第27話 苦悩、遠い帰還と訪問者

 エンデュミオンが竜之介の家に転がり込んでから、早一週間が経過していた。


 竜之介と臨海公園に出掛けて以降、エンデュは度々一人で出掛けては、帰還の方法を探るべく、転移魔法を使おうと試行錯誤していた。


『ホントに一人で行けます!? 気に入らない奴とかいても燃やしたり、切り刻んだり、凍り漬けにしたらマズいっすからね!?』


 竜之介にはそう心配されたが、エンデュとて常識はわきまえているつもりだ。

いかに特異な世界とは言え、言葉も通じる以上はなんとかできる自信があった。

 

 それに元いた世界と比べ、大気中のマナ濃度が極端に低いこちらの世界では、魔力消費の激しい魔法はほとんど使えない。中級の威力をもつ攻撃魔法でも、せいぜい怪我をさせるのがやっとだろう。


 時間、空間をねじ曲げるほどの膨大な魔力と必要とする『時空転移』でこちらに来たエンデュだが、マナ不足によってこちらでの発動ができない以上、もはや自力での帰還は、手詰まりとしか言い様がなかった。


「何故だ……! リュノスケ、貴様は女神の導きであの世界へ行ったのだろう!? 女神に私を戻すよう頼めぬのか!?」


頭を抱えて食卓テーブルに突っ伏したエンデュが、他面に座る竜之介に突っ掛かる。


「前も言いましたけど、俺、女神と面識あるわけじゃないんすよね。気付いたら向こうに拉致られてたと言うか。それにアレ、そんな万能の神様って存在でもないでしょ?」


 竜之介の言う通り、女神とはあくまで『魔王に対抗する為の、意思を持ったシステム』であるため、超越的な力を持つ女性の神ではない。

 竜之介の転移時も、向こうの世界の概要説明と、託された任務をほぼ一方的に告げられ、抗議する間もなく放り出されている。


「会ったら、お礼ついでに文句のひとつでも言いたい所なんですが、残念ながら俺からコンタクトはできないっすねー」


 朝食がわりのグラノーラをもしゃもしゃ頬張りながら、竜之介は無表情でそう答える。

 

 予想していた通りの回答なので、エンデュは顔も上げずに無言のまま頭をぐりぐりと動かし、思索を巡らせる。


「……転移してから今日で一週間、おそらく、セフィロやパラドンは魔王の後継者捜索に動いているだろう。グラニカが無事であれば、合流して魔界に向かうはずだが……」


「魔界、懐かしいっすねー。バカみたいにでかい魔獣、ドラゴン、変な虫もいたなあ。まあ、魔王城よりかは全然マシでしたけど」


 魔王城は、魔界大陸の最奥とも言える場所に存在する巨大建造物なのだが、意図的に空間を歪めているのか、明らかに外部から見るよりも広大な敷地があり、魔王討伐の最後の難関として大いに苦労させられた思い出がある。


「はっ、思い出すのは敵のことばかりか。私が言うのも何だが、村や街もあったではないか。ああ、それに暗殺教団の本拠地なぞ、実に思い出深い」


「いや、思い出深いっていうか、走馬灯見てますよね!? グラニカさんに深々と刺されて致命傷負って大変だったじゃないすか!」


 グラニカが創ったのは、元々は反魔王を掲げる一部の魔族を、魔王軍に対する諜報や暗殺によって支援する組織であった。


 頭目となったグラニカが、稀少種族「鬼族」の宗家の血を引くことから、彼女を慕い集まった魔族や一部の人間によって、それは次第に宗教的な色を纏うようになる。それが、暗殺教団の始まりだった。


 勇者一行との出会いも、彼らが魔王に挑むに足る器か、真に正義の為に成さんとしているのかを見極めるために、本気で殺しに掛かっていたので、あそこで旅が終わる可能性も十分にあった。


「夜営のテントの周りを、びっしり囲まれた時は死ぬかと思いましたけど、グラニカさんや教団の人達と仲間になれたし、ま、結果オーライっすね」


あはは、と笑う竜之介だったが、セフィロ、パラドン、エンデュミオンの三人が本気のグラニカ一人に押されている間、残りの数十人の教徒をほぼ一人で相手にしていたのは、当の竜之介だ。


(あれだけの人数を、一人も殺さずに一方的に蹂躙する……私が本当に恐ろしいと思ったのは、グラニカよりもお前だがな)


 当の本人は、エンデュがそう思っていることすら気付いていないのだろうが。


「ところで、今日も行くんすか?」


朝食を食べ終えた竜之介が食器を洗いながら、肩越しにエンデュに問う。


「いや、ここ一週間通い詰めはさすがに疲れた……今日は家でゆっくりさせて貰うとしよう」


 遠慮しながらとは言え、しばらく寝泊まりしていれば竜之介の家にも慣れてくるというもの。

 靴を脱ぐのがエンデュにとっては新鮮だったが、確かに、こちらの方が衛生的ではあると感心していたのが最早懐かしい。


 エンデュの預り知らぬことだが、竜之介の家は、都内のアパートとしては良物件で、2LDKの築10年程。エンデュは、リビングで寝るか竜之介の部屋で寝るかのどちらかだ。


 そして、ここ最近、エンデュには気になっていることがあった。


「なあ、リュノスケよ。聞いていいことなのかわからんが、貴様は何で生計を立てているのだ?」


「えっ」


 竜之介の家に来て一週間、エンデュ自身は日中は出掛けているとは言え、帰ってくれば竜之介はいつも出迎えてくれる。

 妹の澪夏はどこぞの学校の学生らしいので、朝は早く夜は遅いが、竜之介は逆にほとんどの時間、家にいるらしかった。


「えっと、そのお……」


 言いにくいらしい竜之介の様子に、エンデュは制するように手を向ける。


「…………いや、詮索などして悪かったな。世話になっている身で、貴様の生業を暴き立てようなどとは思ってはいない。それに、貴様が悪人ではないことなど、今さら議論の余地もなかろう?」


 完全な正義ではないが、決して悪ではない。

かつての旅路では、そう思わせる場面が何度かあった。エンデュは、それをきちんと覚えていたのである。


「う、ぅうう、エンデュざん"!」


「ん、おい、なんだ、ちょっ、うおお!?」


 異なる世界に生まれ、異なる価値観を持つ者が分かり合うのは難しい。

 しかし、竜之介とエンデュミオンの間にある信頼は、そんな壁をものともしないのだ。


「いや、だからって貴様、抱きついてくるのは違うだろう!? やめっ、やめろ、私に男色の趣味は無ぁああっ!?」


 感極まって涙でぐしゃぐしゃになった顔で迫り来る竜之介を両腕抑え込んでいたエンデュだが、粗の動きが唐突に止まる。


「え、えぇ~……? な、何やってるんですか? リュノ先生?」


 それは竜之介の背後、玄関から続く廊下にいた人物と目が合ったせいであった。

その声で、竜之介の動きもピタリと止まる。


 ぎぎぎ、と油を注していない機械のような動きで振り替える竜之介は、わざとらしい笑顔で笑って見せる。


「あ、あはは、九十九つくもさん………これはその、何て言うか、ツンツンエルフだったエンデュさんの久し振りのデレというか、精神的な成長と俺との友情に感極まってしまったというか……って、何でインターフォンすら押さずに普通に入って来てるんすか!?」


 九十九と呼ばれたその女性は、何故か号泣している竜之介と、見ず知らずのエンデュに驚きながらも、ぷくっと頬を膨らませる。


「もう、鍵はリュノ先生がくれたんじゃないですか! 昼間は寝てるかもだから、原稿持って行くときは直接入ってきてって!」


 手に持った鍵には、猫のキャラクターのキーホルダーが付けられており、形状は丸っきり竜之介の持つ家の鍵と同じ。つまり、合鍵だ。


「あ、あー。確かにそんなこと、言ったような……あ、原稿出来てるんで、持ってきますね」


そそくさと自室へ戻る竜之介。


後には、九十九とエンデュだけが残される。


「原、稿……?」


 聞き慣れない言葉に首を捻るエンデュを、九十九は遠慮がちながら興味津々といった様子で見ていた。


(なんだろうこの人、初めて見たけど、なんていうか……先生の書く……)


「エンデュミオン、っぽい」


 とある出版社の編集者、九十九つくも 綴里つづりは、誰にも聞こえないような声で、小さくそう呟いたのだった。





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