第18話タンガ城の地下牢
スフィアが少年に会ったのは、捕らえられてすぐのことだった。というより、目覚めた瞬間、彼は目の前で鞭打ちの拷問を受けていた――彼女は「な、何を――」と叫び声をあげるのと同時に、自分の両手が吊られていて、動けないことに気づいた。
「こ、これは、一体……」
「おう。目が覚めたんだな」
スフィアがいる牢屋、その鉄格子の外の廊下で、真向かいの拷問の様子を見ていた大男が振り向いてスフィアに話しかけた。彼女は大男があのときのアイラであると分かり「これはどういうこと?」と抗議をした。
「あなたは、自分が何をしているのか、分かっているの?」
「嬢ちゃんこそ、自分の状況が分かってんのか? よくもまあ強気に振舞えるもんだ」
呆れるというよりは感心している風なアイラ。スフィアは「自分の状況? 分かっているわよ」とあくまでも強気で返す。
「拷問でもなんでも、すればいいじゃない!」
「いや、まだしない。お前は黙って、ガキが責められているところを見物しとけ」
アイラは手が止まっている武士たちに「おら! 何手を止めてんだ! もっと強く打て!」と命じた。慌てて鞭打ちを再開する武士たち。少年は呻き声を上げながら、雄雄しく耐えていた。
「だから! やめなさいよ! どうしてこんな酷いことができるの!」
「わしだってやりたくてやっているわけじゃない。このガキが秘密を白状しないからだ」
スフィアは意味が分からなかった。少年の抱えている秘密も、アイラが必死に責め立てる理由も、そして自分が捕らわれた理由も、何一つ分からなかった。
唯一、分かることと言えば、自分もいずれ拷問にかけられるということだった。恐ろしいことだった。目の前の少年のように耐えられるだろうか不安だった。
「ふん。今日はこのくらいにしとくか。おい、手当してやれ」
一通りの傷の治療――薬を塗りつけるだけの大雑把なものだった――を終えて、アイラたちは去っていった。少年はぐったりとしていて、話せる状態ではなかった。数日に及んで、酷い拷問を受けてきたのだろう。鞭の打撲だけではなく、切り傷や火傷もあった。
「き、君は、誰だ……」
数時間後、意識を取り戻した少年が目の前にいたスフィアに気づいた。彼女は「……傷は大丈夫なの?」と彼を慮る言葉を投げかけた。少年は薄く笑いながら「酷く、痛むよ」と答えた。
「そうよね。馬鹿なこと聞いてごめんなさい。私はスフィアっていうの」
「スフィア……スパイディ家の、生き残り、かな」
少年の言葉にハッとして「何故、知っているの?」と反応してしまう。少年はこんな状況なのに笑みを浮かべて「ああ、やっぱりか」と答えた。
「僕は、プルート・イースン。六代目将軍の息子だよ」
「なっ――」
思わず息を飲んだスフィア。そしてまじまじと目の前の少年を見た。上半身裸で、身体中傷だらけで、茶髪で灰色の目。おそらく彼女と同年代の少年が、将軍の息子だとは思わなかったのだ。それに武士は拷問を受けないという決まりがある。その決まりを破って、拷問されているのは、考えられなかった。
「こんな姿で挨拶なんて、みっともないよね」
「い、いえ……でも、どうして、あなたが?」
「スフィアさん。あなたがどこまで知っているか、確認させてほしい」
プルートはスフィアにいくつか問いをした。自分たちがどうしてここに捕らわれているのかの理由を中心に。それから彼女の身の上話を聞いた。そして彼女が何も知らないことが分かり「そうか。今まで大変だったね」と同情を示した。
「あなたのほうが大変だと思うけど」
「まあね。今はそうかも」
「一つだけ、訊きたいことがあるのよ。あなたが知っているかどうか、分からないけど」
プルートは「自分が抱えている秘密以外なら、何でも訊いていいよ」と快く応じた。彼女は深呼吸して、それから長年の疑問を訊ねた。
「どうして、ラット――いや、ホーク・ハルバードは処刑されなかったの?」
そう。大名殺しという大罪なのに、斬首にならなかった。良くても切腹なのに、比較的軽い罪である追放処分になった。そこが解せなかった。
プルートは彼女の身の上話を聞いて、ホークとオウルを酷く恨んでいることを知った。だから真実を言うべきか悩んでいた。
「お願い。知りたいの」
彼女の真剣な思いと真摯な態度で、拷問に決して屈しなかったプルートは、自分の知る限りのことを明かした。
「当時、十二才だったから、詳しいことは覚えていないし分からない。でも、父上から聞いた話だと――ホークは誰かを庇っていたことが明白だったから、処刑を免れたんだ」
「誰かを、庇っていた……?」
スフィアは根底が覆された衝撃で、思わず繰り返してしまった。プルートは「ああ、そうだ」と自身が知る事実を述べ始めた。
「みんな分かっていた。処分を下したイースン家も、直々に言い渡したトライアド家も、決定に不服を申し立てなかった他の従属大名も。ホークが誰かを庇っていることぐらい、分かっていたんだ」
「そ、そんな……じゃあ誰が……?」
「それは分からない。でも確実にホークではないよ」
スフィアは「根拠はなんなのよ!?」と喚いた。手に付けられた鎖ががしゃがしゃ鳴った。プルートは「事件が起こったのは、トライアド家のミツバ城だった」と言い始めた。
「その日、祝賀会が開かれていた」
「知っているわよ、そんなこと!」
「じゃあ、何の祝賀会か、分かるかな?」
スフィアは「確か、小大名家の合同昇進会だったわ」と記憶を辿った。プルートは頷いて、それからはっきりと事実のみを言う。
「ホークは、小大名家に昇進する予定の一人だった」
「えっ……?」
「これから小大名家になる人間が、大名殺しなんて馬鹿なことはしない」
スフィアの頭の中がぐるぐるかき乱される。自分が信じていたことがまるっきり違った現実に、どう対処していいのか、分からなかった。何を信じればいいのかも分からなかった。
そのとき、プルートは「そういえば、エスタさんは立派な小太刀を持っていたね」と何気なく聞いた。
「それの所在って分かる?」
「……持っていたけど、没収されたみたいね」
スフィアはあまりのショックで呆然としてしまったから、プルートの問いに深く考えることなく答えてしまった。彼はアイラもスフィアの秘密には気づいていないと確信した。もし知っていたらとっくに自分たちを殺すはずだ。
それからしばらく、プルートが拷問を受けているところをスフィアは見せ付けられた。酷いことをされる彼の悲鳴を聞きながら、何度もやめるように言い続けた。しかしアイラの家臣たちが手を止めることはなかった。
何日かすると、これ以上拷問を受けることは厳しいとプルートの治療に当たっていた医者がアイラに言った。拷問を始める前だったが、今やると命の危険があるとも言った。前日の凄惨な拷問が尾を引いたらしい。
「そうか。じゃあ嬢ちゃんのほうを責めるか」
あっさりとアイラは矛先をスフィアに向けた。身震いする彼女。いよいよ、このときが来たのかと構えた瞬間、プルートが「やめてくれ!」と悲鳴に近い叫びをあげた。
「彼女は何も知らないんだ! やめてくれ、責めるなら僕にしてくれ!」
「お前は駄目だ。これ以上責めれば死んでしまう」
アイラは武士から棘付きの鞭を奪い、プルートの牢屋を出て、真向かいのスフィアの牢屋に入る。そして「裸にしろ」と命じた。スフィアは指一本でも触れたら舌を噛んで死んでやると決意した。
「分かった! 言う! 埋蔵金の秘密を言う!」
必死になってプルートはアイラに訴えた。無論、これがアイラの策略だった。真向かいの牢屋に入れることで、二人は自然と会話をして、知らない仲になる。異常な空間では人は同じ境遇の者と親しくなりやすい。自分が傷つくことは耐えられても、親しい他人が傷つくことは、耐えられないのだ。
そんな父親のやり方を嫌らしいと思った、傍らにいるアゴン。だが人の心理をこうも上手く操る父親に感心も覚えていた。現にプルートは白状しようとしているのだから。
「じゃあ、まずは埋蔵金のありかを教えろ」
「それは、分からない。段階を踏まないと分からないんだ」
「段階? なんだそりゃ」
「将軍の居城、サザンクロス城の最上階にある、開かずの金庫。そこに埋蔵金のありかが記されている地図がある」
プルートは早口で喋り続ける。スフィアを傷つけないように。だが彼女は自分のために彼が今まで耐えていた苦しみが無駄になるのを、とても悔やんでいた。
「その金庫の開け方は?」
「からくりになっていて、順番どおりに動かさないと、開かない。無理矢理壊すと地図が消滅する仕組みにもなっている」
「だから、金庫の開け方は?」
アイラが焦れてきていた。早く教えろとばかりに無理を見せ付けた。
そのとき、アゴンが異変に気づいた。この場にいるはずの武士が二人いない。しかもその二人は真面目で、たとえ嫌な仕事でも休まずやるような男たちだった。
「父上。ちょっと様子見てきます。そこの者たちもついて来てください」
アゴンは数名の武士を引き連れて、自ら様子を見に行った。アイラは気にせず、プルートを問い詰める。
「さっさと言え!」
「……彼女が持っている小太刀に、秘密がある」
スフィアは思いがけない言葉に「わ、私の小太刀!?」と酷く驚いた。アイラも「嬢ちゃんの小太刀だと?」と首を傾げた。
「良い小太刀だと思うが、まさかそれが鍵になっているのか?」
「開け方は小太刀に記されている。それがイースン家に伝わっている秘密の全てだ」
アイラは残った武士に「小太刀持ってこい」と命じた。武士は急ぎ足で小太刀を取りに向かった。
「よく喋ってくれたな。ふふふ、助かったぜ」
「…………」
「なんで、プルート……」
うな垂れるプルートに申し訳ない気持ちで一杯のスフィア。そして勝ち誇った顔のアイラ。
しかし小太刀を取りに行った武士が帰ってこない。アイラは「いつまでかかってんだ!」と怒鳴った。
「あんなもん、すぐに取って来れるだろ!」
さらに怒鳴った瞬間、こちらへ歩いてくる足音が聞こえた。アイラは苛立ちながら「ふん。ようやく戻ってきたか」と鼻を鳴らした。
だが、武士の様子がおかしい。ふらふらとまるで酔っ払いのようにこちらへやってくる。訝しげに思ったアイラ。だが近づいてくると不自然さが分かった。
その武士は、明らかに暴力を受けていた。ボロボロになった服、顔中青あざだらけ。腕を押さえていて、骨折しているようだった。
「なんだお前、どうしたんだ!?」
「と、殿……小太刀を、奪われました……」
その武士は息も絶え絶えに事実を主に伝えた。アイラは首元を掴んで「誰が奪ったんだ!?」と大声で吼えた。
「ほ、ホークです……」
「なんだと!? あの野郎――」
「ホークは、タンガ城近くのシラク草原で待つと……」
アイラはその武士を投げ捨てると「あのガキが!」と大声で周りの武士に命じた。
「何ぼさっとしている! 行くぞ!」
「は、はい!」
アイラは指をぽきぽき鳴らしながら、恐ろしい顔で歩き始めた。他の武士も続く中、アイラは決意した。ホークを必ず殺すと――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます