第13話三つの奥義
ラットとオウル。二人の刀は激しい金属音を鳴らせ、火花を散らすように交じり合う。凄腕の達人同士の戦いに割って入れる者など、サウスどころか、アルカディア大陸において数えるほどしかいない。それほどの激しい戦い――殺し合いだった。
オウルは長刀『麒麟』を自由自在に操り、ラットに激しい攻撃を加え続ける。刀は長ければ長いほど扱いづらいとされるが、オウルは通常の長さのように振るう。長年の実戦による熟練した技術とそれに裏打ちされた実力。加えて今まで修羅場を多くくぐってきたラットに肉薄するほどの気迫。
対してラットは長刀の攻撃をいなしつつ、自分の不利を悟っていた。室内にも関わらずそれを苦にしない動きと剣撃を繰り出すオウル。五年前と比べて物凄く強くなっていた。昔のオウルであれば全てに対応できたはずだ。しかしここまでの強者になっており、またドクとの戦いで傷を負っているラットの現状を考えれば、不利と思うのは当然だった。
「……強くなったじゃないか、オウル」
鍔迫り合いの拮抗。挑発や皮肉ではなく、純粋に思ったことを口にするラットにオウルは「お前もな、ラット」と応じる。
「昔のお前だったら、五回は殺していたよ」
そう言って、蹴りを放ってラットの体勢を崩すオウル。下手に踏ん張ると逆に危ういと思ったラットはその勢いを殺すのではなく、敢えて乗ずるように後方に飛んだ。結果として長刀による攻撃を避けることができた。思わず笑ってしまったオウル。
「相変わらず器用というか、敵の攻撃を受けない才能に優れているな。いや、致命傷を受けないと言い換えるべきか」
「……守りに関して言えば、俺の右に出る者はいない」
そうして中段に構え直すラット。長刀を八双に構えるオウルの出方を窺いつつ、彼の三つの奥義がまだ出ていないことを訝しげに思っていた。三つと言わず、一つぐらい繰り出してもいいはずだ。出し惜しみしているのか、それとも……
「得意の奥義は出さないのか? それとも出す必要はないと舐めているのか?」
「…………」
オウルの三つの奥義。それは彼独自の必殺技で、長刀の特徴と特色、特性を生かした、それぞれが奥義の名に相応しい技術である。オウルが十五年の歳月を懸けて生み出したそれは彼を勝利へと導いてきた。それを十分に知っているラットはだからこそ指摘したのだ。
三つの奥義はこうだ。相手の斬撃に合わせるように自らの刀を這わせて跳ね飛ばす返し技の『隼』。素早く七つの突きを同時に打ち込む連続技の『啄木鳥』。まるで湖面に写る鏡像のように見えていても避けられない先制技の『白鳥』。どれも一線級である。
「遠慮なんて要らん。さっさと打ち込んで来い」
「……なあ兄弟。今まで俺とお前、模擬戦を何回かしてきたよな」
懐かしさに目を細めながら、思い出話をするオウル。何の話かと怪訝な表情をするラットを気にせずに続ける。
「おおよそ、俺の勝ちが多かったよな」
「……細かいことを覚えてやがる」
「だが、模擬戦で互いに本気を出したことはなかった。そりゃそうだ、木刀でも当たり所次第じゃ死ぬもんな」
オウルは八双の構えから右腕を後ろに引き、左手を前に出して手のひらを向けるという独特な構えになった。脚も左足が前に出ていた。見たことがないその異様な構えに警戒するラット。
「だから、この最終奥義を繰り出す機会が無かった。いや、五年前は未完成だったというべきか……」
「ほう。面白いじゃねえか」
「なあ兄弟。頼むから――命乞いしてくれ」
オウルはそこで始めて険しかった表情を緩めた。しかしそれは優しさではなく、哀れみだった。
「いくらお前でも、絶対に死ぬ。俺はできれば手を下したくない」
「……女々しいことを言ってんじゃねえよ」
「答えはノー、か?」
「ああ。断る」
ラットはオウルがはったりで物を言う男ではないと分かっていた。おそらくそれだけの自信がある新たな奥義であるとも断じていた。しかし、ラットにもどんな攻撃を受け切る自信があった。何故なら先ほどの三つの奥義を五年前では対処できていたからだ。
「残念だ。本当に残念だよ」
「…………」
「それじゃ、食らって受けきれずに敗れて――死ね」
そう言い切ったオウルはそのままの体勢でラットに突撃した。音速を超えた光速とも言うべき速さ。ラットはそれでも目で追えていた。だから対応もできると思った。単純な刺突だとするのなら、啄木鳥の改良版かと判断した。
結果から言えば、ラットは思い違いをしていた。オウルの最終奥義はそんな単純なものではなく、むしろ複雑怪奇な技――神業だった。
ラットは七つの突きが見えたのでそれぞれを弾く――それが対処法だった――をしたが、突きの一つに触れた瞬間、刀に雷が走る衝撃を受けて、手から刀を弾き飛ばされてしまう。それを認識して、腕を交差させて突きのダメージを軽減させる、その前に袈裟切りに斬られた。
「が、は……」
身体から血を噴出し、口からも吐いてしまうラット。膝をついて身動き一つ取れなくなる。そのまま血だまりの中に倒れてしまう。彼は自分が斬られたことを衝撃的に思ったが、それ以上に驚愕したのは――三つの奥義を合体させたことだった。突きの連続技に返し技を織り交ぜ、最後に先制技でとどめを差す。まさに理想的な奥義だった。
「最終奥義、『梟』だ。ホーク、悪いな」
ラットはこのまま自分が死ぬのは仕方ないと諦めた。そして脳裏に浮かんだのは、スフィアのことだった。彼女の身が危うくなるのは、避けたかった。スパイディ家の生き残りと聞いてから、今まで苦労してきたのだと分かっていたからだ。エンドタウンでも頑張っていたのを知っていたからだ。最期になって彼女のことを心から心配した。
「油断も慢心もしない。このまま首を刎ねさせてもらうぜ」
かつての刎頚の友に首を刎ねられるのはあまりにも虚しい終わり方だった。しかし、ラットはもう自分の身体が動かせなかった。あの日のエスタ・スパイディのように、斬首されるのを待つだけだった。
こちらに近づくオウルの足音。既に視界は暗闇に閉ざされていた。
そのまま、ラットはオウルを待つことなく意識を失った――
兄弟の戦いから遡って、数時間前。
ちょうどラットがミツバ城に向かっていた頃である。スフィアはこの日、三回目となる襲撃を受けていた。
「……またローゲン家ね」
血ぶるいをして小太刀を納めるスフィア。足元には襲撃者だった四名の武士が倒れていた。前回もその前も四人だったことを考えると、四人組を多く作って行動していることが容易に分かった。たった四人ならばエンドタウンを生き抜いてきた彼女であれば撃退できる。
しかしどうしても疲労は否めない。昼頃にメニシンシティに戻ってから三回の襲撃を受けていて、武士たちもなかなか強かった。おそらく彼女が少女だから、彼らの内心では油断があったかもしれない。それを差し引いてもスフィアの強さは通用した。だが、疲れだけはどうにもできない。
とりあえず、人気のない裏路地から出なければとスフィアは思った。表通りはローゲン家の武士が見張っていたから、こうして隠れて移動していたのだが、そちらにも武士が配置されているのなら、一度退いて考え直す必要があった。
そもそもスフィアが何故、危険を冒してメニシンシティに戻ってきたのか。気がついたらラットも黒ずくめの女性――声だけで判断した――も居らず、郊外の小さな小屋の寝具に寝かされていた。無論、そのままでいることが絶対的な安全を得られるわけではなかったが、一先ずは敵の目から逃れられたと判断できるだろう。
だけどスフィアはそれに甘んじなかった。気にかかることが一つあったからだ。それはアイラ・ローゲンがどうして自分に執着するのかということだった。それにもしかすると自分を護衛してくれた武士や女中、そして家令のセイルを殺した張本人がローゲン家かもしれないと彼女は考えた。
だとするならば、アイラも許せないと思った。直接、詳しい話を訊く必要があるとスフィアは思い、メニシンシティに戻ったのだ。ラットの厚意や忍びの意図を無視したものであり、元々の目的であるオウル殺しを無視した、矛盾だらけの行動だ。その理由はラットがホークであった真実と自分が狙われている現実で思考が半ば混乱状態であることに由来する。
とは言うものの、度重なる襲撃で命の危険に晒されたことで、ずれた思考がまともに戻ってきたことも事実である。昨日からろくなものを食べていなかったし、気絶の睡眠は普段よりも効率が悪いらしく、だんだんと眠気も出ていた。
以上の点から、メニシンシティを離れようと決意したとき、こちらに近づく足音がした。スフィアは舌打ちしながら、音のした方向を見る。
「――酷いことをしますね」
振り返るとそこにはまたも四人の武士――いや、一人だけ様子が異なる男がいた。
二十代前半。髷を結っていて、細身だが筋肉質。身体が絞られていると表現したほうが良い。紫の胴と袴を身につけていて、腰には黒い刀を差している。胴の真ん中にはローゲン家の家紋が描かれていて、このことから家老以上の地位であることがスフィアの知識で分かった。
「あなたは誰? まあローゲン家であることは間違いないだろうけど」
「私は、アゴン・ローゲン――アイラの息子ですよ」
あっさりと身分を明かしたのは、ローゲン家の自負ゆえか、それともスフィアを捕らえる自信があるゆえか。おそらく両方ねと彼女は判断した。
「ローゲン家の跡継ぎ自らのお出ましとは。そんなにローゲン家には人がいないの?」
「名門、スパイディ家のお姫様ともあろう者としては、安い挑発ですね」
皮肉に皮肉で返したアゴン。そして刀を抜く。問答をこれ以上する気は無いらしい。スフィアもすぐに戦闘態勢に入った。
「来るなら――」
スフィアが言い終わる前に、アゴンは彼女に斬りかかった。虚を突かれた形となったが、後方に下がることで回避しようとする――
「――伸縮剣」
アゴンが技名を呟いたと認識したときには、スフィアは斬られていた――峰打ちで。
避けたはずなのに、軌道が見えていたはずなのに――斬られた。彼女の頭は疑問だらけだったけど、よろめいて何の技も繰り出せない隙に、アゴンは素早く当身を食らわせて、彼女の意識を失わせた。
「これでよし。皆さん、そこで倒れている方々の手当をお願いします」
三人の武士はスフィアにやられた四人の手当を指示通りし始める。アゴンは気絶したスフィアを抱えて「申し訳ございません」と詫びた。
「父上の命令なので。悪しからず」
ついでに小太刀を拾ってから裏路地を出て行くアゴン。その先には武士が数名いて「お疲れ様です」と一斉に頭を下げた。
「父上は居城にいますね? すぐに引き渡しましょう」
「はは。かしこまりました、若」
「まったく。ドクさんが素直に引き渡してくれたら良かったのに。余計な手間ですね」
愚痴りながら、ローゲン家の武士が用意した馬車にスフィアと共に乗り込むアゴン。向かう先はローゲン家の居城、タンガ城である――
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