第25話 一路、魔界大陸へと
勇者セフィロ、聖女ファーリア、そしてグラニカの三人は、ガレオン王国から北東にある港町、サルディンに来ていた。
「この街に来るのも、久し振りだね」
賑やかな町の様子を眺めながら、グラニカが懐かしむように目を細める。
ここサルディンは、主に東側からの航路で南にある熱砂と灼熱の国々、またはさらに東にある深い霧に囲まれる自然豊かな国などとの交易が盛んな、東ガレオン地方でも有数の交易の要衝である。
交易都市なだけあって、市場にも王都ではあまり見掛けないような珍しい果物や南方の魚、香辛料が並んでおり、早朝から多くの人で賑わっていた。
「今ではここから直接、魔界大陸行きの船が出ているんですよ。ふふ、昔のように幾つも島を経由する必要がないのは、嬉しい限りですわね」
「ああ、これもエレナリアの手腕のお陰だな。魔界への航路を広く公開して、往復便を積極的に誘致しているんだ」
魔王亡き後、魔界に残ったのは戦禍による傷痕と、圧政によって秩序を失った魔族たち。
セフィロ率いる少数精鋭の人間が、未だに人間に対して交戦の意思がある魔王直属の配下達を次々に屠り、エレナリアが中心となって統一軍の力でそこを制圧することで、一定の秩序を取り戻した結果が今の繁栄である。
しかし、そんな中でも中央都の名目貴族であるグラニファー家の家紋は、こと統治においては絶大な威力を発揮した。魔王軍残党にも、グラニファーの名を聞いただけでセフィロが剣を振るうまでもなく降伏した者達が数多くいた程だ。
「うふふ、エレナ様は向こうでもこちらでも人気ですものね。ふぁんくらぶ、なんてものが出来ているらしいですわ」
やけに楽しそうに言うファーリアだが、嫌みのない笑顔は仲間の評判が単純に嬉しいかららしく、グラニカとセフィロも苦笑いしかできない。
ちなみに、ファンクラブの人数比は意外にも男性6割の女性4割、魔族と人間合わせて数千人の大所帯なのは本人すら知らない事実だ。
「私は、エレナに会うのもほぼ3年ぶりだから。こんな時だけど、少し楽しみ」
「あら、確かに記念式典の後、エレナ様はすぐに領地を纏めると言って帰ってしまわれましたからね。そういえば、エンデュさんとリュノさんも……」
エンデュミオンは当然、竜之介は帰還の関係上、エレナリアとはあれ以来会っていない。
強い絆で結ばれていると信じる勇者一行でも、それぞれの役目に忙殺されて、中々互いに会う機会を作ることは難しいのだった。
「二人とも、お喋りは船の上で好きなだけしてくれ。もうあと一時間で船が出る、買い物を済ませたらそろそろ乗り込もう」
サルディンから魔界大陸までの定期便は、三日ごとに出て、大体10時間程の船旅になる。
魔界大陸周辺は岩礁が多い上に潮の流れが複雑で、海上からでも潮目を見極められる熟練の船乗りでないと上陸できなかったが、エレナリアの施策で比較的安全な航路が広まり、定期便就航に繋がったのだ。
「あら、あれは魔族の方達ですわね。こちら側ではあまりお見掛けしないと思っていましたが……」
ファーリアの視線の先、少しだけ視線を憚るようにして、魔族の集団が市場を眺めていた。
「いつか、魔族も人間も怖がらずに行き来できる、一緒に暮らせる世界を。それが、セフィロと私たちの目的だったよね」
「ああ、もう道はできてる。後はこの平和を維持するだけなんだ。だからこそ、止めなきゃならない。次代の魔王の継承を」
多くの血を見詰めてきた勇者セフィロの瞳は、その先にあるべき未来を見据えて、静かに輝くのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おっと、お客さん方も大陸行きかい? ちっと混雑しててなぁ、悪いが詰めて座ってくれるかい」
三人が船着き場まで行くと、真っ黒に焼けた腕をして服を肩まで捲り上げた船乗りの男が、そんなことを言ってきた。
船は中型の帆船で、船体下部の両脇からは手漕ぎ用の長いオールが何本も覗いている。
長距離航海用にするには少し小さめだが、一日程度の距離ならば十分な代物だ。
船乗りの言う通り、すこし混み合った船内で座れる場所を見つけ、三人固まって腰を下ろす。
「ねえ、セフィロ。向こうに着いたらまずパラドンと合流して、それからすぐに……」
「"あの城"へ行こうと思う。大図書館での資料解読で何か解っていればいいんだけど、遠隔通信水晶にも連絡はないから、望み薄かな」
エレナリアに資料の調査を頼んだのはセフィロだが、元より魔王討伐の旅の途中、主だった書物は調査して貰っている。
残った資料のいくつかは、さらに古い年代の物が多く、解読には時間がかかると予想していた。
「あとは、聖光神殿で封じられている魔王宝玉に何か手掛かりがあればいいんだが、そっちもあまり期待はできない」
聖光神殿は、女神の恩恵を受けた聖女ファーリアが、所属する聖教会の人員と共に魔界大陸に造った「魔王の証を封印する為の神殿」である。
ただ、魔王の証の後継者に対する選別と、継承の特殊性から、効果は封印を施したファーリア本人でさえ、それは気休め程度だと感じていた。
「それじゃあ、出港します!! 揺れますんで、立ち上がったりしないで下さいよ!おい、錨を上げろォ!」
威勢の良い掛け声からしばらくすると、ゆっくりと船が動き始める。
グラニカにとって、あの旅以来の魔界大陸。
行く先に待ち受けるは果たして希望か、絶望か。
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