第11話 油断、元参謀ディルの策略
想い人グラニカが院長を務める王立孤児院を訪れたエンデュミオン。
グラニカの書類仕事が終わるまで、院内で手の回っていない仕事を手伝おうと申し出た結果、得意の魔法を使って薪割りを任されたのだった。
「ふははは!! 気分がいいぞ、久し振りに思う様魔法を撃つのは!!」
無数の鎌鼬が次々と枝を削ぎ落とし、丸太を細切れにしていく。
その様子を満足げに見ていたエンデュミオンだったが、ふと、自分のしていることについて考えを巡らせる。
「"
掲げた魔法杖をじっと見詰める。
これはかつての旅で使っていた愛杖ではないが、愛杖は魔王との戦闘で折れて以来、愛着のせいで捨てるに捨てられず、家に保管してあった。
「お前は、殺し合いと薪割り、どちらに使われるのが本望なのだろうな……」
その問い掛けに、杖が応えることはない。
あの頃は、如何に多くの敵を屠り、如何に広い範囲を焼き払うか。それこそが、魔導師として求められる魔法の全てだった。
認められないのは、誇りか、意地か。
「ん? 何だ、この木で最後か」
気が付けば、見上げるほどあった丸太は積み上げられた薪の山に変わっていた。
エンデュミオンがもう一度杖を振るうと、ばらばらに転がっていた残りの薪が浮き上がり、薪割り小屋の隣にに次々と綺麗に積み重なっていく。
「……ふん、他愛なかったな。さて、まだ時間はありそうだが、おい、見ているのだろう!」
振り向くこともなく、エンデュミオンが背後へそう声を掛ける。
すると、柱の影から音もなく一人の男が出てきた。
「さすがはエンデュミオン殿。気配を完全に消していたつもりでしたが、お気付きでしたか」
元暗殺教団の参謀、グラニカの右腕として付き従う執事のような風貌の男、ディル=ラジュールがそこにいた。
「バカを言え。隠密だけが取り柄のような貴様らの気配など、わかるはずがあるまい。貴様ら信徒共が私を野放しにせんことは分かるがな」
エンデュミオンの嘲るような笑みに、ディルもまた意味深な笑みを返す。
ベクトルは違えど、グラニカを敬愛する者同士。
馴れ合うつもりは毛頭ないまでも、互いに通じ合うものがあるのも事実だった。
「ふふ、止めましょう。我々はもう、命を狙い合う仲でもありません。さて、次にお力を借りたい仕事をご案内致します。こちらへ」
ディルに先導され、エンデュミオンは再び建物内へと入っていった。
長い廊下を歩きながら、エンデュミオンはディルへと話題を向ける。
「おい、風の噂で聞いたのだが、グラニカに縁談を申し出た者がいたそうだな。顛末を聞いてやる、話すがいい」
実際、エンデュミオンはパラドンからこの話を聞かされてから、気が気ではなかった。
今まではなんとか平静を保っていられたが、実際にグラニカに逢いに来てみれば、見慣れぬドレスや化粧をし、まるで誰かにアピールしているような素振りを見せている。
これで気にならないはずがなかった。
しかし、いかにエンデュミオンでも、グラニカ本人にそんな話題を触れるほど豪胆ではない。
ならば、誰に聞くかの選択肢は残り少ない。
「ああ、パラドン殿からお聞きになったのですね。何、話すほどの事でもありません。この近くに荘園を持つ貴族の
にっこりと笑うディルだったが、生憎と目だけは笑っていない。
エンデュミオンからすれば、『お前もグラニカ様を狙っているなら同じ目に合わせてやる』という宣戦布告のように感じていたが、実際は真逆。
『お前がさっさとグラニカ様にアプローチしないから面倒ごとが増えるんだよ
ディルの先導で、エンデュミオンはある部屋へと通される。
室内は暗くてよく見えなかったが、どうやら様々な衣装が掛けられた大きな衣装部屋らしい。
「ふむ? ここで私に一体何を、っ!?」
エンデュミオンが振り返ると同時に、ディルが後ろ手に扉に鍵を掛けた。
「き、貴様まさか、おのれ謀ったな!?」
ジリジリと詰め寄るディルに気圧され、エンデュミオンは壁際まで追い詰められる。
凄惨な笑みをたたえたディルが、白い手袋をはめ直しながら囁く。
「さあ、お着替えの時間です」
この部屋に防音設備が備え付けられているのは、本来の役割の為だが、今回はそれがエンデュミオンにとって良かったかもしれない。
無理矢理ローブを脱がされ、着せ変えられるエンデュミオンの阿鼻叫喚の矯声が、誰かに聞かれることはなかったのだから。
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