10-09

「それまで。勝者フェリタドラ」


 一方的な遺恨が生まれたすぐ後のこと。

 頭痛の苗を植えた目の前で準決勝第2試合がつつがなく終了した。


 審判を務めるフレイス教員は姫将軍の勝利を告げただけで評価の言葉は発しない。何故ならここまで彼女の勝ち方は全て同じ形。相手と暫く打ち合った後、鋭い打ち込みで相手の剣を取り落とさせていたせいだ。

 いずれの試合も1分前後で終了していることからも分かる、最初の数合は相手に合わせて剣を交えていたのだろう。技量を見る模擬戦だとの前提を置いた礼儀で。

 相手が技術を披露する時間を割いた後、あっけなく刈り取られる形での決着。教員もこれだけの打ち合いで彼女の評価を出すのは難しいのだろう。


 敗者に評価とアドバイスを与えた後、フレイス教員は言い放つ。


「10分休憩の後、決勝を執り行う。今年度の入学生で現時点最高峰の模擬戦、応用班のみならず基礎班の諸君らも見学するといい」


 ただひたすら延々と校庭で走り込みをさせられていた基礎班の彼らには朗報かもしれない。体力作りは大事、走り込みは基本中の基本なれど単調さ退屈さはモチベーションを維持させず、身の入らない作業は効率を損ねる。


(まあそれ以前に脱水症状で倒れるような子もいるわけだけどォ)


 我が友の基礎能力向上を怒れる婚約者に任せて大丈夫かとの不安を感じていると、その本人が向こうから顔を出してきた。


「やっほーアルリー、決勝勝ち残ったー?」

「勿論。クルハこそもう動けるんだ?」

「ただの打ち身だからねー。アザはクッキリ残ったけど、ほらー」

「服をたくし上げない、はしたないから」


 贅肉なく鍛え上げられた綺麗な腹に刻まれた一文字ライン。青あざが痛々しいというべきか、それとも見慣れた光景と言うべきか。彼女との鍛錬の日々ではお互いに赤短青短猪鹿蝶が普通のことだったので特別痛々しく思うことはない。いや花札は関係ないか。

 しかし学園には上級貴族の子供も通う都合、上級の治療魔術師もいるだろうに痣を残した治療。力の入れ方が露骨ではあるまいか。


「やっぱり大事なのは体力だよねーたいりょくー、あと筋力」

「魔力も必要だと思う」

「それはそっかー、デッキーをどう鍛え上げてくれようー」

「初心者だから優しくしてあげて」


 ケルベロスも食わないふたりの関係、今のわたしに出来るのはせいぜいデクナが壊れないよう見守り祈るのみである。

 南無南無、この世界に仏教は無さそうだけど。


「それでアルリー、決勝の相手は誰さん?」

「大公令嬢フェリタドラ・レドヴェニア様よ」

「あの赤いヒトだよね! だと思った」

「まあそうだけど不敬罪で命が危ないから下手な発言は止めてね?」


 クルハの言わせると大公家の薔薇が赤いから3倍強いっぽい認識で怖い。ロミロマ2のキャラ特徴、髪の色分けと能力は関係ない、ないはずだ。

 そんな考え方をすると黒髪の女主人公マリエットは3人いることに──


「じゃああたしはオーエンしてるからアルリー頑張ってー!」

「あ、うん、ありがと」


 元気に手を振ってクルハは走り去った、きっとデクナの元に。

 脱水症状は水分と塩分を補給すればすぐ回復、というわけにはいかないので未だデクナは医務室に留まっているはず。逞しくも愛らしい婚約者は甲斐甲斐しく彼氏の様子を見に行ったわけである。

 お互いに口ではあれこれ言いながらも意気の通じた二人。


(あの尊さを守護らねばならぬ)


 そのための第一歩、姫将軍と会話しても許されるポジションの確立を為さねばならなかった。たとえどこぞの伯爵子息から恨みを買おうとも。

 ──というか予想以上に買ってしまったのはどうしよう。


「困る」


 クルハの弾んだステップとは対照的に、わたしの重い足取りは決勝戦に備えてグラウンドを目指した。


******


「これより新入生同士の模擬戦、決勝を行う」


 あくまで授業、模範演技扱いの場。大会ならファンファーレのひとつも盛大に鳴り響きそうなシチュエーション、しかし所詮授業の一幕に華々しさは存在しない。

 あえて言うならギャラリーが全て貴族、貴き血の後継である点か。

 彼らの多くにとって武術とは嗜みであってそれ以上ではない。それでも注目しているのは最も貴き一輪の薔薇が舞台を飾るからだろう。


 そんな中、一際異質なるギャラリーがひとり。

 武術の授業中である、本質的には戦闘の技術を積む場である。

 ──なのにスケッチブックを広げている淑女がひとり。


(サリィマ様ァァァァ……)


 生徒の幾人かもサリーマ様にちらちら視線を向けている、気持ちは分かる。

 しかしここで問うべきは彼女の奇行よりも誰も止めない周囲の反応かもしれない。

 少なくとも教員は咎めるべきではあるまいか、武術の向こう側にある写生大会の開催については。気付いていないはずもないのに元近衛騎士は顧みる気配もない。


(実績か、やはり実績がモノを言うのかしら、やっぱり結果を出してる人は強い!)


 上流の皆様にもファンを持つ立場が彼女に一定の自由を許しているとすれば、益々この場で結果を残す必要性に駆られる、心が昂ぶるというものだ。

 ──どんな絵が描かれているかはこの際気にしないでおこうと思う。


(あとでチェックはするけどね! ドゥーガン少年の醜態絵なんて描かれたらさらにややこしい事態になりかねないしィ!)


 白線を引かれただけの土舞台に上がるのはトーナメントの両極端。

 もっとも低い地位の人間が配置された左端と最高位の人物が置かれた右端。

 これを意図してフレイス教員が組んだのなら恐るべき慧眼、生徒の武力を完璧に見抜ける脅威の審美眼だ。

 でも多分偶然だろう、そこまで出来るなら技術確認の模擬戦を開く意味も理由もないのだから。


「両者前に」


 自ら望んだ結果が結実する。

 目の前に相対するのは大公家が誇る一輪の薔薇。自然な立ち姿が凛として冷えた華やかさを湛え、切れ長の瞳は力に満ちている。

 高貴な赤に王家の黄金を混ぜ合わせた美しさは完全に花開く前にもう完成してるんじゃないかというロミロマ2最高の美少女(公式設定)。


(とうとう来たわよ姫将軍、ついにこの時が!)


 ロミロマ2ファン目線と転生者視点で揺れる心を手綱引き絞り、どうにかこの世界で生きる者標準に傾ける。

 決勝には残った。

 こうして直接対戦の機会を得た。

 しかしまだ完遂ではない、一撃で負ける等の無様を晒せば目的は、彼女の目に留まる布石にして第一歩は達成できない可能性が高まるだろう。

 ──今こそ一目足ると見せ付ける時、なればこそ手を打つ。

 少しでも良い勝負となるべく優位に立てる手段をば。


「フレイス先生、これは決闘の予行演習というわけではないですよね?」

「無論だ。あくまで技術確認の模擬戦だが?」

「ならば武器を変更してもよろしいでしょうか?」


 1対1の戦闘形式、貴族なら決闘を想起するに違いない。

 しかしこれは決闘ではない、最初教官がそう明言したように模擬戦だ。


 ──決闘には様々な作法が存在する。

 その分かり易いひとつに「お互いに同じ武器を使う」というものがあった。

 例えばA氏がB氏に決闘を申し込んだ場合、B氏には使用武器と場所を決定する権利が与えられるのだ。

 決闘とは概ね申し込んだ側の名誉を賭けた戦い、相手の得意武器や有利な場所を容認した上で勝利するからこそ名誉の回復が為される、そういうものらしい。


(この仕様があるからこそ、プレイヤーキャラのマリエットは色んな武器を持ち替えれたのよねェ)


 第2部『戦争編』で敵将に一騎打ちを申し込む際、相手の爵位によっては決闘の仕様が採用されるケースがあった。

 その時に相手の武器に合わせてマリエットの武器も変更しなければならないのであらゆる種類の武器収集はゲーム攻略でもそこそこ重要なポイントだった。得意武器1本だけで戦い抜けるほどロミロマ2は優しいゲームではなかったのである。


(そこは優しくしろよ乙女ゲームゥ!)


 ともあれ教員に確認したようにこの武術初回イベントは決闘ではない。

 そうでなければあらかじめ準備された武器に様々な種類を並べる必要はなかった。どれを使ってもいいということは即ち、


「ああ、問題ない」


 フレイス教員もあっさりと武器の変更を認めた。

 それも当然だろう、彼は生徒の技量を知りたいと言ったのだ。ならば剣以外の武器を剣と同等以上に扱えるならばそれを確認したいはずで。


(そしてロミロマ2のシステムには武器習熟度は無い、武力ステータスを上げていればどんな武器でも使いこなせる優しいシステムだった!)


 心の昂ぶりを抑え付け、冷静に最後の一歩を踏み出す。

 これが通ればわたしの前準備は全て完了、完全無欠に終了を果たす。

 

「では、わたしは槍を使わせていただきます」

「了解した」


(勝った、第4部完!)


 流石に勝ったは言い過ぎかもしれない、それでも槍の使用は姫将軍に対して有利に運ぶことは間違いない。

 ロミロマ2の一騎打ちシステムでは距離や間合いの概念は存在しなかった。

 極端な話をすれば「ナイフ」と「弓」でも一騎打ちが成立し、現実ではありえない距離感の武器同士でそれぞれ交代で攻撃ターンが発生したのだ。

 この辺は実にゲームらしい処理だったのだけど、


(ここは現実に存在する世界、間合いを制するのがとても重要!)


 いわゆる剣道三倍段の法則が生きてくる。

 お互いの距離による前提があるとして、昔のヒトが言ったように戦闘なんてものは先に遠くから攻撃できる方が圧倒的に優位に立てるのだ。

 槍の間合いと剣の間合い、どちらが遠くに手が届くかは言うまでもなく、クルハとの鍛錬で試した時は槍持つ方が圧勝したので実証実験も済んでいるし、暗殺者騒動の時に心から実感したことである。

 真剣勝負に武器の間合いはとても重要だと。


 そして、そして。


(ロミロマ2の主要キャラは全員得意武器が決まってて、得意武器以外使わない仕様なのよねェ!)


 武器の種類変更はプレイヤーの分身たるマリエットの特権だった。

 例えば魔女ホーリエの得意武器は魔術増幅用の儀礼剣。シナリオが進むごとに良い武器に持ち帰ることはあっても武器の種類が変わることはない。

 それと同様に姫将軍フェリタドラの得意武器は正統派にして無難なる剣。


 薔薇十字の剣が彼女の特徴になっているように、剣以外を使うことはないのだ。

 ──まあその剣が『戦争編』では実に凶悪だったわけだけど。思い出したくない、火属性ランクS魔術と組み合わされた『紅蓮・薔薇十字の剣』の威力とか。


(ゲーム内では無茶苦茶格好良くて怖かったけど今はその性質を利用させてもらう!)


 剣を使う相手に槍で挑める有効性は上に述べた通り。ゲーム知識を下敷きにした選択は卑怯の範疇に入るような気がしないでもないけれどこれもノーマルエンドのため。

 ファン目線では薔薇十字の剣を体感したい欲を抑えての安全策だ、わたしも苦渋の選択をしているのだと理解していただきたく存じ上げたく候。


(これでわたしの槍が届く──ッ!!)


「ユニーク」

「……はい?」

「わたくしに忖度せず必勝を期する気概、まずは見事の一言」


(いえ、必勝を期したのは決勝進出であって決勝戦ではないんですが)


「その姿勢にわたくしも敬意を表しましょう」

「……はいい?」


 内心の本音が聞こえるわけもなく。

 姫将軍フェリタドラは優雅に、そして満足げに微笑んで。


「教官、わたくしも武器を持ち替えてもよろしいかしら」

「否という理由はありませんな」

「では流儀を合わせ、こちらも槍を選ばせていただきましょう」

「????????」


 この時この瞬間。

 わたしの優位を保証したゲーム知識と武器の間合いが消失した。

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