第15話隠し事

 歴代将軍の埋蔵金。それはまことしやかに語られる、いわゆる隠し財産のようなものだった。そもそもの始まりはサウスの初代将軍の遺言にある。その内容は代々の将軍家は従属大名からの上納金の半分を秘密の場所に隠せという命令らしい。財政が危うくなったときの貯蓄だが、四代目将軍――後世から『悪将軍』と評された――シスイ・カルアが遺言に逆らったため、埋蔵金は三代目の段階で終わった。しかしそれでも莫大な金額になるのは予想される。ちなみに、四代目は慣例に従わず、悪政を敷いたので、後に弑逆され、カルア家は断絶してしまった。


「埋蔵金など本当にあるのか? 四代目が使い切ってしまったと聞くが」


 ラットが訝しげに、かつての弟分であるダニエルに訊ねる。彼は完全に信じているようで「間違いありません」と迷い無く言い切った。小大名のドクもダニエルの言っていることを図りかねていた。


「事の発端は、兄貴が追放処分になって半年後の出来事からでした。将軍家の居城であるサザンクロス城で古い帳簿が見つかったんです。それも先ほどおっしゃった四代目時代のものでした」


 悪将軍が真面目に帳簿を取らせていたのは誰もが意外に思ったが、その帳簿を将軍が当主を務めているイースン家が中心として調べることにしたらしい。もしかすると四代目が使い込んだ金が、その動きのよっては回収できなくもないからだ。四代目が亡くなって三十八年経つが、決して手遅れな年数ではなかった。


「しかし調べた結果、埋蔵金を使い込んだ形跡は無く、それどころか遺言に従って埋蔵し続けたと分かったのです」

「へえ。使い込んだんじゃなくて、貯め込んだわけか」


 ドクが楽しそうに笑いながら感心していた。つまり周囲に嘘をつくことで、安心して貯蓄し続ける、四代目の策略だったのだ。ドクの解釈は間違っておらず、ダニエルも頷いた。


「ええ。そうです。当時、四代目の周囲は敵だらけでした。知ってのとおり、サウス内部だけではなく、イースト地方の将軍が虎視眈々とサウスを狙っていましたし」

「普通に考えたら、戦費のために埋蔵金を使いそうだけどなあ。老人たちは口を揃えて四代目を悪人だったと言うけど、案外違うかも」


 ドクの推測はともかく、ラットは『埋蔵金が実在する』ことが問題であると思った。公式には初代将軍の遺言は四代目によって無効とされている。だから埋蔵金を誰かが手中に収めたとしたら――


「オウルとアイラは、埋蔵金を手柄として、将軍を継ぐってことか」

「ええ。あるかもしれない埋蔵金が確実にあるって分かったんですから。当然の選択でしょうね。特にオウルの兄貴は実績が欲しい立場ですし」


 そこまで聞いたぐらいのタイミングで医者のスピアートが「よく分からんが、埋蔵金を見つけた者が勝つというわけか」と端的にまとめた。それからドクが「分かった!」と大声で叫び、ダニエルに確認した。


「その埋蔵金のありかを、スフィアちゃんは知っているんだな!?」

「な、なに!?」


 ドクの余計な一言で、またも立ち上がりそうになるラット。それを酒瓶の底で腹部を押さえて止めるスピアート。そして「寝てろ」と険しい顔で言う。ラットは抵抗しながらも「ダニエル。それは本当か?」と問い質した。


「ドクの言ったこと、本当か!?」

「……半分当たりですね。スフィア姫自体は埋蔵金のことをまったく知らないでしょう。しかしスパイデイ家がどうして、兄貴が追放処分になってから断絶したのか。その理由を考えると辻褄合うんです」


 ダニエルは、スフィアという娘は哀れだなと同情を覚えた。もしもラットが当主のエスタ・スパイディを殺さなくても、埋蔵金がきっかけで争いが起きたかもしれない。結局、どう転んでもサウスを追われるのは仕方のない運命だったのだ。


「スパイディ家は四代目から下賜された、宝物があるそうです。それと六代目のイースン家も埋蔵金に至る何かを発見したという噂もあります。もしかすると、その二つを組み合わせれば、埋蔵金のありかを示すヒントになるかもしれません」

「ふうん。だからスパイディ家は内紛やら他から攻められたりしたんだね」


 ドクがどことなく納得したように頷いた。三年前、ドクが活躍したグラン事件の首謀者や部下にはスパイディ家の生き残りの武士がいて、何故自分たちの主家が攻められたのか理解できないと訴えていたことを彼は思い出していた。そんな彼らを、ドクは容赦なく斬り捨てた。


「ええ。そのとおりです。だから、兄貴がエスタ・スパイディを殺さなくても――」

「結果論だ。下手な同情はやめてくれ」


 ダニエルが自身の考え――ラットを庇うようなことを述べようとするのを、ラットは遮った。正確に言えば聞きたくないと拒絶したのだった。ダニエルの言葉を聞いてしまえば、自分を少しでも正当化してしまいそうだったから。


「兄貴……あなたはどうして――」


 ダニエルがなおも何か言いかけそうになったとき、ドクが「ちょっといい?」と割って入った。ラットとダニエル、そしてスピアートの視線がドクに集まる。こほんと咳払いして、彼は根底が覆ることを言った。


「そもそも、エスタ・スパイディ殺したのって、本当にホークなの?」


 ぴくりと眉を動かしたラット。しかしすぐに「ああそうだ」と澱み無く答えた。しかしドクは納得できないというか、彼なりの根拠を持っていたらしく、なおも問い続けた。


「ミツバ城でトライアド家主催の祝賀会が行なわれていたときに、エスタのおっさんは殺されたじゃん。でもさ、俺、見ちゃったんだよね」

「何を見たんですか? ドクさん」


 ダニエルはその日、祝賀会には出席できなかった。下っ端だった彼は招待されなかったのだ。そのため、ラットが大名殺しをしたと聞いたときは、まず冤罪を疑い、次に誰かを庇っていると思った。


「ダニーぼうや、焦るなよ。えーと、俺はアイラの殿さまのお付きで離れられなかったんだけどさ。エスタのおっさんがオウルの妹と一緒に奥の部屋に行くのを見たんだよね。そして慌てた様子のオウル、焦っていたホークの順で、消えた二人を追ったのも見ていたんだよ」

「ま、まさか――」


 ドクはラットに向かって推測を投げかけた。


「もしかして、オウルがエスタを殺したんじゃないかな? 妹を助けるために。ま、ホークにとって、彼女は婚約者だったけど、順番的にそう考えるのが自然だよね」

「…………」

「そういえば、オウルの妹は数年前に亡くなったと聞くけど、それは――」


 ラットは最後まで聞かずに、思いっきりベッドを殴りつけて、ドクの言葉を止める。それから静かな怒りを込めた目でドクを睨みつけた。


「俺が殺したんだ。それ以外の真実はない」

「あ、兄貴……」


 ダニエルはラットがここまでの怒りを見せるのは珍しいと思った。というより初めてに近かった。これはもしかすると、ドクの推測が真実なのかもしれないと彼は思った。


 だが推測を投げかけたドクのほうはどうもおかしいなとも考えていた。兄弟分を庇うのは当然だが、この期に及んで庇う理由が分からなかった。何より、不可解な点が一つあった。それは――ラットがエスタの首を斬り取ったことだった。殺害現場となったミツバ城のゲストルームに踏み込んだ武士たちは、エスタの頭を持ったラットが立ち尽くしていて、一切抵抗しなかったと証言している。


 そして今の反応を見る限り、オウルが犯人であるとは思えない。だとすれば、本当にラットが殺したのか? それとも……


「そんなことよりも、スフィアが心配だ。あいつのことは忍びに任せたが、もしかするとメニシンシティに戻っている可能性がある」


 半年とはいえそれなりの付き合いをしていたラットは見事にスフィアの行動を的中させたが、既にローゲン家に捕らわれていることには気づかなかった。だから、結果から言えば後手に回ってしまうが、彼ができる最善手を取ることにした。


「ダニエル。情報屋からスフィアの所在を仕入れてくれ」

「分かりました。任せてください」

「ホーク。それよりも良い手があるよ」


 名案を思いついたとばかりにドクはにやにや笑いながら、ラットに提案を持ちかけた。ドクにとって『良いこと』であって、決して良い手ではないだろうなとラットは思いつつ「どんな手だ?」と訊ねた。訊くぐらいならば損はしないだろうという判断だった。


「忍びだよ。あいつらならすぐにスフィアちゃんの居場所ぐらい分かるさ」

「そういえば、あの女を雇ったのはお前だったな。つまり、渡りはつけられるってことか」


 ドクらしからぬ良い提案だったが、裏があるだろうとラットは推測していた。だから「何を企んでいるんだ?」と問うことも忘れなかった。


「決まってるじゃん。仲介料代わりに、互いが万全の状態での勝負。それ以外に俺が望むことはないよ」

「……お前の頭には戦うことしかないのか?」

「武士ってそういうもんでしょ?」


 ラットは悩むことなく「ああ。それでいい」と何のためらいもなく受けた。ドクは「流石、ホークだね」と無邪気に笑った。


「それじゃ、さっそく忍びを呼ぼう――」

「その前に、一ついいか?」


 ドクがベッドから起き上がり、忍びの元へ行こうとしたときだった。いつの間にか、窓際にいたスピアートが外を指差しながら言う。


「診療所、囲まれているぞ」

「……なんだ。嗅ぎつけられちゃったね」


 ダニエルが慌てて外を確認する。およそ二十人ほどで診療所を囲んでいる。今にも診療所の中に入ってきそうな雰囲気を醸し出している。


「ど、どうしますか? 兄貴が万全じゃないし――」

「ああ。俺が片付けてくるよ」


 首をこきりと鳴らしながら、気軽そうにドクは己の得物である小太刀を二刀、枕元から取り出して、なんでもないように言った。


「あ、相手は二十人いるんですよ!?」

「やだなあ、ダニーぼうや。その程度で慌てるなよ」


 ドクは腕をぐるぐる回して自分の身体の状態を確かめる動きをして、それからダニエルの肩に手を置いた。その顔にはとろける様な笑みが張りついていた。


「それに、二十人片付けるよりホークと戦うほうが――百倍楽しいよ」

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