第28話 作家、遠堂リュノと担当編集

「九十九さん、こちらが原稿でございます……!」


 竜之介が、家まで来た編集者、九十九つくも 綴里つづりに差し出したのは、厚みのある大きな封筒だ。中にはUSBフラッシュメモリと、数枚の手書き原稿が入っている。


 原稿の手渡しなど今時古風だが、出版社の慣習なのか、さして急ぎでもない場合はこうして編集者が家まで取りに来るのだった。


「えーと、はい。確かに受けとりました」


 中身にざっとを目を通した綴里が、それを鞄にしまう。校閲やチェックは編集部に帰ってから行われるので、確認もぱらぱら捲る程度だ。

綴里は部屋のなかをぐるりと見回し、最後に台所の流し台を覗き込むと、殊更安堵したように溜め息をついた。


「久し振りにお邪魔しましたけど、ちゃんと生きてるみたいで良かったです。まあ、澪夏ちゃんもいますし、リュノ先生は意外に生活力がある方なので、そこまで心配してないですけどね」


 ややトゲのある言い方に聞こえるが、若手の作家の中には締め切りに追われるか、はたまたのめり込み過ぎて不眠不休でご飯も食べずに原稿に向かう人間が本当にいるようで、編集者の直接訪問には、それを防ぐ意図もあるらしかった。


「担当とは言え、年下の九十九さんにそこまで心配頂いてるのは申し訳ないというか、情けないというか……これからも、健康には気を付けます」


「はい、リュノ先生はうちの大事な人気作家なんですからねっ!『ガレオン戦記』が完結してからもバシバシ書いてもらいますよ!」


竜之介の額に一筋の汗が流れる。


 そのワードは、エンデュミオンには言っていない、知られるとちょっとだけマズい事象への扉だった。


「あの、九十九さん、その話はちょっ……」


 止めようとするが、綴里はスケジュール帳を見て、目を輝かせながら捲し立てる。


「最新刊は早くも重版出来、来季からはアニメ化

も内定してますし、コミカライズ原作の仕事もありますからね! 再来週にはエンデュミオンとエレナリアのフィギュアの監修に、ぶっちゃけ多忙で倒れてる暇無いですから!」


 そう言って胸を張る九十九だったが、素知らぬ振りで二人の会話に聞き耳を立てていたエンデュは、聞き覚えのある単語に、当然のごとく反応してくる。


「………おい、リュノスケ。その女の言っていることは半分程度しかわからなかったが、何故、私とエレナリアの名前を知っている? フィギュアとは何のことだ?」


竜之介は、とっさに目を背ける。

 

 その顔は『やっべ、どうしよ』と完全に焦っている表情だった。


だが、エンデュはさらに追撃してくる。


「リュノスケよ。先程聞こえた『ガレオン戦記』の話、まさか我々の旅を書物にして出版しているということか?」


竜之介の体が、ガクガクと震え始めた。

シャツににじみ出した冷や汗が止まらない。


しかし、別段隠していたわけはないのだ。


 こちらの世界に帰還したら、予想通り二年の時が経過しており、勤めていた会社はその間に倒産。履歴書に「前職:狂戦士」などと書けるわけもなく、悩み抜いた末、あの世界での旅の記憶を所々盛りつつ小説コンテストに送ってみたら、まさかの大賞受賞を果たしてしまった。


 それから連載を続けること1年と少し、今では既刊5冊目にしてアニメ化、コミカライズの話が舞い込む人気作家になってしまっていた。


(みんなとは二度と会わないだろうと色々盛ったのが完全に仇になったぁあああ! 特に、特にエンデュさんはなー! 大分キャラを盛ったからな

ぁー!)


 言い逃れの仕様がないほど身から出た錆なのだが、それでも何とか誤魔化せないかと、竜之介は脳をフル回転させる。


 その間、綴里は何が起こっているのかわからないという様子で、竜之介とエンデュの顔を交互に見つめていた。


「あ、あの、リュノ先生? こちらの方は……?」


突然、竜之介が膝をつく。


「うっ、ぅうう……仕方が、仕方が無かったんです……! こっちに戻って見たら、会社は潰れてて、俺は行方不明扱い! 失踪してた人間を雇ってくれるような会社もなく……ウォーーーッ、仕方がなかったんやぁーーー!」


 二十八歳の号泣、完全に泣き落としにかかっているのがバレバレだが、最早これしかないと竜之介は賭けに出たのだ。


しかし、結果としてそれは功を奏した。


「顔を上げろ、リュノスケ」


 すべてを理解したエンデュが、泣き崩れる竜之介へ手を差し伸べる。


「え、エンデュさん……!? 許してくれるんすか、こんな、こんな俺を……!」


 エンデュの背後から射す後光が見えるかのように、竜之介が目を細めて顔を見上げる。


「職を失う悲しみは俺にもよくわかる。いや、別に私自身が職を失った経験があるわけではないがな?」


 魔術学院を半ば追い出された形で退職したことは竜之介には言っていないので、口を滑らしそうになったエンデュは慌てて念を押す。


「ぐすっ、うう、ありがとうございます……エンデュさん……! 」


 一方、その美しい友情を前にして、ただ原稿を受けとるついでに担当作家の様子を見に来たはずの綴里は混乱の最中にいた。


(この金髪のエルフっぽい人、リュノ先生がエンデュって呼んでるってことは、まさかあのエンデュミオン? え、だってエンデュミオンは先生の『ガレオン戦記』の登場人物で……えーっ?)


 涙を流して固い握手を交わす男二人、頭を抱えて混乱する女性編集者、混沌カオスと化した遠堂家に、突如として救世主が現れる。


「ただいまー、女物の靴あったけど、九十九さん来て、わっ!? 兄貴達何やってんの……?」


 帰宅した澪夏の登場によって、冷静になった竜之介とエンデュミオン、そして綴里。


 こうして『ガレオン戦記』には描かれない外伝に、また一ページが加わったのだった。

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