10-06

 友人クルハとの激闘を制したわたしが腹痛(物理)に苦しむ友人を医務室に送り届けてグラウンドに戻った頃には、高まりすぎた熱気もすっかりと冷めていた。

 今も剣を向け合っている2人は1回戦よりはマシな競り合いを続けるも両者に必死さを感じることはない。


「ま、わたしほど必死になる理由はないだろうしね」


 むしろ大会でもなんでもない、教員が受け持つ生徒の技術レベルを知りたいがために行われた身体測定の延長線。栄誉も名誉もかかってない場だ、ただ戦えるとの理由だけで全力全開だったクルハの方が変わり者なのである。

 理屈を超えた難敵を不慮の事故で下した後は、もはやわたしの決勝進出を阻む者はいないだろう。消えない疲労感と充足感、安堵の混ざったため息をついて


「やあ、正直やりすぎだったと思うけど凄い激闘だったね、君」

「その凄い相手と3回戦で当たるわけですが覚悟はよろしいか」

「お手柔らかにね、君……!」

「2回戦にかかった時間を巻くつもりだからそのつもりで」

「君!?」


 馴れ馴れしく話しかけてきたヒダリーは何故かごついガタイに相応しくない震える口調で応じたのだった。


 ──ちなみに28秒で倒した。


******


 引いては寄せる白波の。

 模擬戦トーナメントの注目度には一定の波があった。試合が進むにつれ注目度が下がって潮が引き、姫将軍フェリタドラの出番が来ると一挙に大波となる。

 なので姫将軍の試合が終わった直後、2回戦の第1試合も始まる前からそこそこの注目を集めたりしたのだけど、ひょっとするとそこで繰り広げた激闘は少し観衆の関心を集める影響を残したのかもしれない。

 見る分には楽しいだろうから、派手派手バトルというものは。


「だとすると3回戦を楽しみにしてたギャラリーには悪いことをしたわねェ」

「……不甲斐なくて済まないね、君」


 次の試合、勝者がわたしの準決勝相手となる試合を観察していたところに敗者がやってきた。暗い表情をしているのは肉体的理由よりも精神的なものだろう。


「わたしは楽に勝てたんだから気にしないわよ」

「益々肩身が狭くなるよ、君」

「今が広すぎるのだからちょうどいいのでは?」


 所在なさげな幅広ゴーレム体型、といっても背はそれほど高くないので巨体とは言い難いヒダリーを慰める義務もないので切って捨てる。

 それに周囲からすれば拍子抜けしたであろう試合も当人同士にはメリットがある。疲れないし怪我もしないのだ、今後を見据えたわたしには大事。

 デメリットはせいぜい負けた側のプライドに傷が付くこと、面子を潰す勝ち方では後に御家の関係悪化に繋がる可能性はある。それでもヒダリーは2回勝ち抜いた後、表面を取り繕うのは難しくないだろうし、


「別に仲良くなる必要ないものね?」

「……回答は控えさせてもらうよ、君」


 同じセトライト派閥の下級貴族に属する身同士、しかし彼の上役や同僚とは直接的間接的に何度も対立した関係。それを踏まえてすっぱり切り込んだわたしよりも口を濁した彼の方が大人といえるかもしれない。

 屈強な背中を丸めてとぼとぼと去っていくヒダリーに関心を無くし、わたしが目を向けるのは目の前の試合だ。


「今のわたしに大事なのは次も楽に勝つための敵情視察に尽きる」


 準決勝の相手を決める模擬戦、わたし達が無駄に雑談をしていた間も続けられていたそれは未だ決着を見ない。3回戦にコマを進めた者同士、1回戦などに比べて技巧者が勝ち進んでいるはずなので実力伯仲な好試合が繰り広げられている──のならまだ良いのだけど。


「……なんだこの煮え切らない試合?」


 わたしもまだまだ修行中の身、一目で他人の技量を見抜けるなどと言うつもりは全くない。それでも実際の戦闘の様子、手捌き足捌き体捌きを見ればどちらが強いか程度の当て推量は出来る。

 その上で試合の経過を見た感想が上のものだ。

 強いはずの側が攻め手を欠いて、弱いだろう方が一方的に攻め立てている。

 勿論守っている側、強い生徒が防御の技量をフレイス教員に見せ付けたい、という理由も考えられなくはないのだけど。


「ああ、忖度かァ」


 トーナメント表を見返し、試合の様子を見直してそう結論付けた。トーナメント表にはご丁寧に家名や爵位まで書いてくれているので関係性が見え易い。

 どうやら強い側が子爵家の次男、弱い側が伯爵家の長男。ともなれば実力以外の要素が見え隠れ、いやはっきり見えてしまうというものだ。


(上下関係でわざと負けろって圧力かけた感じね。既にかなり白々しいけど)


 面子大事の貴族社会、そういうことも少なくなかろう。

 ──ただし。

 この模擬戦は大会に非ず、勝ち抜いても武門の誉れには無縁が過ぎる。単純に得られるものは同期の生徒達に個人の武勇を誇れるくらいだろうか。

 にもかかわらず、そこまで無理して勝ちたい理由があるとすれば。


(わたしと似たような欲が働いていると)


 大公家の薔薇にお近付きしたい、覚えよくありたい。

 その気持ちは分かる、とても分かるけれど。


 ヒョロヒョロした剣が子爵家の少年に命中し、しょっぱい試合の終わりを告げた。まるで熱気の無いギャラリーの様子に気付いているのかいないのか、勝ち名乗りを上げている偉そうな少年。

 政治力で勝ち残ったヒョロ剣の快進撃は彼を準決勝にまで進ませた。

 でも、まあ。


「あれになら問題なく勝てるわね。油断も慢心もせず確実に倒すようにしよう」


******


 その後、上級貴族ゾーンの準決勝進出生徒も順当に決まり、再びのインターバルとなった。わたしはクルハの様子を覗いてグラウンドに戻ろうと、


「ちょっと待ってもらおうか」

「……はい?」


 見知らぬ顔に呼び止められる。

 体格のいい、とても新入生には見えない顔つきの青年が腕組みをして待っていた。社交スキルの一環で可能な限りヒトの顔を記憶する努力を重ねたわたしにしても知らない顔、知らない相手。


「ドゥーガン様、この女です」

「うむ」


 はて誰だろう?と思案の終える前にあちらから答えを出してくれるようだ。

 青年に応じ、お供を連れて姿を現したのはそこそこ整った顔の少年。顔つき若く、血色もよろしいお肌はいかにもお金がかかってそうな雰囲気を放っている。

 そして何より覚えあるのは、


(あ、あのヒトさっきのショボい試合してたヒョロ剣だ!)


 勝った方が次の対戦相手だからと真面目に観察していたのですぐに思い出せた。悪い意味で印象深かったのもポイント高い。

 見た目は悪くない、だけど左右をいかつい仁王像に守られたヒョロ剣の少年。

 ──なんだかバカボン3人衆を彷彿とさせる構図だ。せっかく本物とは距離を開けられたというのに類似品が顕れるとは!


「それで何か用でしょうか」

「貴様、無礼だぞ! こちらはコートラド伯爵家の嫡子、ドゥーガン様にあらせられる。口を慎め!!」


 ヒョロ剣の側に控えていた男が喚き立てる。彼もまた学生には見え難い服装でおそらくは使用人のひとり、有能とは思えない悪手を打ったので執事職には無いだろう。

 執事とは有能か規格外かの二択しかありえない存在なのだし。


「いや、そっちの声がけしてきた護衛のヒトに話しかけたんですけど? むしろ男爵令嬢に話しかけてきたあなたの身分をお聞きしても?」

「ぐ……」

「まさか使用人ということは無いでしょうね、そんな人間を雇った側の顔に泥を塗る行為ですもの」


 貴族社会の鉄則、身分の低い者が高いお方に話しかけるのは無礼。この鉄則を破るのは貴族本人よりも周囲の御付にありがちだ。

 追従が過ぎるため、そして上司が偉いからと自分も偉いのだと勘違いする虎の威を借る狐が多いがゆえに。


(ミギーくらいまで有り得ないほど居丈高になると勘違いを通り越してオレ様キャラで作られたからとしか思えないのが本当に面倒くさい)


 内心で全く別のことを考えながら、努めてお貴族令嬢ロールでやらかしたバカを痛めつけておいた。こと社交において部下の失策追及は相手の譲歩、会話のアドバンテージを得るのに有利なのだ。

 相手がとても友好的に見えないならば尚のこと。

 ──益々バカボン3人衆との対立構造再上映で憂鬱さが増す。


「……よいよい、下がれ。俺が話す」

「ドゥ、ドゥーガン様!」

「下がれといった。去ね」


 抗弁しようとした部下、失策を犯した使用人は雷に打たれたように身を震わせ縮め、頭を下げたまま足早に舞台から退場していった。

 おそらくは使用人の座からも退く運命だろうけどそこまで彼に興味は無い。


「改めて名乗るとするか。俺はコートラド伯爵家のドゥーガン、貴様と同じ新入生ということになるな」


 口調からして全く同じだと思ってない自己紹介を聞きながら思った、知らん名前だと。

 トーナメント表で家名は確認していた、次に当たる相手だからと記憶もしておいた。

 しかし、ロミロマ2にこんな名前の貴族がいた覚えは無い。

 セトライト伯爵派閥のわたしが関わるはずもなければ大公家にこんな家名の伯爵が属していた覚えすら全くない。


(またゲーム外の現地人か、まったく現実は社会や人間関係が複雑すぎるゥ)


 現状、わたしの最大の目的は女主人公マリエットのノーマルエンド到達。

 そのためにはゲームキャラの動向を掴んでの介入行動が必須なのだけど、ゲームに登場しなかった人物との接触があれやこれやと増えていく。

 社会とは無数の無名の人物から成っているのだから当然なのだけど、揃って面倒ごとを持ち込まなくてもいいのでは? とは思わなくも無い。


 ──そう、正直にいうと既に彼らの用件には気付いていた。

 知らない伯爵家、派閥も違えばゲームにも出てきた覚えなく、ここまで全く接点の無い家名の貴族嫡男様がこうして直接やってきて用向きを伝えにきたのだ。

 3回戦のヒョロヒョロ戦闘、実力で勝てるはずもない戦いをヒョロ剣で制したことからも充分に予想できた理由。

 三度やったことなら四度目もやるだろう要求。


「貴様、次の試合では俺に負けろ」

「嫌なこったです。では失礼」

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