10-08

 はたして休憩時間の陰謀、或いは茶番など無かったかのように授業は進む。

 それで抱えた悩みも無かったことになればいいのに世の中は厳しい。数分前に発生した自動イベントの如き遭遇と別離が邂逅の刻を得た。

 要するに、何者も知れぬチャラ男先輩からすごすご逃げていった男と白線フィールドでこうして対面しているのだ。余韻も何も無きことよ。


「準決勝第1試合、始め!」


 相対するのはゲームで聞いたことのない現地伯爵家嫡男、ドゥーガン少年。

 既に呼吸が荒いのは興奮ゆえか、それとも自分の命令をスルーした無礼者を成敗してくれようとの身勝手な怒りゆえか。

 ──自力で成敗できる実力が無いからこその八百長命令だろうに。

 真っ赤な彼の様子とは関係ないところでわたしは脳を回転させている。


(さあ、どうしよう?)


 この試合、既に遺恨が発生するのは確定していた。

 姫将軍との決勝を望むわたしに負ける気は無いし、ドゥーガン少年の腕前を見る限り遅れを取ることは考えられない。

 譲れない理由が導く勝敗は伯爵家嫡男のわがままを粉砕し、結果としてわたしは恨みを買うだろう。どう考えても逆恨み、しかし当人にとっては正当な怒りとして。

 もはやお坊ちゃまから憎まれるのは避けられない。ならばと考えるべきは、


(どう勝てば恨みの強さを減らせるだろう?)


 先制を取るべく少年が動いた。

 視界の端にヒョロヒョロとヒョロ剣が迫る。我が友デクナの剣速に匹敵する、との表現は友人を怒らせるかもしれないけどそんな感じの攻撃だ。

 わざわざ受け止めるまでもない、ひらりと回避して思案を続行する。わたしはわたしの目指す平凡な結末のためにノーマルエンドを迎えたい、しかしその過程で厄介の芽は増やしたくないというかこれ以上育てなくないのも本音だ。

 秘めやかに、可能な限り穏便かつ隠密に全てを終わらせたいとなると、


(どう考えても派手に負かすのは悪手よねェ)


 ひょい、足を一歩下げることでヒョロ剣の間合いを外す。空振り後の硬直、クルハなら大ホームランをかっ飛ばしそうな隙を見過ごしつつもそれをやったら恨み骨髄だろうなと案を却下しておく。

 派手が駄目なら地味、しかし地味な勝ち方ってどんなのがあるだろうか。


(判定勝ち……大会なら勝敗は重要だけどこれ授業で模擬戦なのが問題ね)


 武道大会なら勝敗を決し、次なる試合の取り組みを決める必要性がある。しかしこれは個々の技量を測るのが目的の模擬戦だ。クルハとの長試合はやりすぎた程の激戦が功を奏したのかストップがかからなかったものの、万が一にも引き分けで勝者無しにされるのは困る。

 わたしは是が非にも姫将軍と戦いたいのだ。


(となるとやっぱり決着つけるのが望ましいんだけど、うーん)


 ひょひょい、連撃と呼ぶには物足りない速度の木剣を左右ステップでスカす。我が友クルハの肉体操作を駆使した『剛剣』と比べるまでもない、剣と腕の重さにヨタヨタ振り回された遅々なるぶん回し。


(連続攻撃、これもあまりよくないわね。何せ連続だもの、剣でぶっ叩く回数が単純に増えちゃう)


 彼が執念深い性格なら叩いた回数も記録、比例して恨みつらみを増大させるかもしれない。尊大にして傲慢、己の所業を棚に上げて自分の非を認めないタイプなら充分に有り得る。


(警戒するに越したことはないわね、却下)


 スッ、上半身を逸らしてヒョロ横薙ぎを通過させる。剣速の遅さに加えて相手の踏み込み速度や間合いが測れたので大きく避ける必要がなくなってきた。

 そんなことより勝ち方だ、叩く回数を抑えるなら一撃でしっかり勝敗を決めるのが良さげで与えるダメージも少なくて済むのだけど、


(一太刀で倒しちゃうのも相手が不甲斐なく見えるかしら?)


 時代劇のモブ戦闘、斬られ役の人達を相手取る将軍様的な。威勢よく斬り込んで来たところをバシンと叩いて画面外にハケさせる殺陣は見てる分には格好いい。斬られ役のさりげない退場の仕方も見所のひとつと言える。


(でも偉そうな彼がたった一撃で倒されることに耐えられるかと言うと怪しい)


 ひょいひょひょい、周囲からすれば軽くあしらったイメージ、わたしの方が大物に見えること請け合いだ。あしらわれた小物は実力相応の評価でプライドを大きく傷つけられたと恨まれそうだ、故にこれもお勧めできない。

 どうせなら出会いがしらの一発、ラッキーパンチ的な一撃で勝ちを拾う形の方が良かったかもしれないと思いつくも今更である。


(うーん、相手に花を持たせつつ勝つって難しいわ……!)


 前世のフィクション文化、サブカルチャーではどんな例があっただろうか。そして今の状況に借用転用できそうなものがあっただろうか。

 記憶を掘り返して思い起こせば幾つも出てくる辛勝例題。バトルものには必須の燃える対決結果だから当然といえば当然だけど。


(でもそういうのって宿命のライバルや強敵相手に発生するイベントであってヒョロ剣相手には向いてない気がする)


 弱敵相手ならどうするのが最善か、さらに思案を深く潜らせようとして


「……あれ?」


 さっきまで視界の端にちょこちょこ映りこんでいたヒョロ剣がスッと姿を消した。同時に意気を発して下賎を打ち倒してやろうと力んでいた気配すら感じ取れなくなる。

 ──まさか?


(擬態ッ!?)


 首後ろにひやりとした感覚が走り抜ける。

 まさかまさか、ここまでヒョロ剣が見せていたしょぼい剣閃は偽りの姿、わたしの油断を誘い一瞬の隙を突こうとする謀だったのか!

 思案を放棄、心の警戒レベルを最大限に引き上げて周囲を


「……あれれ?」


 程なく気付く。

 わたしの視界から外れること真下、随分と低い位置に倒れ伏したる少年の姿。

 ぜえぜえと息も苦しげに、剣持つ手も震わせて立ち上がることもままならない。いかにも行き倒れの如き疲労困憊の様相を呈した哀れな貴族令息の姿が。

 すわ何事かと現状把握に努めるよりも早く、フレイス教員が全てを語ってくれた。


「──それまで。勝者アルリー。見事な回避技術だったが少々過剰に過ぎたかもしれん」

「はい?」

「ドゥーガンは技量以前、空振りでスタミナ切れなど問題外。基礎班で鍛え直せ」


 フレイス教員の言葉が脳に染み渡るまで数秒の刻を置いて、


(………………空振りで体力尽きてダウン、ですってェ!?)


 あまりにも馬鹿馬鹿しい決着を声に出さなかっただけ耐えた、我慢できた方だと自分では思う。

 空振り、的を外して武器に振り回される行為。

 ──実はこれ、素振りや打ち込みよりも疲れるのだ。


 素振りは最初から腕を止める、武器を止める心構えで動いている。打ち込みも同様、対象との距離を測り叩いたところで動作は決着する。

 しかし空振りは違う、予想した地点で勢いが止まらず、武器の重さや動作に振り回されて体が泳いで前のめる。この勢いを慌てて止めようと余計な力を使い、体幹や足腰、武器振るう腕や肩、連動する全身に想定外の負担をかけるのだ。

 無駄な力と予定外の力、自分に不意を突かれた形でダメージを負う……要するに空振りとは小さな自爆といっても過言ではない。それを積み重ねれば、行き着く果ては目の前の醜態に至る。


 視界から消えたのは立っていられる程の力も無くして倒れ伏したから。

 気配が消えたのは怒りの興奮状態から疲労のあまりに消沈したから。

 試合中、わたしは決着の付け方を考えあぐねて回避に専念していた。そこを技術なく攻め立て続けてスタミナが切れた、ということらしい。

 ペース配分も自分の技量も見極められてなかったが故の自滅。


(元々の実力が無いのに圧力で勝ち上がったからこんなに──)


「……あ」


 急展開に放棄した思考思案、さて直前までわたしは何を考えていただろうか。

 恨みを買うのは必至、ゆえにどうすれば恨みの量を減らせるか、無様な形にならないよう負けさせるかに頭を悩ませていたはずだ。


 ではここで問題です。

 一度も剣を交えることなく回避され、スタミナ切れで倒れ伏し、教員から出直せと面罵された目の前の敗北者の心境や如何なるものでしょう?


「──この屈辱、忘れんぞ」


 息も絶え絶え、顔を伏せたまま。

 臓腑より搾り出したどす黒い血のような声でドゥーガン少年が呟くのを聞いた。


 いやいやいや、それおかしくない!? わたし悪くないでしょ!?

 みっともなく倒れたのはあんたの自滅でしょ自爆でしょォォォォォ!?!?!?


******


 大袈裟にも担架で運ばれていく燃料切れ少年。

 怪我ひとつしていない、どこを打たれたわけでもない、呼吸を整えれば立てそうなところを甲斐甲斐しい周囲の過保護ぶりがみっともなさに追い討ちをかけているのはわたしの責任ではないはずだわたしは悪くないはずだ。


(それでもあの手の奴が恨むのはわたしになるんだろうなァ……)


 ため息をついて悩みの果樹園に種ならぬ苗を植え込んでおく。この苗は活きが良くて成長が早そうだ、なんとか早めに伐採したい。

 ともあれ済んだことは済んだこととして今は忘れようと思う。わたしにとって重要なのは近未来の逆恨みよりもこの直後に起こるイベント。

 ──わたしの視線の先で薔薇十字の剣が閃き、対戦相手の木剣を弾き飛ばした。


「それまで。勝者フェリタドラ」

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