10-10
「教官、わたくしも武器を持ち替えてもよろしいかしら」
「否という理由はありませんな」
「では流儀を合わせ、こちらも槍を選ばせていただきましょう」
悠々と木槍を手に取る姫将軍フェリタドラ、彼女の姿を目の当たりにしたわたしの心情を一言で表せば。
(えええええなんでなんでなんでいやいやいやそんなことあるの許されるの何それ何故なのゲームと違うゥ!?!?!?!?!???!?!?!?!!!?!!)
少々長めの一言になってしまったが、こんな感じの圧縮言語が通り過ぎた。
最も巨大な感情は驚愕である。
ロミロマ2プレイヤー、特に『第2王子』ルートをプレイした者にとって姫将軍とは即ち剣、薔薇十字の剣を振るう英傑との認識は共有できるはずだ。
システムで固定された武器種設定も相まって剣しか使わないキャラ、この認識が目の前で否定されたのだから驚きもひとしお。
(まあそうね、うんそうね、ここはゲームまんまの世界じゃなくてヒトの生きてる世界だもんね、そういうこともあるわねッ!!)
理屈では納得できても感情がついてこないのである。
そんなわたしの思いを余所に槍を構える姫将軍、特有の交錯した十字構えではなく普通の腰溜め姿勢。穂先がやや下に向いているのは距離感を狂わせて間合いの認識をずらすためのものだろう。
基本に忠実、それでいて一糸乱れぬ立ち姿。
──驚きが過ぎた後には厄介なゲームファン目線が湧いて出る。
(姫将軍が槍構えた姿、こんなスーパーウルトラレア立ち絵を見たのはプレイヤーでわたししか居ないに違いない……ッ!!!)
ある意味モチベーションが上がってやる気は出た。武器の優位を無くして動揺したはずの失点が補われたのは良いことだと思う。
まあ何もプラスに転じてない、薔薇十字の剣ならある程度どんな動作をするか知っていたゲーム知識優位も霧散してのガチ勝負になってしまったマイナスは取り返せてないのもこの際忘れよう。
(大丈夫、槍術だってクルハと特訓したんだから多分大丈夫!)
もはや引き返せない槍対決、予想外の展開で根拠に乏しい努力の成果を心の支えに最終決戦が始まる。
互いが振るうのはショートスピア、身長の倍の長さもない短めの槍。
故に表情が良く見える、恐れも気負いもない対戦相手の瞳がわたしを見据えている。
──全てはノーマルエンドのため、遙かなる身分差を超えてあの目に留まって見せる!
「では決勝戦、はじめ!」
******
掛け声と共にわたしと姫将軍の槍が同時に突き出される。
舞台中央、鉄を帯びない木の穂先がすれ違い、並行して互いの間合いを半ばまで侵食した距離に達した辺り。
ギシリと木が軋み、細かくひび割れたかのような音を立て、2本の槍は双方大きく弾き飛ばされる。共に直進を阻まれた刺突武器は持ち手に引き戻され、互いの間合いを再び元の位置へと遠くした。
(よし、打ち合えるッ!)
番えた弓よりも早く、再びの突きが相手を狙う。最初の一撃がタイミングを合わせたのが偶然であったように入れ替わり立ち代り連続で突きが行き交う。
その度に二頭の蛇は敵の胴体を弾き飛ばし、または内巻きに捕らえて地面に叩きつけ、そのまま拘束しようと蠢く。
槍のような長物の弱点は長所とも言うべき武器自体の長さ、遠くに手は届くが長さに比例して取り回し、立て直しが利かなくなる。
突きの連打は隙も少なく手が早い、しかし同じ槍相手なら僅かな隙が命取り。そして槍同士の対決では「ねじり」による相手の隙を作る技術が基本に存在する。
『槍術の基本は「突き」と「外ねじり」「内ねじり」で構成されていてな』
『ふーん』
『まあ聞け妹よ。これは神槍と謳われた英傑のありがたい教えだぞ』
『へー』
『突きは言うまでもないが、槍を扱うのに重要な技術には「ねじり」ってのがある。文字通りに手首で槍にねじりを加える行為だ。外ねじりっていうのは相手の槍を外側に弾き飛ばす。そして内ねじりは敵の槍をこちらに手繰り寄せる。どちらも姿勢を崩したり槍を取り落とさせる技だな』
『はー』
『このみっつを使い分けられれば後の槍技は見た目だけの踊りだってのが偉人の教えだと漫画で読んだ』
『長々と語ったけど出展は漫画なの兄貴』
『古文書は信用できて漫画は信用できないってのは偏見だぞ妹よ』
『一理あるけど、それは「戦争編」の槍兵ユニットを使いこなすのに役に立つ知識?』
『全く関係ないな』
『死ね』
ゲームに関係ない知識を朗々と語っていた兄をぶった切った思い出だけど、今では少し役に立っている世の不思議。
基本を守った戦法はロミロマ2最高峰の美少女との競り合いを成立させている。
(剣キャラなのに姫将軍の槍術が強すぎると嘆けばいいのか、それとも互角に打ち合えてるわたしってば意外と凄くない?って自分を褒めればいいのか判断に迷う!)
間断なく続く突きと捌きのせめぎ合い、どちらが有利とも言えない攻防一体の削り合いにギャラリーもただ沈黙を保っている。
よしこれは姫将軍的にもかなりの高得点なのでは
(──いや、違う)
嫌な予感、否、姫将軍が見せた過去の模擬戦、対戦結果を回想する。
決勝戦まで4試合、その全てが1分ほど互角に見える攻防を続けた後で一撃決着、最初は相手の技量に合わせて勝負に出なかっただけなのを思い出した。
(まさかこれ、わたしとの槍合戦もその類!? 1分過ぎたら即決着!?)
可能性は否定できない、むしろたまたま槍で競う形になった勝負で稀に互角の技量をした生徒同士が戦うなんて偶然の方が有り得ない。
圧倒的技量を有する側が歩調を合わせてくれている、その方が可能性としては余程有り得るシチュエーションだ。
ならばこのまま愚直に戦闘を続けても1分経過、あと20秒ほどすればわたしは一撃で武器を飛ばされ敗北の未来が待っている。それでは他の4人、わたしの前に戦った模擬戦相手と何も変わらない。
彼女の目を引く何も示すことが出来ず、その他大勢の小物として埋もれてしまう。今後彼女が巻き込まれるだろう三角関係に口を出せることもなく──
(それは絶対にノォ!)
ただでさえ上級貴族との接点なんて滅多に無い最下級貴族の身、拾える機会は全て拾う気概で挑むべきなのは言うまでもなく。
なればこそ、今回の最適解は。
(1分経過以内に勝ちを狙う!)
もう15秒も残ってない時間に全てを賭ける。
──たとえ失敗しても姫将軍をヒヤリとさせれば普通に負けるよりは得るものがあるに違いないと信じて。
槍が迫る、変わらぬ正確さでわたしの胴を狙った鋭い一撃が。
遅れて突き出す槍に外ねじりを加えて迎え撃つ、接触した槍同士が反発するねじりで不快な音を立てて双方弾いて軌道を逸らす。あらぬ方向に的を外した槍を手繰り寄せ、再びの突き動作に戻る──これが今まで繰り返された動作だ。
しかし。
わたしは外に弾く力を緩めて突いた。
その結果わたしの槍は弾かれて、姫将軍の槍は大きく軌道を逸らすことなく的を射抜けと直進する。そのままでは木製でも胴に突き刺さりかねない威力の刺突を、
(当たらないでェェェェ!!)
槍を手放し前かがみ、踏み込んで距離を詰めながら体の中心を穂先の到達予測地点からずらす形で攻撃を凌ぐ。左頬の真横をぞぶりとした感覚が通り抜けるのはギリギリ回避が間に合った証拠。
わたしと同程度の技量で振るわれる槍なら威力や速度は予想できる、そう信じた博打に成功したのだ。
ただ避けただけでは勝ちにならない。そのまま左手で相手の槍を握り、右手は放り出した槍の首を短く掴み上げる。狙うは至近距離から一刺し──
「そこまで!」
脳裏に描いた最後の動作は鋭い制止で封じられた。
戦いを抑えた鶴の一声、しかしそれを発したのはフレイス教員ではなく。
何故か対戦相手、姫将軍フェリタドラが声を上げたのだ。
威厳ある声に思わず停止したわたしの体、しかし思考は事態に追いつかず、
(何故に?????)
疑問符が尽きなかったのだけど。
「わたくしとしたことが、つい力が入ってしまいました」
「そのようですな」
「故に、この場はわたくしの負けを認めます」
「申請を受理しよう。勝者アルリー、思い切りのよい決断だったが模擬戦で無茶をしないように」
「へ?」
何がどうして勝敗が決したのか、戦っていた当事者のわたしが分からないままに審判役が結審した。むしろ姫将軍が自ら敗北を言い出す形で。
え、何故、何が、どうして?
「アルリー・チュートル」
「は、はいい!?」
誰か説明してくれよ! と言い出す暇もなく姫将軍に名前を呼ばれて硬直する。戸惑いと恐れが肉体だけでなく精神を蝕んでくる。
いったいわたしの身に何が起きているの!? と。
「正式なお詫びは日を改めて、先に略式にて謝罪を」
「え、ええ、え?」
頭こそ下げられなかったものの、軽い目礼と言葉でしっかりと。
理由が見当もつかないまま、最底辺男爵家令嬢は大公家令嬢から謝罪をされた。
──あまりといえばあまりの出来事に舌はもつれ、頭の回転は鈍く、ただ単音を発する機械に成り下がったわたし。
そんな様子が滑稽だったのか彼女は表情を少し柔らかく緩め、
「最後の一手には本気が感じられたわ、ユニーク」
碌な返事も出来ない人形を置いて姫将軍は華麗に立ち去った。その足取りには疲れの微塵もなくどこまでも優雅で、ゲームでは彼女が他者を評価する時の言葉『ユニーク』を残して。
(姫将軍からユニーク発言を貰えた、一応の目的は達成できたってことでいいのかしら)
ただただ呆然と見守るしかない案山子に真相を教えてくれたのは友人たち。授業の終了が伝えられ、それぞれバラバラに着替えをすべく校内に立ち戻る生徒の中でわたしに駆け寄ってくれたのは、我が友の女子2人組。
「アルリーアルリー、なかなか面白かったよー!」
「……わたしはあんまり面白くなかったのよクルハ?」
「……」
「無言で筆動かすの怖いんですがサリーマ様」
未だ脳内は混乱の最中、クルハの太陽めいた笑顔にも暗雲が晴れない。サリーマ様はいつも通りなので気にしない方が話は早く進むだろう。
とりあえず謎を謎で終わらせないよう太陽の意見を聞いてみることにする。
「クルハ、どうしてわたしは勝った扱いにされたと思う?」
「えー、多分だけど危なかったからじゃないかなー?」
「危ない?」
「でもスゴイよねー、あたしも木の槍で柳の枝を突き斬る練習でもしようかなー」
「やなぎ??」
混沌具合に拍車がかかる。危ない、柳、わたしのストレートな質問に対して帰ってきたワードがあまりにも意味不明で受け止めようがない。
もとより貴族らしい婉曲表現、捻った物言いを苦手とするクルハが訳の分からない言い回しをしてくるのには何やら秘密があるのだろうか。
「ちょっとクルハが何を言ってるのか分からないんだけど」
「……あれ、ひょっとしてアルリー気付いてない??」
「何のこと?」
「これこれー」
会話の成立に必要な前提が抜けているらしいことを口にしたクルハが自分の髪、左頬辺りの髪の毛を無造作に摘んだ。
彼女の動作が何を意味するかを深く考えず、反射的に真似をして──手応えがない。
そこにあるべきものに触れることが出来ず素通りした。
「……あれ?」
「お嬢様、鏡をどうぞ」
どこからともなく顕れたセバスティングが手鏡を寄越してきた。何の変哲もない普通の鏡を受け取り覗き込み。
顔の左側、ゲームの立ち絵と姿を変えるべく伸ばした髪の毛がバッサリ無くなっていたのを確認した。
「……は? え? は?」
「最後の攻防でアルリー槍を掻い潜ったでしょー、あの時ズッパリ切れてたよ」
「なんですとー!?!?!?」
「ああいうの暖簾に腕押しって言うんだっけ、スゴイよねー」
使い方は間違ってるけど言いたいことは分かるし語句は合ってるよ偉いわクルハ、でもその喜び方ってどうかなって思うわ!?
いや確かに槍を避けた時に何かの感触はしたけどまさか木の槍先で髪の毛切れるとか!
ふと意識して見回せば地面に散らばるオレンジ色のか細い生糸たち。
おう、ほほう、成程、これはこれは確かに残骸がと頷くこと数秒。
(何がどうすればそんなことが起きるのォ!?)
せっかくゲームと異なる姿になって王国滅亡を避けようと決意したのにこの仕打ち、クルハの言葉を借りるけど暖簾に腕押し糠に釘、髪の毛に木の切っ先を突き刺しても普通は切れない。
なのに結果はこの有様、まるでお前の姿はボブカットが相応しいだろと言わんばかりの偶然が作用したかのような。果たしてこれは神の悪戯か──
──悪い予感を覚えた。
根拠のない、しかしゲーム世界に転生なんてトンデモを経験した立場なら思い至るべき可能性。
(まさかこれ、いわゆる「
タイムリープ物、過去改変物のフィクションでよく生じる現象。
意図的に歴史を変更しようとすると不可思議な力が働き改変が失敗したり、変えたはずの過去が似たような形に収束して大きな変更が許されないような辻褄合わせのことを指す。
わたしはこの世界を、ロミロマ2に似た世界を『戦争編』の無い結末に導こうと暗躍している。
しかしロミロマ2は二部構成が売りのゲーム。
もし世界の見えざる手が『戦争編』の起こる未来こそが正しい歴史だと認識し、わたしが歪ませた誤った歴史を修正しようとしているとしたら。
たかが木の槍で切れるはずのないもの、本来の姿と相反するわたしの髪を裁断し、元の形に近づけようとしているとしたら。
そんな可能性に思い至ったのだ。
(いやいや考えすぎ? でも有り得ない話じゃないかもしれない、まだゲームの本編始まってないし、変更できたって確信できたのはそれこそ髪型くらいだし!?)
結論は出せない、現段階で軽々に判断がつくことではない。
それでも万が一想像の通りなら、わたしに出来ることは何も無いかもしれない。手を尽くしても世界の流れに変化は起こらないのかもしれない。
全ては女主人公マリエットの行動に委ねられ、あの超難しく犠牲者多数となる『戦争編』を初回クリアしろとの無茶を押し付ける羽目に……
「そういうのやめてェェェェ!!」
「アルリー様の最新デザイン、変更要です
どこかやりがいのある顔でスケッチブックを埋めていくサリーマ様の声をトドメに姫将軍フェリタドラとの初イベントは終了した。
新たなる不安と切られた髪の一房でどの程度のポイントを稼いだかも判らぬままに。
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