第18話 準備、魔王の城へと

魔王城。


 それは、魔界大陸において最も険しい地帯のさらに奥地にある巨大な建造物だ。


 いつからあるのか、誰が作ったのかは誰も知らず、ただ一つ解っているのは、魔王を継承した者は、この城へ半ば強制的に召喚され、所有権のような物を得るということ。


 それはある種の呪縛と同様であり、魔王が万全の力を発揮するには、この城から離れることはできないらしい。


 故に魔王はこの場所を居城とし、魔王を討たんとする者は、この城を目指すことになる。


「それで、急に魔王城を目指すっても、ハイキングに行く訳じゃないのよ。あそこに辿り着くのがどれだけ大変か、知らない訳じゃないでしょうに」


 エレナリアは、手元の古文書に目を落としたまま、目の前に座るパラドンへ言葉を向ける。


「もちろんだ。俺も、あんなとこ好き好んで行きたいわけじゃねえさ。だがな、今回の襲撃が魔王の後継者の仕業だとすりゃ、今なら本当に継承される前に手を打てるかもしれない。わかるだろ?」


 パラドンが積まれた本を手にとってぱらぱらと捲り、顔をしかめて元の場所に戻す。

魔界文字、それも古文書となれば、相応の知識が無ければ読めるものではない。


「……魔王城の監視はずっと続けさせてるけど、まだ"起動"したって報告はないわ。でも、本継承となれば、後継者は強制的にあそこに召喚される。エルフの坊っちゃんの転移魔法も、意味がなくなっちゃうわ」


 魔王城による強制召喚も、おそらく原理はエンデュミオンの『時空転移』とそう変わらない。

本継承の準備が整えば、魔王の後継者はこの世界に戻って来てしまうとセフィロ達は読んでいた。


「無意味ってこたねえさ。エンデュミオンが跳ばさなかったら、最悪その場で二人ともやられてもおかしくはなかったんだ。グラニカを守る為なら、あの野郎は何だってするだろうからな」


「それで、グラニカちゃんを泣かせてるなら意味ないじゃないの……あー、もうイライラしてきたわ。オブロン!!」


「エレナリア様、ここに」


 エレナリアに呼ばれ姿を表したのは、漆黒の甲冑に身を包んだ、パラドンと同じぐらい巨躯の男。

妖魔軍将と呼ばれていた時代からの腹心、オブロン=ゴルナードだ。


「本部に戻り次第、魔王城の監視部隊に連絡を取って。中継地点に物資の調達と、踏破ルートの下見を。必要なら本部から人員を送ると伝えなさい。それと、ここは他の子達にまかせて、あんたは私と行くわよ」


古文書を閉じ、エレナリアは立ち上がる。


「みんな、悪いけどここの調査は頼むわね。ここにも明日には人員を回すから、報告はそっちにに。特に、あとで先々代の手記が来るから、それは最優先で解読して」


 周りにいた調査中の者達も、二人の話は聞いていたらしくそろって敬礼し、すぐに作業に戻る。


「それじゃ、行くわよ」


 エレナリアのすぐ後ろに続いて、オブロンとパラドンは大図書館の閲覧室から廊下へと出た。


「おう、オブロン。同行頼むぜ」


 パラドンが気安く甲冑の背を叩くが、オブロンは振り向くこともなく返事をする。


「……エレナリア様の命令だ、貴様らの為ではない」


 二人は一応、既知の間柄で、互いに剣を交わらせたこともあるのだが、寡黙なオブロンはパラドンに若干の苦手意識を持っているのだった。


 三人が向かう先は、魔界大陸の政治中枢の一つ。『魔界大陸統一軍本部』だ。


 魔王に表面上付き従っていた地方領主の軍や、敵対しないまでも中立を保とうとしていた種族の軍による相互連携を目的とした『統一軍』の本拠地で、エレナリアはそこでも上層部に属する。


 結成から日は浅いが、魔王城への監視などの試みを行う、唯一の機関でもあった。


 そして、魔王城へ辿り着くには、複数の山脈や危険な地帯を踏破しなければならず、パラドンの言っていた準備というのも、その為のもの。


「エレナリア。山脈越えはいいとして、他に不安要素はあるか?」


「うーん、時期的なものもあるけど、正直、今は城の周辺と森林地帯のほうが危ないわね。大型の魔獣、下手をすると竜種の繁殖期だから」


 魔王城の周辺地域は、完全に未開であり、魔族の居住区では見ることのないサイズの大型魔獣が普通に闊歩している。


 かつての旅でも、幾度となく全滅の憂き目にああったことを思いだし、パラドンは諦めるように首を振った。


「さすが魔界、久し振りの命懸けは気が引き締まるね」


 皮肉を言いながらも、パラドンの目は戦士のそれへと変わっていた。


英雄といえども、一切の油断は許されない。

魔界とは、そういう場所なのだ。



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