第22話 追憶、この憎しみの行く末を③

 かつて、自分と父を追い出した辺境域の小さな村。そこにある昔の家が放置されていることを聞き、残してあるはずの魔法道具や、魔導書を回収しに来たエンデュミオンだったが、村の中には人の気配がなく、畜舎では豚や羊が奇妙にも繋がれたまま死んでいた。


 辺境域で猛威を振るう流行り病によって、村人が村を捨てたのかとも思ったが、どうにも様子がおかしい。


 帰り道は畜舎から出来るだけ離れて歩いたが、狭い村なので、道自体は来るときとそう変わらない。先程見かけた、入り口に赤い布が掛けられた集会場の建物が近付いてきた。


 来るときは気付かなかったが、木窓は締め切られており、それどころか裏口などは外から板で塞がれていた。


 それを見た瞬間に、エンデュミオンの心臓が強かに跳ね上がる。


 バカな、いや、だがそうであれば全て説明がつく。そして、この考えが正しければ…………


袋を地面に置き、エンデュミオンは集会場の正面へと回り込む。


確かめなければならなかった。


集会場のドアを開ける。

その瞬間、エンデュミオンは全てを悟った。

鼻をつくのは、強烈な鉄の臭い。


 それを振り払うように、口を抑えながらエンデュミオンは進んでいく。


 臭いはそこから漂ってきていたが、一番奥にある大部屋へ、エンデュミオンは向かった。


震える手を無理やり動かし、ドアノブを引く。


 その時、目に飛び込んできた光景は、予感を確かめようなどと思った自分の愚かさを呪うのに十分すぎるものだった。


死。ただ、夥しい死が、そこにはあった。


 床には、吐血したのであろう大量の血が赤黒いペンキのようにべったりと塗り固められ、簡素な寝具に寝かせられた何十もの死体が、隙間なく部屋を埋め尽くしている。


 血を吐いていたと言うことは、死体を安置していたのではない、吐血し、悶え苦しんで、ここで死んだのだ。


他の小部屋の中は、見るまでもない。

おそらく同じ光景が広がっているだけなのだから。


「うあ、ああああ、ち、違うっ!これは、これはお前らが招いた結末だ! お前達が、私と父さんを追い出したんだ、そうだ、だから……だから……!」


 エンデュミオンは、自分以外に生者のいない廃屋で、半狂乱になって喚き立てる。


分かっていたはずだ。

こうなることを、望んでいたはずだった。


 視界の端に、他の死体よりも小さいものが見えた気がした。反射的にそちらに目を向けたことを、エンデュミオンは後悔した。


それは小さな子供だった。


 腐敗が始まっているのか、黒ずんだ衣服に包まれたそれは、隣に折り重なるように眠っている母親らしき死体に包まれるようにして、そこにいた。そして、口の端には乾いた血の跡がはっきりと見て取れる。


「うぐ、おぇ、ごぶっ、ぇぇあぁあああ!!」


 エンデュミオンは込み上げてきた吐き気を抑えきれず、その場で大量に吐き戻してしまう。


 そして、息も絶え絶えに逃げるように部屋から駆け出した。


「違う、俺のせいでは……ない!! お前らが、お前たち人間が、俺を追いたてたのだろうっ!? ふざけるな、俺は、俺は、ぅぁああああ!!」


 エンデュミオンは走った、こんな場所には、一秒たりとも居たくはなかった。


外に出られたことに、安堵すら覚える。


「ぐ、ぁああああああっ!! エンデュミオン=クラウスフィアが命ずる!!燃え上がり、全てを焼き尽くせ!!"略奪する業火ブリガンテ・フィアンマ" !!」


こんなものは、もう見たくない。


両手を掲げ、脳内で瞬時に最大火力の術式を組み上げる。


 それからすぐに集会場のほぼ中央から、突如として火柱が上がった。

火柱は徐々にその径を膨れ上がらせ、焦げ臭い黒炎を上げながら集会場を灰へと変えていく。


 それを見届けることもなく、エンデュミオンは外に置いていた布袋を掴んで必死に走った。


 見てしまった光景を記憶から締め出そうと、しきりに頭を振るが、まるで瞼に焼き付いたようにそれは次々と浮かんでくる。


気が付けば、エンデュミオンは泣いていた。


 その感情が後悔なのか、それとも自分への怒りなのかはわからない。


 それから、エンデュミオンは自分がどうやって家に戻ったか覚えていない。

気付いたら、荷物を床へ投げ捨てるように置き、泥のように眠っていた。

 

 次に目を覚ました時、エンデュミオンはあれが夢ではなかったかと淡い期待を抱いた。


 しかし、服に染み付いてしまった血と死の残り香が、エンデュミオンに現実を突き付ける。


「…………あれは、流行り病で滅んだただの辺境の村だ。俺は、何一つ手を下してはいないのだ」


 自分に言い聞かせるだけの、空虚な言葉。

そんなものをいくら重ねても、あの光景を忘れることはできなかった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 その後、ガレオン王国政府宛に、小さな小包が届くことになる。


 中にあったのは、小さな小瓶に入れられた薬液と、一枚の紙に書かれた魔法薬の調合法。


 宛名には、『トリオス=エンデュミオン』とだけ書かれており、その薬が宮廷魔導師によって流行り病への効果が認められると、すぐに魔法薬が量産され、一月と経った頃には、既に流行り病で死ぬものはいなくなっていた。


 王の強い意向で、トリオス=エンデュミオンに報奨と栄誉を授けようと捜索が始まり、やがて、トリオスが既に死去していることがわかると、ガレオン王はその息子のエンデュミオンに報奨を、トリオスには『ガレオン勲章』を授けた。


 これが、いずれ世界を救う大魔導師 エンデュミオン=クラウスフィアが表舞台に登場した最初の記録である。


そして、あの辺境の村。


 これは、エンデュミオン含め誰一人知る者はいない事実であるが、エンデュミオンの父、トリオスが魔法薬を完成させる一週間以上前には、村人たちは既に死に絶えていた。


 あれは、エンデュミオンの憎悪が招いた悲劇ではなかったのだ。

 

 しかし、それを伝える者も、証明する者もいるはずがない。


 エンデュミオンは、二度と参らぬと誓ったはずの父の墓標の前で呟く。その手には、一輪の花があった。


「俺は、それでもまだ許せない。人間も、エルフも、そして俺自身も。だから父さん、どうか、そこで見ていてくれ……俺の、この憎しみの行く末を」


その瞳は夕焼けを映し、焔のように揺らめいていた。

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