居候と帰還の大魔導師
第23話 居候、朝食を共に
寝苦しい8月の深夜。
「………………うわぁああ、はっ!?」
息を切らしながら、エンデュは飛び起きる。見慣れぬ天井と狭い部屋。
ここが、転移によって来てしまった世界、仲間の一人である遠堂竜之介のアパートであることを脳が理解するまで、しばしの時間を要した。
「クッ、あんな夢、ここ十年は見ずに済んでいたのだがな……」
それは、幼き日の
エンデュにとって、それは憎しみの原点の一つであり、背負うべき十字架でもあった。
家主の竜之介は、エンデュにベッドを譲って床に敷いた寝袋の寝中で呑気に息をかいている。
自分が飛び起きた拍子に起こすことは避けられたらしく、エンデュは額の汗を拭いながら安堵の溜め息を吐いた。
この世界へ来るきっかけとなった孤児院での戦闘が、つい昨日のことだとは到底思えない。
幾分鈍っていたとは言え、「鬼族」と
それがエンデュの背に冷たいものを走らせる。
エンデュのような魔導師が得意とするのは一対多の大規模戦闘。強者同士の一対一ではどう立ち回っても勝てない戦いがある。
それを、改めて思い知らされた。
(結果論だが、時空転移は策としては上等だったのだろう。奴に、世界間を移動する術が無ければの話だが……)
エンデュは思索を巡らせながら、ふと時計を見る。どうやら、こちらの世界でも時間の概念はさして変わらないらしく、時計は午前3時を指していた。
「考えても仕方がない。寝直すか」
足元に蹴り出したタオルケットを直し、目を瞑る。それからは、幸いにもエンデュは朝まで悪夢にうなされることはなかった。
翌朝。
「おはよう、澪夏。お、エンデュさんもおはようございまーす!」
「ああ、おはよう」
「…………おはよ」
今日は土曜日ということもあり、遠堂家の食卓には全員分の朝食がならんでいた。
これが平日であれば、澪夏は学校に行くのに早起きするので、竜之介が一人で寂しくトーストを齧っていたりする。
「なんだなんだ、二人で仲良く朝食なんか食べちゃってぇ~、澪夏もエンデュさんを受け入れてくれたんですな!」
「違うし。たまたま。起きてたから、一緒に朝ごはん食べてるだけだし」
竜之介の軽口に被せるように否定する澪夏だが、実は昨日の時点で既にその件は諦めている。
要するに、エンデュの居候については百歩譲った上で認めていた。
「……だってさあ、仕方ないじゃん! これで、エンデュさん? 追い出したら、私が悪いみたいじゃない!」
「ひっ、そ、そうだネ……」
この変心には昨日、澪夏が相談した『カナ姉ぇ』が絡んでいるのだが、それはまた別の話。
「とにかく、兄貴の部屋とリビングにいる分には良いわ。でも、もし私の部屋に入ったら………わかるよね?」
グラニカには失礼だが、エンデュは澪夏の背後に紛れもない鬼神が見えたような気がした。それだけ鬼気迫る脅迫だったのだ。
「わ、わかった。恩に着る。ところでリュノスケよ、早速で悪いがこの後、少し人気のない場所に行きたい。同行を頼めるか?」
その言葉に、何故か澪夏がびくりと反応した。
「ひっ、ひと、人気のない場所!? うわぁあああん、やっぱBLだーーー!兄貴受けエンデュ攻めだぁあああーーーー!」
「やめんかい! カナに吹き込まれた知識で兄を受けに仕立て上げるんじゃない!」
何を騒いでいるのかエンデュにはよくわからなかったが、永らく猫のケルヒ以外に話し相手のいない日々を送っていたせいか、朝食を食べながらの会話は、新鮮で楽しかった。
「よくわからんが、帰還の為に試したいことがあるだけだ。人目に付かず、なおかつ広くひらけた場所がいい。思い付くだろうか?」
「うーん、都内だとそこまで広い土地はどうですかねえ、地元なら腐るほどあるんすけど」
竜之介、そして澪夏も出身は北海道で、両親はいまでも北海道の実家にいる。
正月には帰っているのだが、お盆に帰るかどうかはまちまちだった。
「ま、少し気を付ければ公園でも構わないっすかね。じゃあ、澪夏、そういうことなんでお兄ちゃんはエンデュさんとお出掛けです」
「はいはい、好きにすれば。今日は私も学校の友達と遊びに行くし」
澪夏は今年18歳で高3なのだが、高校は名門大学付属の一貫校なので、既に進学先が決まっている。その分、世の受験生達より幾分まったりしていた。
「じゃ、早速飯食って行きますか!」
朝食を終えると、二人は着替えを済ませて、早朝の街へと繰り出して行ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます