第24話 試行、マナの祝福なき世界
「ほう、なかなか広いではないか。ここならば、多少の魔法行使は問題はあるまい」
竜之介とエンデュが訪れたのは、電車で1時間程の所にある大きな臨海公園だ。
「でしょう? つっても、エンデュさん……自分でもわかってますよね」
メガネのブリッジを押し上げながら、気まずそうに竜之介が切り出す。これが、何のことかわからないエンデュではない。
「気付かれていたか。いや、貴様のことだ。自分がこの世界に帰還した時点で感じていたのだろうな」
二人が感じていたこと。それは、あちらの世界とこの世界で最も違うであろう事柄。
「ええ、昔は全然わからなかったんすけどね。こっちは……マナの濃度が低すぎる」
マナとは、エンデュの世界では空気のように世界を満たし、魔法を使うために魔力へと変換して使用する、いわば魔力の源である。
魔法にはマナを魔力へと変換する才能が必要となり、変換できるマナが枯渇している場合は、わずかな体内魔力を使うしかなくなる。
「私がこちらに転移した直後、あまりのマナ濃度の薄さに呼吸が苦しくなるほどだった。おそらく、向こうの十分の一もあるまい。これでは、広域用の殲滅魔法は愚か、攻撃魔法すら……ふっ」
どこか自嘲気味に笑うその様子は、かつての旅でもしばしば見かけた光景だ。
エンデュは、不意にゆっくりとした動作で虚空へと手を掲げる。
「エンデュミオン=クラウスフィアが命ずる。喰らいて燃え上がれ、"
中級火炎魔法、"
「中級魔法とて、この通り明らかに出力不足だ。大規模魔法など、発動すらせんだろうな」
つまらない物を見たという表情で、エンデュは腕を一度大きく振るうと、大気中の極少量のマナを最大限魔力へ変換しながら、詠唱を始める。
「どれ、試してみよう。エンデュミオン=クラウスフィアが命ずる。虚の宙を満たす星よ、万象を照らすその輝きよ。地に降り注ぎ、我が敵対者を打ち砕け、"
一度発動すれば、幾条もの隕石が周囲一帯をクレーターの焦土へと変える広範囲殲滅魔法。あまりの威力に、エンデュ自信ほとんど使わない大規模魔法だが、流れ星どころか、晴れ渡った空の星々はそれから数分経ってもうんともすんとも言わなかった。
「……静かなもんすね」
空を見上げていた竜之介も、ほのぼのとした様子でそんなことを言っている。
元より、発動できる条件ではないことがわかっているからこその余裕だ。
それからも、しばらくの間、エンデュはいくつかの魔法を試していたが、どれも規模が小さくなっているか、せいぜいが花火程度の火力なので、遠目に見える一般の人にも特に警戒されている様子はなかった。
「はあ、はあ、た、試したいことは、あらかた試せたぞ……ふう………!」
額に汗をかき、妙に清々しい様子のエンデュだったが、それは多分、久し振りに色々な魔法を使ったことへの充実感なのだろうと竜之介は推測する。
それは、かねてよりエンデュミオン=クラウスフィアという男が、根っからの魔法好きということを知っていたからだ。
だが、それはそれ。
その爽快感すら、大魔法が使えないことへの半ば八つ当たりに近いものがある。
(…………広域殲滅魔法、空間転移魔法、とにかく魔力量が多い魔法は軒並み使えない、か。体内魔力の回復も遅い。これでは時空転移など不可能に近いな)
自身の現状を把握できたことで、精神的にもいくらかの余裕が出てきたエンデュは、大きく深呼吸すると竜之介の元へと歩き出す。
「今日のところはもう良い。帰るとしよう、リュノスケ」
「はい、お疲れ様っした」
黙って様子を見ていた竜之介は、ただそれだけ言って立ち上がる。既に日も高く登り、そろそろお昼という頃合いだった。こうして、エンデュは転移したこの世界の感覚を、改めて確認することができたのであった。
魔法を制限されたエンデュミオン。未だ見通せぬ帰還の道に、光が灯ることはあるのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます