10-07

「貴様、次の試合では俺に負けろ」

「嫌なこったです。では失礼」


 予想通りの展開に返事を添えて会話を終える。

 わたしに譲歩の意志がない以上は何を話しても平行線、用件はこれで済んだだろうと棒立ちする彼らの横をすり抜けて、


「ちょ、ちょっと待てよ!」


 数秒後に再起動を果たしたドゥーガンなる少年がわたしの手を掴みにきたのでひらりと避しておく。勢い込んだ行為がスカされたせいか前のめりにたたら踏むのは体幹が弱い証拠だろう。

 まあ伯爵家の長男ともなれば剣を握って前線に出る機会はまず無いだろうから特におかしい話ではないのだけど格好はつかない。


(あれに負けろって言われたクラスメートは可哀相)


 空回りするお坊ちゃまを置き去りにツカツカ歩くわたしの前へとすかさず回りこむのは彼の率いた護衛とメイド。進路妨害以上の何をするでもなく主人の復帰を待つ姿勢、忠誠心の高さは評価するけどわたしを巻き込まないでいただきたい。


「……貴重な休憩時間をこれ以上無駄にさせないで欲しいんですが」

「お前、分かってるのか? この俺は伯爵家の嫡男、弱小男爵家の女が口答えしていい存在ではないんだぞ!」

「うーん、これはこれは」


 この自分が偉いと確信している立場からの居丈高さ、今日に至るまでバカボン3人衆から何度か味わった不快な感覚をなんとも懐かしい気分に浸る。

 ──ただし、こうも直視できる距離になると以前の体験とは細やかな味付けが異なることを理解も出来た。


(この彼とバカボンは似てるようでちょっと違う感じがするわ)


 ほとんど利益のない関係ではあるが、まるで宿命のように関わる因縁を背負ったバカボン3人衆筆頭ことソルガンス・イルツハブ。

 わたしが思い浮かべる駄目貴族代表、権力を笠に来て他人に偉そうぶるキャラといえばまず彼を連想せずにはいられなかったわけだけど。

 こうして対比対象を得た今でならより細かい分類が可能、両者にある細やかな違いをも比較できるようになった。


(バカボンのは、そう……あれは幼稚さから出たものだったのねェ)


 我が友ランディをイジメていた連中、異国出身者に対して身分差を盾にした卑劣な行い。前世のメディアに登場する傲慢貴族の有り方そのものだと思っていたのだけど、本物が現れたことで少々見方が変わった。

 ソルガンス一行のやらかしは無知なるが故の状況。知識浅くただ自分の方が偉い、強いとの子供じみた理解が発した結果。

 無論それで許されることではないし正当化されるわけでもない、加減を知らない行為が凶悪な犯罪に発展することも珍しくない。しかし根っこはまさしく「バカのやったこと」、他人の痛みが分からない想像力の無さ、未熟さが為させたこと。

 バカが己の所業を心から反省するかは定かではない。それでも成長につれ欲望のままに動く愚かしさは学んで鳴りを潜める質のものだ。


(心身に味わった痛みで少しは性根が真っ直ぐになるといいのだけど)


 しかし、ドゥーガンと名乗った伯爵家長男は無知なる幼稚さの先にいた。

 彼の行いはイジメのような無自覚な悪意の場所にない、本当の意味で地位を笠に着て弱者に、身分低い立場の者に逆らえないだろうと命令を下している。

 一言でいえば専横。

 伯爵家の権力をちらつかせ、恣意的乱用による横暴を働いている彼の態度こそ本物の傲慢貴族であろう。


「やってることは小物ムーブそのものなのに」

「何の話をしている」

「それはともかく八百長はお断りしたはずですが?」

「ハ、何を勘違いしているのだ、お前は?」


 交渉の余地無しとの主張に対し、袖にされながらも未練がましいしつこい汚れもとい令息は見下す態度で余裕ぶりながら笑う。


「俺は命令しているのだぞ?」


 彼の言葉と同時に剣呑な気配が漂う。発生源は最初わたしに声をかけてきた護衛なる青年、そして彼と同じく少年に付き従い仁王像を形成していた男性。

 確かな威圧感に納得する、最初から腕ずくも辞さないつもりだったのだと。


(そこまで姫将軍との接点が……いや、欲しかったんだろうなァ、分かる)


 ウチの身近なトップ、セトライト伯爵の評判を知れば推測できる。

 姫将軍のデビュタントを取り仕切った、この一点で伯爵の声望はうなぎ登り。次なる侯爵は彼だとの無責任な噂がわたしの文通ネットワークからもあちらこちら見知ることが出来たほどだ。


 いわゆる陞爵しょうしゃく、爵位の格上げは上が詰まっていればなかなか叶うことはない。しかし何事にも例外はあり、戦争が国家利益に繋がるロミロマ2世界ではその例外は常に起こり得るといってもいい。特別に功労が認められれば推挙などという話は誰もが夢を見るものだ。

 王族との関係と血の濃さから準王家とも称される大公家、上を望む貴族なら是が非でも接触を果たしたい相手なのだろう。

 この行動も彼自身の欲望でなく御家の指示に従っているだけかもしれない。


 ──だからとて、譲るつもりは全くない。

 そちらが未来の栄達を夢見て邁進するとすれば、こちとらわたしと親しい周囲の幸福な未来がかかってるのだ。

 王国滅亡バッドエンドの回避は結果的により多くが救われるかもしれないが、そこまでわたしの心も器量も大きくない。身近なところを救えばついでにもっと広くいいことがあるかもね、その程度の認識でわたしには充分、戦うには充分なのだから。


 よって大義が云々を言うつもりはなく、彼らの野心とわたしの欲目で衝突は避けられない。


(でもなァ)


 譲れない願い対決の必要性は理解しても、この唐突に発生したバトルイベントそのものに関しては少しばかり愚痴りたくもなる。


(なんで乙女ゲームの世界観で不良漫画みたいな対決しなきゃならないのかなァ!)


 入学したばかりの学園で「お前が気に入らない」的な理由で即ガチンコ、とてもではないけど乙女要素を欠如しすぎと言わざるを得ないのではあるまいか。

 確かにロミロマ2は乙女ゲームとしてアレな設定やシステム、ウォーシミュレーション要素が満載のスタッフ暴走ゲームだったけど、それでも第1部はまだ真っ当な学園物だったはず。


 なのに目の前の現実はどうか。

 血気に逸った上の命令でわたしを取り囲み、そのままボコろうとする配下の者たち。このまま1年生を支配する番長を決めるような流れではないか!

 まだ出会い頭にぶつかって「あなた妹になりなさい」の方が許容範囲。なのに現実は。


(おかしくない!? マリエットですら序盤はこんな展開やってなかったわよ!? それとも没られたアルリーには外伝的な学園君臨系バックストーリーが用意されてたっての!?!?)


 真相を知る術はない。

 ただひとつ言えることはここで彼らにボコられるわけにいかないこと。怪我でもさせられれば模擬戦に不利、もっと酷ければ棄権させられる憂き目にすら合いかねない。


(見たところ、ヤバそうに見えるには仁王のふたり。切り抜けられるか──いえ、やってみせる!)


 手練らしき相手2人に無傷で勝利する、そう覚悟を決めた時。


「おやー、誰かと思えばドゥーガンじゃないか。ナンパかい?」


 衝突寸前の荒んだ空気とは縁遠い、どこか甘ったるさを乗せた呼びかけがこの場に満ちた雰囲気を霧散させた。

 何者かの割り込みに一番豹変したのは偉そうさを極めていたドゥーガン少年。それまでの悪い貴族らしさ満載だった表情が、まるでいたずら現場を見つかった悪ガキを彷彿とさせる顔色の変化を見せて声の方に向き直る。

 空気を壊した声の主は知らない顔、髪色を紅葉とも枯葉ともつかない複雑な色合いで染めた男性。印象を一言で言うならばチャラい雰囲気をさせた青年だった。


「る、ルボアル様!? ご、ご機嫌麗しく!」

「んー、気分は悪くはないけど良くも無いかな。昼寝してたのにヒトの気配で目が覚めたから」

「そ、それは僕達のせいかもしれません、失礼しました!」


 見た目の印象と違わず、どこか気さくさを醸すチャラ青年。しかしそのチャラ青年に傲慢少年がむっちゃ低姿勢で頭下げていた。ルボアルなるヒトが何者かは分からないけど、フランクな雰囲気に反して爵位が上のヒトなのは読み取れた。

 尋常ならざるへりくだり方、権威をふりかざす輩ほど上の者にはひたすら弱いからして。


「でー? ナンパにしては大袈裟っぽいけど、何してたの?」

「い、いえ、なんでもありません! 僕達は失礼します!」

「そうー? じゃあまた今度ね」


 まるで逃げるように、いや実際逃げたのだろう、ドゥーガン少年は一隊を引き連れて足早に視界から消えていった。見事な引き際に何かを問う暇もない。

 かくしてこの場にはポツンと佇むわたしと謎のチャラ男青年のみ。


(わたしも頭下げて立ち去った方がいいのかしら)


 おそらく爵位がかなり上の人物、伯爵以上となれば粗相なく場をハケるのが無難かと思い立ち、


「いやー、あいつが迷惑かけたみたいだね」

「え?」

「あーいう時のコツを教えとくよ、誰か先輩を頼ればいいんだ」

「え??」

「だーいたい紐付きで逆らえない偉いのが引っ掛かるからさ」

「あ、あの?」


 わたしが何かを言うよりも早く、チャラい青年はウインクを残して建物の方に歩き去っていった。呆気に取られ、急展開に置き去りにされたわたしの脳が再起動した頃には現場に取り残された少女ひとり。

 身勝手に絡んできた傲慢クズが勝手に逃げ出してイベントは終了しました。


「……本当になんだったのかしら」


 とりあえず対処すべき優先順を考慮して現実に立ち返る。眼前の危機は去った、しかしただの先送りに過ぎないのも分かっている。

 どうせこの先、数分後にはドゥーガン少年と直接戦う羽目にはなる。だからこそ次なる問題の解決策を見出さなければならない。


 即ち「どういう勝ち方をすべきなのだろう?」。

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