第17話 妖艶、外務長官エレナリア
孤児院への襲撃から二日経ち、勇者一行の仲間たちは魔王の後継者の探索を本格化し始めた。
そして、孤児院のあるガレオン王国から遥か遠方の地。未だ国土の大半が未開の地となっている広大な大陸、再興の気風漂う魔界大陸でも、魔王の後継者の手掛かりを求めて額に汗する者がいた。
ここは魔界大陸の中央都、街の中心部に位置する大図書館。
「ほーらっ、魔王宝玉と先々代について記述がある本は片っ端から持ってくるの! あと、転移魔法についてもね!」
魔界大図書館は、数代前の比較的穏健派だった魔王によって建設された巨大な書庫だ。
魔界大陸のみならず、外界の古文書まで多数収蔵しており、魔族と人間の和解が進んだ昨今では、人間の研究者も訪れるようになっていた。
そんな学術的な場所におおよそ似つかわしくない、扇情的な衣装に身を包む女性。
その額には、デーモン族の特徴である一対の歪曲した滑らかな角がある。
「エレナリア様、先々代の残した手記の写本があったと歴史資料室から連絡が!」
「でかしたわ! すぐ取ってきて!」
ゴブリン族や、デーモン族の部下達にきびきびと指示を出しながら、自身も翻訳作業を行うその姿からは、残虐非道と恐れられた妖魔軍将の面影は感じられない。
「魔界大陸 代表外務長官」それが、エレナリア=グラニファーの今の肩書きだ。
未だ魔王の支配の爪痕が残る魔界大陸において、正常化した人間との国交を主に担当する新設の省庁で、業務もその忙しさも他の比ではない。
そんな中で、長官自らこうして調査に参加しているのだった。
「ったくもう! エルフのお坊ちゃんめ、カッコつけて禁術なんか使ってさ、グラニカちゃんをこれ以上泣かせたらぶっ殺すわよ!」
魔王は、各地の貴族や領主を強制的に配下において軍を拡大しており、エレナリアも元は中央都周辺に領地を持つの名門貴族、グラニファー家の令嬢だった。
グラニファー家当主として、先代の時代から付き従う多くの領民を率いて、表面上は魔王の幕下へ下ったが、内心では民を省みない魔王の討伐を願っていた。
その為、セフィロ一行の魔王討伐の際、自身は魔王城までの道案内を買って出た上、統治の崩壊で混迷を極めた中央都や周辺領域に、自身の配下である数万の兵を独断で布陣。
治安維持と、後に続く人間側の軍勢への対処にあて、無用な殺戮を阻止した功績がある。
そんな彼女も、魔王討伐後は「魔族側の功績者」として、幾分の政治的思惑の中でも器用に動き回り、今の地位を手に入れたのであった。
「あっ、ちょっと、困ります!そちらはエレナリア様の調査で!」
大図書館の司書が声を荒げるのを聞き、エレナリアは反射的に顔を上げる。
香りやフェロモンを敏感に感じとるエレナリアは、鼻を少しひくつかせるだけで色々な情報を読み取れるが、この汗臭い香りは、見知った人物のものだった。
「だから、俺は知り合いなんだってば! おい、エレナリア! この司書さんに説明してくれ!」
鎧に身を包んだ、無骨な大男。
パラドン=エーデンハイルが、自分の腰ほどしかないゴブリンの司書と何やら言い争っていた。
「あー、司書ちゃんいいの、私の知り合いよ」
疲れた顔でそう言うと、司書は驚いた顔であわあわしていたが、ぺこりと頭を下げると足早に戻っていった。
「こんなときに旧交を暖める気もないけれど、来るなら来るって言っときなさいよ筋肉ダルマ!」
「ははっ、そう怒るなよエレナリア、乳が垂れるぞ」
一瞬、突沸した怒りであやうく即死の呪いをかけるところだったが、エレナリアは何とか正気を保ち、椅子に座り直す。
「……次舐めたこと言ったら殺すわ。それで、セフィロくんのお使い? 新しい情報なら、残念ながらまだ無いわよ」
エレナリアが指差した古文書の山を見て、パラドンが首をすくめる。
「インテリ野郎じゃねえんだ、俺に解読はできねえよ。それより、こっちは部下に任せて一緒に行って貰いたい所があるんだ。セフィロ達が来る前に、準備は済ませておきたい」
セフィロとファーリア、グラニカは、パラドンより遅れて出発した為、明日にはこちらに到着する予定だ。
そして目的の場所は、全員がかつて訪れたことのある、因縁の場所。
「大体検討は付くけど、あんな所に今更行って何かあるの?」
真剣な表情のパラドンが、行き先と目的を告げる。
「魔王宝玉と証について、核心的な情報があるとしたら、もうあそこしかねえ。危険は付きまとうが、同行して欲しい。もう一度、魔王城へ」
次々と魔界へ集結する、かつての英雄達。
不穏な影が揺らめく魔の城へ、彼らは再び訪れることになる。
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