第3話 過去と未来の扉


 ――昔。

 マスターは有名な研究者で、地位も財産もあった。

 そんなマスターにも子供ができ、その世話係兼教育係として俺が作られた。

 平和な生活を送っていたが、突然、その生活は壊される。

 強盗だった。

 お金を狙った強盗は、マスターの腹部を鋭い刃で突き刺した。

 俺はロボット。ロボット工学三原則に従って作られた俺は、人に危害を加えることはできない。それに、下された指示に従うしかない。マスターが倒れたところで、俺への指示がなくなった。


 マスターを襲った強盗に、俺は何もできなかった。

 強盗は俺がマスターを殺したように見せるため、俺を横たわるマスターと同じ部屋に閉じ込めた。一方で俺が世話をしていたマスターの子供はというと、お金とともに強盗にとられた。去っていく強盗達の話し声を盗み聞きしたら、「子供は高く売れる」と言っていた。

 残されたのは、仕事を全うできなかったできそこないのロボットの俺と、真っ赤な花を咲かせたマスター。


「カルエト……私は助からない。だからお願いよ。私の子供を、未来を助けて」


 マスターにはまだ息があった。

 赤く染まった手で、俺の手を握るマスター。

 その声は弱く、今にも消えそうだった。


「あなたならできる。だって、あなたを作ったのは、この私よ? だから、お願いね。これは、私との約束だからね」


 そう言ってマスターは動かなくなった。



 ――そうだ、俺は助けると約束したんだ。

 あれから何百年も経っている。マスターの子供が生きているとは考えられない。

 でも、目の前にいるエル―。

 マスターと似た、髪、声を持つ彼女はもしかしたら……。


「カルエト!? どこに行くんだ!?」


 俺の足は、外へと向かっていた。

 エル―への応急処置を終えたレントが、怒鳴るようにして俺を止める。


「俺は……マスターとの約束を守らなきゃ」

「何を言っている、カルエト。お前のデータはとった。ただの労働用ロボットにどうこうできるもんじゃない!」

「ならっ!」


 俺はレントの胸倉をつかむ。


「このまま無者に食われるのを黙って見てろとでもいうのかよ! あんたたちが死ぬのを見てろとでもいうのか!」

「ちがっ、そういうわけじゃ」

「無者は人を食らう。影のようなものを体から伸ばして人間を捕まえる。だが強靭な力のせいで、自分の近くに人間を持ってくるまでに殺してしまうから、誰も奴を傷つけられない。でも、俺なら。途中で殺されることなく奴の近くまでいけば、奴にダメージを与えられる」

「そんなことをやっても、無者がいなくなるわけじゃないだろう? 腹がいっぱいになるまで、無者はその場にとどまるかもしれない」

「そうかもしれない。だけど、そうじゃないかもしれない。やってみなきゃ、わからない!」

「おい、待て!」


 レントの制止を振り切って、俺は準備に取り掛かる。

 俺が優先すべきは、マスターとの約束。未来を守るという約束だ。俺の体が壊れようとも、その約束が最優先される。


 空にいる無者の元へ行くには、飛ばないといけない。だけど、俺には飛行装備はない。準備に当てられる時間は少ない。だったら既存のもので飛ぶ。

 レントの試作品の中に、人間用の飛行装置があったはず。エンジンを備え、風を利用することで空を飛ぶことを可能にしたものだ。安全性の試験が未実施ということで、倉庫の中で眠っていた。


「これなら、いける」


 俺の中に確信があった。

 無者に近づき、飛行装置とともに眠っていたレントが作ったのであろうブレードを装備する。


「カルエト」


 いざ出陣。

 そう構えた矢先、静かな声をかけられた。

 声の主はレント。そしてその背に、エル―がいる。


「俺たちは、無力だ」


 何もできないことを悔やみ、レントは顔をゆがめている。

 自分が無力であるということがどういうことなのか、俺にもマスターに何もできなかったからよくわかる。


「でも、俺たちは。お前を信じることならできる。カルエト、これを持って行ってくれ」


 レントに渡されたのは小さな袋に入った、爆弾だった。


「あの無者にどこまで効果があるのかはわからないが、昔、俺が戦場で使っていたもののあまりだ。戦争を忘れないために持っていたんだが、まさか使い道があるとはな。対人間用だが、あいつにも効くかもしれない。だから使ってくれ」

「ああ。ありがとう」


 ブレードとともに、武器はそろった。

 今度こそ飛び立とうとしたが、再び止められる。


「カルエト。あなたの帰りを待っているわ。必ず、ここへ戻ってきて」


 ついさっきまで真っ赤だったエル―の手が、俺の頬に添えられる。

 ロボットの俺にはわからないはずなのに、その手が温かく感じた。


「行ってきます」


 優しい二人の元へ戻ってこれるかわからない。出来れば戻ってきたいが、約束はできない。

 俺は勢いよく、黒い空へと飛び立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る