちおん)』」

樹化異たちは珀の魔法から互いに互いの魂を奪い合い、塵になって消えてしまう。




直接手を下さずに樹化異たちを葬った珀の力にソフィアは衝撃を受ける。

「凄い...」


シヴァはソフィアの元へやって来て怪我をした左腕にそっと触れる。


ソフィアはシヴァに急に触れられて顔を少し赤らめる。

「シヴァ、どうしたのですか?」


シヴァはソフィアの怪我をじっと見ながら呟く。

「折れてる...。ソフィア、痛かったかい?」


ソフィアはシヴァから目を逸らすと腕の傷を隠す。

「大したことありませんよ。騎士の恥です、怪我をするなどよくあることです...」


シヴァはソフィアの肩を持って目を見つめながら話す。

「そんなことないさ!皆を護ってくれてありがとう、君には本当に感謝しないといけないことばかりだ...。腕を見せておくれ」


ソフィアはシヴァに言われた通り、骨折した左腕を差し出す。


「癒しを。『鳳凰涙液(ほうおうるいえき)』」

シヴァはソフィアの骨折した腕にめがけて涙を流す。


ソフィアの腕に落ちた涙は体の中に浸透していき、骨折した腕は少し痛みを感じる程度にまで治る。



ソフィアは腕を曲げ伸ばしを何度も繰り返してシヴァに話しかける。

「シヴァ、これは...?」


シヴァはソフィアの手に指を添えると自分のことを話し始めた。

「僕の本当の能力は"野生の感性(やせいのかんせい)"。獣のような直感や、獣のような身体能力を有する能力。父と母から覚醒児の僕に贈られた固有の能力さ。この涙は不死鳥の涙さ、骨や筋肉の怪我なら治すことができるのさ」



ソフィアはシヴァの手を握る。

「貴方は本当に優しい人だ」


シヴァはソフィアに伝える。

「ううん、真っ直ぐで思いやりのある君の瞳が僕を変えているのさ」



崩れた城の隙間から陽の光が差し込み、瓦礫の上に立つ2人の男女を照らす。




砂漠の城の戦い、終戦┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈










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※珀麗考(はくりきょう)※


シヴァと詩音の2人と共に、少年時代を滝壺の寺院で過ごした同期。


能力は、"神経操作(しんけいそうさ)"。


自身の視力や聴力を限界まで発達させたり、他者の視点から物事を見たり、逆に全てを極限まで小さくすることも可能。


珀は五感の神経に加えて、生まれつき霊感が強いことから第六感の神経まで操作できる。

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