#zakuro_challenge

 

 一本のナイフが届いた。刃渡りの長い、肉切り包丁めいた形状だ。もう何度も使われてきたはずなのに、宝石のように輝いている。


 僕は片腕でノートパソコンを起動し、事態を理解した。画像投稿サイトの細々としたハッシュタグには、数字だけの本文と両断された何かの写真。黄色いバナナ、卒業アルバム、ぬいぐるみ、ペットの無残な死体。

 最初の投稿には、「あなたが切れる大切な物をひとつだけ。出来るまで他に回してはいけません」という言葉が足されている。


 いわゆるリレー企画である。いつの時代にも悪質なチェーンメールめいた物は存在したのかもしれないが、これはまったくもって意図がわからない。ただ、僕の身に迫る危険であることだけは理解できた。


「切れますか、切れませんか?」

「切れます、大丈夫です……!」


 背後で僕の腕を掴んでいる母親は、妙にハッキリとした口ぶりで答える。その手には例のナイフが握られ、刃先は僕の腕に沿うように向けられている。

 方向的に目視は出来ないが、聴き慣れない声がした。あくまでも無感情に確認をし続ける、女の声だ。

 唆されたのか、自発的なのか。恐らくは前者だろう。僕は言葉を継ぐことができず、冷静ではなくなっていく頭で必死に状況を整理した。


「切れますか、切れませんか?」

「切ります、だから……!!」


 何故? 他に、もっと切るものはあったはずだ。数字が描かれた他の投稿には、所々生物以外のものがあるのに、と考え、僕はそれが最初に偏っていることに気づく。

 切る対象は、徐々に大きくなっていたのだ。それはきっと、大切に思う比重の差だ。家族同然のペットを殺した投稿の次が、息子の腕か。


 刃が突き立てられた。痛い、いたいいたいいたいいたい。血が止まらないのに、僕はなぜか笑っていた。


 シャッター音。片腕だけの僕と、涙を流している母親。ハッシュタグに投稿がひとつ増えた。


「切れますか、切れませんか?」

「切れました。だから、もう……」


 違う。女の声は、もう僕に向かっている。対象が変わったのだ。

 僕は片腕で母親からナイフを奪い、笑う。これは、きっと愛の証明だ。なら、それに報わないと。腕より大きな部位を、大切に思う存在を選ばないと。


「切れますか、切れませんか?」


「切れます。問題なく」


 僕は、母親の心臓にナイフを突き立てた。

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