第14話探しているもの

 ラットが目覚めてまず思ったことは、何故自分が死んでいないのか、ということだった。彼は散々汚い仕事を行ない、武士の誇りを結局取り戻せなかった自分は、地獄行きだろうと常々思っていた。しかしどういうわけか、ベッドに寝かされていて、しかもどこかの建物の中にいる。どう考えても地獄では無さそうだった。そして身体中に走る激痛と疲労感でおそらく生きているであろうと実感した。


「おお。やっぱり生きてた。流石だねえ」


 すぐ横で聞き慣れた声がしたので、身体を動かすのはまだ無理そうだなとラットは思いつつ、首だけをそちらに向けた。そこには彼と同じくベッドで寝かされているドクの姿があった。身体に包帯が巻かれていているが、顔色は平常だったので、回復しているのだろう。悪戯な笑みを見せながら「互いに情けない姿だね」とドクは皮肉を言った。


「なんだ。ドク、お前生きていたのか」

「生憎、俺はしぶといんだよ……いや、家臣のおかげかな。あいつら、手当してくれてね。そして今、ここに放り込まれてるんだ」

「……なるほどな」

「俺のことはどうでもいいよ。それよりさ、ホーク……」


 ドクはこれだけは何よりも優先される、世界で一番重要な事実であるかのように、真剣な眼差しで好敵手のラットに確認をした。


「……負けたの? しかも相手はオウル?」

「ああ。どうやらそのようだ」


 ラットの答えにしばらく何も言わず、ただ何かを噛み締めているかのように黙り込むドク。自分の好敵手の敗北。それをどんな思いで受け止めればいいのだろうかと悩んでいるようにも見えた。

 そのまま沈黙が続いたが、先に口を開いたのはラットのほうだった。


「オウルは、俺の知らない奥義を繰り出してきた。確か、梟と名付けられた最終奥義だ」

「梟……どんな技だい?」

「おそらくだが、啄木鳥、隼、そして白鳥。三つの奥義を組み合わせた合体技だった」

「ふうん。オウルは大したやつだね。いや、もしかすると三つの奥義はその合体技のための試技だったのかもしれない」


 ドクの推察にラットは頷いた。今思えばそうとしか考えられないほど、計算された技――奥義だった。今、命があることが奇跡としか言いようがない。


「でも、ホークなら対処できるだろ? 初見だから食らっただけで」

「まあな。できないことはない。肉を切らせて骨を断つやり方なら思いついた」


 ドクは肉を切らせて骨を断つやり方を思いつけない。実際にオウルの梟という奥義を見たことがなく、たった今聞いたばかりだからだ。そしてこの後ラットの対処法を聞こうとしなかった。聞くことは野暮だと彼なりに思ったことが大きい。


 だがこの時点で対処法を聞いていれば、必死で止めていただろう。もしかすると戦闘の天才であるドクならば、より良いアイディアを思い浮かんだかもしれない。ここでドクが詳しく聞かなかったことが、今後に大きな影響が生じる――


「ふうん。まあいいや。そういえば、ここがどこか分かる?」

「いや。診療所だとは思うが――」


 ラットが自分なりの考察を述べようとしたとき、不意に部屋の扉が開いた。ラットが目を向けると、彼が意識を取り戻した様子を見て安堵した、酒屋の若旦那のダニエルが立っていた。


「良かった! 兄貴、目を覚ましてくれたんですね!」

「ダニエルか? どうしてここに?」


 状況が理解できていないラットに「ダニーぼうやは毎日見舞いに来てくれたよ」とドクが説明し始めた。


「どこから聞きつけたのか、ホークがここに来て二日後には、見舞いに来ていたよ」

「ドクさん。ダニーぼうやはやめてくださいよ。何遍言えば分かるんですか?」

「待て。二日後だと? ……俺はどのくらい寝ていた?」


 ドクとダニエルは顔を見合わせて、それからドクがあっさりと事実を述べた。


「ここに運び込まれたのは、四日前だよ。その間、意識をずっと失っていた」

「なんだと……? くぞ、スフィアが……うぐ!」


 ラットは急いで動こうとしたが、傷は完全に治りきっていなかったので、身体を起こすことすらできなかった。ダニエルが慌てて「無理しないでくださいよ!」とかつての兄貴分に駆け寄った。


「まだ、動ける状態じゃないんですから!」

「関係ない。それにできるできないの問題でもない。やるしかないんだ」

「俺も無茶しないほうがいいと思うなあ」


 あの過激すぎるドクがやんわりと止めたのを聞いてもラットはなおも動こうとする。しかしそれを止めるかのように「それ以上動くと、傷口が開くぞ」と扉の奥から声がした。三人は一斉にその声に注目する。


 そこには酒瓶を持った長身の老人がいた。血塗れの白衣を着ていて、肌は日焼けしているかのように色が黒かった。皺は深く髪はほとんど無かった。だが目には強い意思があり、厳しい目線をラットに送っていた。


「あんたは?」

「医者だ。この診療所のな」


 ラットの問いに短く己の職業とこの場所を答える老人。だがラットは「名前を訊いたつもりだったがな」と訝しげに返した。すると老人は面倒臭そうに「細かいことを言う男だ」と言う。


「わしの名はスピアートという。それよりも診察だ」

「…………」

「ついでに包帯も取り替えないとな」


 手早く診察を終えると、スピアートは「もう少し安静にしないと駄目だ」と冷たく診断を下した。ラットが文句を言おうとするのを見計らってさらに言う。


「きちんと治さないと、オウルには勝てねえ。お前もそう思うだろ」

「何故、オウルのことを知っている?」

「ダニエルから聞いたんだよ」


 ちらりと視線をダニエルに向けたラット。非難するつもりは無かったがダニエルはそう受け取ってしまったのか「すみません、兄貴」と頭を下げた。


「先生に嘘や誤魔化しはしたくなくて……」

「昔からの知り合いなのか?」

「いえ、三年前からの付き合いです。いろいろありまして、親しくさせていただいています」


 三年前。自分がいなくなってしまった時期。当然だがダニエルもメニシンシティで生きていたのだとラットに実感させるような言葉だった。とりあえず、今までの経緯を三人に訊くことと切り替えるラット。彼自身、冷静にならなければと思い直した。


「四日前から治療を受けていたと言っていたな。俺は自分でここに来たのか?」

「それは違うと思うよ。今だって動ける身体じゃないんでしょ? ていうか、どこでオウルと戦ったのさ?」


 ドクのもっともな答え。そうだなと思いつつ、彼の確認の問いに「廃城になったミツバ城だ」と答えたラット。それから戦いの経緯を三人に話した。最後にオウルが首を斬ろうとラットに近づいたところで意識を失ったと明かした。


「考えられるのは二つですね。一つは第三者が乱入して、兄貴を救った」


 今更ながら、ラットではなく兄貴と呼ぶようになったダニエル。しかしラットはドクやオウル、アイラに自分が戻ってきたことを知られてしまったので、もはやどうでも良くなったと感じて咎めなかった。


 しかし第三者が乱入したとして、あのオウルからラットを救い出せると言えば微妙だった。数十人で救出すれば可能性はあるが、自分にそれだけの価値があるのかとラットは疑った。自己評価の低い彼らしい思考だったけど、死にかけの人間をそこまでして救う理由は少ないのも事実だった。


「もう一つは、オウルの兄貴が、見逃してくれた」


 ダニエルはラットのことを慮って、なるべく平静を保って、感情を込めずに言う。しかしラットが答える前にドクが「それはありえないね」と否定した。


「昔のオウルじゃないからね。変わってしまった……いや、変わり果ててしまったあいつに慈悲の心はないよ。治療したあんたなら、俺の言いたいこと分かるだろう? 先生」


 話を振られたスピアートは「まあな。傷を見た限り、殺す気だったのは分かる」とあっさりと答えた。


「おそらく、オウルとかいう者以外が助けたんだろう。明け方、物凄い勢いで診療所の扉を叩かれて、開けたところに倒れたお前さんがいたんだ」

「なるほど。意識を失っていたら叩けませんからね」


 ダニエルは頷きながら「では、前者の可能性が高いですね」と結論を出した。

 ラットは気にかかっていたことをダニエルに訊く。


「ダニエル。お前はそこの先生から、俺のことを聞いたのか?」

「ええ。そうです。正確には兄貴に気づいたドクさんが先生に言って、それが俺に伝わった形です。兄貴のことは先生に話していましたから」

「そうか。少なくとも情報屋や忍びから仕入れたわけじゃないんだな?」


 念を押すようにラットはダニエルに訊く。問いの意味が分からないダニエルの様子を見て「もし情報屋や忍びが掴んでいたら危ういってことだよ。ダニーぼうや」とドクが答えた。


「もし奴らからだったら、オウルやアイラの殿さまにチクるかもしれない。そしたら武士を送り込んで殺される。その確認で訊いたんだよ」

「あ……そ、そうですね!」


 ダニエルは内心、どんな人生を送ったらこういう発想ができるのかと不思議に思った。同時にこれが修羅場をくぐり続けた、男たちの思考なのかと感心した。尊敬する男への憧れの念が甦ってくる。


「ということは、ここは安全ということだ。少なくとも嗅ぎつけられるまでの間だが」

「ええ。だから、兄貴はゆっくりと休んでください」

「いや、そうはいかない。スフィアのことが気にかかる」


 ダニエルの言葉を半ば無視して、ラットは最初の行動に戻った。ベッドから起き上がろうとするのをスピアートが「ドクターストップだ、この大馬鹿者!」と押さえつけつつ一喝した。


「老人に押さえられるほど、弱っているお前さんに、何ができる?」

「…………」

「それに、誰だが知らんが、その者よりもお前さんの身体のほうが危ないのだぞ?」


 ラットは悔しそうに起き上がるのをやめた。そして「オウルがスフィアを探していた」と小さく零した。


「アイラだってそうだった。今考えると奇妙な話だ……ダニエル、オウルが言っていたが『あの娘の抱えている秘密を暴けば、莫大な富が手に入る』らしい。以前、お前が言いかけていたことと関係あるのか?」


 ダニエルが言いかけていたこと。それは『将軍候補たちが探しているもの』の詳細だった。彼はスフィアと面識がなかったが、名前からスパイディ家の生き残りであることは分かっていた。しかし、まさか彼女が関係していて、ラットと知り合いだったことは信じられなかった。


「ええ。関係あります。しかし、先生は聞かないほうが……」

「ここまで聞いておいて、聞くなというのは酷だ。誰にも言わんよ。お前さんの酒に誓ってな」


 酒瓶を高く上げるスピアート。どうやらお得意様らしい。ダニエルは深呼吸して、それから三人に言う。


「オウルの兄貴やアイラさんが探しているもの。それは――歴代将軍の埋蔵金です」

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