第4話 空の色
真っ黒で、鳥のような姿の無者。
体温で獲物である人間を狙っているから、無機質な素材でできているロボットの俺には見向きもしなかった。
だからこそ、俺は奴に近づき、ブレードで切り込んだ。すると、無者は俺に意識を向け、俺を捕らえるために影を伸ばす。
それに捕まらないように、飛行装置を操りつつ、攻撃する。だが、そんな高度なことを、今まで戦闘をしたことがない俺にやすやすとできるわけがなかった。
影をかわしたと思っていたが、かわしきれず、影が飛行装置を捕らえた。飛行装置は、影によってミシミシと音を立てて壊されつつある。
このままでは俺が地上に落とされるか、邪魔な俺を捕まえにくる。だからすぐ飛行装置から手を離して、無者の上に飛び乗った。
そしてブレードを無者に突き刺す。
大きな体をもつ無者にとって、このブレードを突き刺されたくらいではさほどのダメージを与えられていないようだ。
「くそっ……」
何度も何度もブレードで刺したり、切ってみるも、無者の動きが遅くなることはない。それどころか、俺に向いていた影の一部が、再び地上の人間を捉えようと向かっているではないか。
「くそったれっ!」
地上へ伸ばした影をブレードで切る。だけど、あまりにも数が多いので、追いつかない。
影は人間をつかみ取り、上空へと連れてきた。ぐったりとしたその人間からは、生気を感じられない。無者は、口のように大きく開けた腹部にその人間を投げ込むように入れた。
ぐちゃ、という不快な音が聞こえた。
「ちくしょう……」
助けられなかった。
俺には何もできないのか。
このままだと、レントやエルーまで同じように……。
次々に人間を捉えては腹部へ取り込むのをただただ見続けることはできなかった。
また、地上で掴まえた人間を取り込む瞬間に、腹部へ向けて、レントからもらった爆弾を投げ込む。すると、ドカンと音を立てて爆発し、中から黒い液体が漏れだした。
「内側なら弱い……?」
無者は内側からの攻撃には弱いようだ。
もしかしたら。もしかすると、無者を倒せるのではないか?
そんなわずかな希望を抱いたのもつかの間、俺の体を影がつかんだ。
ミシミシと音を立てて、俺を握る。つかまれたのは腕ごと含めて、胴体部分をがっしりと。身動きがとれない。
そしてさらに力をこめたのか、体からピキッと音が聞こえた直後、俺の両足が動かなくなった。
「確かにこんなんじゃ、人間は歯が立たないよな」
人間ならこの時点で死んでいるだろう。ロボットの俺だからこそ、上半身だけは動けるのだから。
無者は捕まえたものを全て、腹部に入れるようで、俺もそこへ投げ入れようとする。
絶体絶命。まさにその言葉がふさわしい。
――私との約束よ。
マスターの声が聞こえた気がした。
守り切れなかったマスターを、マスターの子供を。未来を。
あの時は何もなかった俺だけど、今の俺には武器もある。可能性もある。
「くそったれだよ、ほんとに」
無者の腹部へ投げ込まれた。上半身しか動けない俺は、空中でもがいて逃げることはできない。できるのは次の策をとることだけ。
まだ動ける手で、残った爆弾を手に取った。
もともとレントにもらった爆弾の数は3つしかなかった。1つはすでに使ったから、残り2つ。
両手でそれを持ち、口で安全装置を引き抜いた。
「さよなら、レント、エルー」
無者の中で、激しい爆発が起こった。
☆
「起きたか?」
動かない体。でも、外部音声を聞き取るためのマイクはちゃんと機能しているようだ。
聞き覚えのある声が聞こえ、目を開けた。
ヒビが入った視界に広がるのは青い空。そして白い雲。
「おかえり、カルエト」
横たわる俺をはさむようにして座る、レントとエルーがいる。
その顔は優しく、明るい。
「あなたのおかげで、無者は散り散りになったわ。犠牲になった人もいたけど、生き残った人の方が多いわ。ありがとう、カルエト」
そうか、無者を倒したのか。
近距離での爆発をくらっても、俺の体は耐え抜いた。でも、人工皮膚は大きく裂け、金属で出来た骨格やコードが見えているので、俺のダメージは大きい。
無者がいなくなったということは、俺は、マスターとの約束を果たせたのだろうか。
あの時……強盗から助けられなかったマスター。守り切れなかったマスターの子供。
今度は、今回は。レントとエルーを、二人を助けられたのだろうか。
未来を守れたのだろうか。
「あら……泣いているの?」
俺の目から、また液体が流れた。
それをまたエルーがぬぐってくれる。
俺は、二人のもとに戻ってこれたんだ。未来を守る、二人のもとに戻る、二つの約束を果たしたんだ。
「レント、エルー……ただいま」
今度は過去に引きずられて泣き続けるのではない。
涙を流しながらも、自然な笑みがこぼれた。
Fin
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