転移と追憶の大魔導師

第13話 転移、エンデュミオン

 突如として姿を消した"魔王の証"。

 

 後継者の出現に警戒を強める、先代魔王を倒した勇者一行だったが、平和な世界で孤児院を作った元暗殺者グラニカを案じ、大魔導師エンデュミオンは3年ぶりに会いに行くことを決める。


 再会を喜ぶ二人だったが、宵闇に乗じて正体不明の影が二人を襲う。


 応戦するも、先々代の魔王が扱っか強力な古代魔法によって劣勢に立たされる二人。


 エンデュミオンは、グラニカを守るために、禁術『時空転移』で襲撃者と共に別の次元へと跳躍したのだが_____________



「ぅおあぁあああああああああ!?」


 自身の切り札『時空転移』によって光に包まれたエンデュミオンは、激しい衝撃と共に、何も見えない暗闇を延々と落ち続けていた。


「ぐぅううっ!? ふ、浮遊魔法が使えんっ!? うぉおおおお、ま、魔法術式が組み立てた端から何かに掻き消されるっ、クソッ、どこまで落ちるのだっ!?」


 体感でも、既に一分以上は落下している。

 しかし、周囲は真っ暗闇で、底などまるで見えない。

 道連れにした筈の襲撃者、影を操る闇は周囲にはいないようだったが、影杭で貫かれた傷は浅くはない。


「グラニカ、お前だけでも無事で…………!」


 エンデュミオンの意識は、そこで途切れた。




 喧しい。

 けたたましい獣の鳴き声、それに大勢の人間がざわざわと喚き立てている。

 そんな音の洪水の中、エンデュミオンは目を覚ます。


「おいっ、テメェ!邪魔だ!」


「さっさと退けコラ!」


 ぱっと、周囲が明るくなったように感じた。

 先程まで日が沈みかけていたはずの空からは煌々と太陽が照り付け、石畳の地面は継ぎ目のない濃紺のものへと変わっていた。


 いや、そうではない。


『ここは、どこだ…………!?』



 背後に広がるのは荘厳な孤児院ではなく、天を衝くような巨大な建造物群。

 そして、周囲を取り囲んでいるのは中型の魔物大の鉄の塊だった。


『バカな、貫かれた傷がなくなっている? なんだ、何が起きているのだ!?』


 よく見れば、その鉄の塊には車輪が付いており、中には人間が乗っている。

 獣の鳴き声だと思った音も、その乗り物から発せられていたらしい。


 状況はまったくわからないが、ここにいるのはまずい。エンデュミオンはそう判断し、立ち上がって歩き出す。


『何アレ、コスプレか?』


『イケメン外国人じゃん、背ぇ高~』


 こちらを見ながら、何かを言っている人間が数多くいるが、エンデュミオンにはその言葉がわからなかった。


(東ガレオン語ではない、エルドニア語、古エルフ語でも、だが、どこかで聞いた覚えがあるような……クソッ、とにかく今は安全な場所へ移動しなければ)


 周囲に先程の襲撃者らしき影は見当たらないが、この状況事態が敵の攻撃である可能性もある。

 エンデュミオンは慎重にならざるを得なかった。


 向けられる好奇の目を振り払うように、エンデュミオンは小走りで走り続ける。

 幸い、しばらく移動すると、人気のない小さな公園を見るけることができた。


『時空転移が失敗したのか……いや、あり得ない』


 この場所がどこかは未だに検討もつかないが、エンデュミオンは、元居たガレオン王国とは緯度経度が異なるという予測を立てていた。


 それは、ひとえにこの異常な蒸し暑さ故だ。


『ぐうっ、陽射しというよりも、地面からの放熱が異常だ……ぜぇ、それに、何故ここまでマナが薄いのだ。これでは、体内魔力でしか、ぜぇ、ぐふっ、魔法を………』


 エンデュミオンは知るよしもなかったが、今は8月真っ只中。最高気温36度の真夏日だ。


 そんな中、戦闘で疲弊した体で、しかもボロボロのタキシードを羽織って走り回れば、熱中症になっても不思議はない。


(まずい……意識、が…………)


「あの、大丈夫ですか?」


 朦朧とした意識のなか、エンデュミオンは声のした方へかろうじて目を向ける。

 先程の人混みで見たような服装の、若い女がそこにはいた。


「ちょっと、澪奈ミオナやめなよ。関わらない方がいいって」


 その女の後ろ手、同様の服装の女が心配そうに何かを話している。

 だが、言葉がわからない上、熱中症でエンデュミオンは何かを考えることもできなくなっていた。


 だが、何故か不思議と脳裏に一人の男の顔が浮かぶ。仲間ではあるが、未だに理解が及ばぬ奇妙な男。そして、二度と逢うことはないはずの……


「リュ……ノスケ………?」


「えっ、竜之助って、なんで……?」


 エンデュミオンは、再び意識を失った。




 白い天井。

 目に入ってきたそれが、見慣れた家でもなく、さらにグラニカの孤児院でもないことをエンデュミオンが理解したのは、意識がようやくはっきりしてきてからだった。


「うぐっ、頭が割れるようだ……ここは、どこだ。また見知らぬ場所のようだが」


 体を見ると、ローブを着ていたはずが肌触りの良い布地の服を着せられていた。

 他にも、腕には奇妙な管がまとわりつき、よく見ればその先端はエンデュミオンの腕に突き刺さっている。


「っ!? なんだ、これは……血管に何かを入れられているのか? 下手に引き抜くとまずいか……誰か、話の通じる者はいないものか」


 どうやら、この部屋にはエンデュミオン以外の人間はいないらしい。

 脱出するならば、今がチャンスかもしれない。


(だが、ここを出たとしても行くあてがあるわけではない。ふっ、万事休すというわけか)


 そんなことを悠長に考えられる程度には落ち着いて来たが、既に窓の外は夕焼けが広がっている。

 あの公園のベンチで倒れてから、数時間は経っていると見て間違いないだろう。


(ここは、おそらく病院なのだろう。この腕のチューブは何らかの治療行為、とすれば、誰かが私をここに運んできたことになる)


 思索を巡らせるエンデュミオンだったが、不意に病室のドアがノックされる。


(どうする。言葉は通じない可能性が高いし、何より情報が少なすぎる……よし、ここはひとまず)


 エンデュミオンは、とりあえず眠ったままを装うことにした。


「失礼しまーす」


 薄目で来訪者を見ると、それは公園でこちら話しかけて来た若い女だった。


(あの女が私を運んできたのか? いや、さすがに体格差がありすぎる。それに、見ず知らずの私を病院に届けたとして、再び私に会いに来る理由は何だ?)


 不可解な行動に、疑念を抱かずにはいられない。

 これも言葉が通じれば解決するかもしれず、状況がもどかしい。


「あれ、まだ寝てるっぽい? まあ、軽い熱中症って話だし、その内起きるか。っていうか、遅い。バカ兄貴、さては迷ってるな!」


 女は、鞄からなにやら奇妙な板を取り出してそれを凝視していた。

 何をしているかはわからないが、どうも何かを操作している素振りだ。


「RINE通話出ないし、ったくもう!」


 女が不機嫌そうな態度を取った、その時。

 彼女が先程入ってきた扉から、短いノックの音が聞こえる。


「あ、来た」


入ってきた人物の声を聞いて、心臓が跳ねた。

それは、どこかで予感のような物もあったからかもしれない。


「悪い、澪奈。売店がマジで地の果てにあってさ…………うっわー、マジでござるか! 予想通りでしたけども! 特徴からして、だろうなと思っていましたけれども!」


 それは魔王討伐の為に異界より召喚され、そして帰還していった不屈の狂戦士。


「それで、なんで狸寝入りしてるんすか。エンデュさん?」


リュノスケこと、遠堂 竜之介がそこにいた。

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