10-05

 かくして第2回戦、第1試合は幕を上げる。

 対戦者はついぞ今まで雑談を交わしていた友人クルハ・ストラング、幾度となく剣を交えた対戦成績はおそらく五分ライン。

 大望の難敵と化した彼女の揮う剣を一言で表現するならば。


 『剛剣』である。


 休憩前の一試合、姫将軍フェリタドラが行った試合に比べればまるで熱視線を感じない中央部に立って剣を構える。

 対するクルハは剣持つ手をだらりと下げる無形。剣術の型を感じさせない自然体、一見やる気の無い体勢だ。

 ──とんでもない。

 彼女は、我がバカ友はいつも以上にやる気に満ちている。

 ともすれば殺る気に満ちている!


「よし、2回戦第1試合、始め!」


 開始の合図と共に地面が揺れる。

 いや、そんな感覚が空気を伝わるほどにクルハが大地を踏みしめ、蹴飛ばして間合いを詰めたのだ。

 無造作に、強引に。

 圧倒的に!


「ぜいやー!!」

「ふッ!」


 ぶうんと音を立て、空気を破砕するような音を引き連れ木剣が通過する。体を横に流してギリギリで回避した余波が頬を撫でていく。

 的を外した剣が地面を叩き、土と粉塵が舞い上がる範囲から二歩三歩とステップを踏んで退く、間合いを取って剣を構え直した。


 突進しての打ち降ろし、開幕からの一撃は1回戦のそれと全く同じ構図。

 だが結果はどうか。

 瞬時に終わった試合と異なり、先の一撃は大地を穿ち眠たげなギャラリーの目をも覚ます轟音にして雷鳴となった。

 尋常ならざる初撃で周囲を震わせた本人は激変した雰囲気を気にした風もなく、いつもの調子で語りかけてくる。


「あれー、巻き上げは狙わないのー?」

「嫌よ、下手すれば手首を壊されるから」

「大袈裟おおげさー」

「過去に2回折れたんだから大袈裟じゃないのよねェ……」


 クルハの剣を評するならば『剛剣』である。

 そのココロはあらゆる障壁を無視し、防御の道理すら突破する剛腕の剣。


 ロミロマ2世界での魔力は魔術発動のみに使われるわけではない。

 魔導機械の動力とする他、己の肉体に巡らせることで身体能力の強化、肉体強化にも用いられる。これを使いこなせれば漫画のような超パワーを発揮することも適うのだけど、普通は使い勝手のよさ、汎用性を考慮して魔術を併用して修める。


 しかし我が友クルハは魔術の勉強そっちのけで肉体強化に時間を費やした。

 彼女の父親や婚約者も半ば黙認した結果がここにある。


 下手打つと防御ごと、武器ごと粉砕される剛力無双の剣。

 未だ発展途上、成長の余地をも残す恐るべき『剛剣』だ。


「じゃあ次々いくよーアルリー!」

「こないで欲しいなァ!」


 力任せの剣、この表現では粗野にして技のない、取り回しの利かない隙だらけの素人剣術を想起するだろう。

 半分は正解である、確かにクルハの剣には技巧的な要素は少ない。フェイントや急所狙い、武具の隙間を貫くような小器用さを欠いているのは間違いない。

 ただし半分は誤りである。

 彼女は、クルハは自分の力に振り回されない。


「ちょいさー!」


 見た目以上の重さで揮われる剣を片手間に受けてはわたしが壊される。そのせいでクルハ相手の戦いでは防御を完璧にこなすか完全回避の二択が迫られる。半端な防御は攻撃を受けたのに等しいからだ。

 防御を固めれば受け止めることは出来る、挨拶代わりの不意打ちをそう対処しているように。

 しかしこれは試合、勝敗を決しなければ終わらない戦いに攻撃は欠かせない。そして万全の防御姿勢からの反撃は難しい、ならばクルハ相手に勝ちをもぎ取るには回避こそ重要。

 ギリギリで攻撃を避けての隙を突くのが常道なれど。


「なんとー!」

「うぐわッ!」


 回避後の追撃どころかさらなる回避を強いられる。

 強く振り抜かれたはずの剣が跳ね返ったように戻ってくる。あるべきはずの停滞、空振り後に勢い余って泳ぐ体、攻撃の重さがアダとなって生まれるはずの隙がほとんど無いせいだ。


「相変わらず無茶苦茶してるよねクルハァ!」

「だって楽しいからさー!」


 大振り特有の隙、すぐに切り返せない・剣の重さや反動に立ち直れないような隙撃を彼女は作らない。鍛錬に次ぐ鍛錬の末、類稀なる肉体操作の技術でクルハはクルハ自身の体を完全に制御している。

 空振りや大振りで流される体、重さに負けて即時に動けないはずの体を魔力で強引に、剛力で引き戻し再起動させるのだ。


「でもそんな調子だと後が続かないんじゃないの!」

「後のことは後のことー!」

「言うと思ったァ!!」


 勿論負担はあるという。

 隙を殺す急制動には本人も無理矢理体を動かしていると認め、バラバラになるような衝撃と隣り合わせ、消耗も激しいと事もなげに話してくれた。

 それに魔術、攻撃防御支援妨害を容易く行える術を行使されれば進撃を阻む方法が無数に生まれるのは言うまでもなく。


 彼女の抱える課題はペース配分と負荷、消耗を減らす魔力コントロールの向上や力の使い時を見極めること、そして魔術対策全般。

 これらがクルハの欠点であり残す成長の余地──上記の指摘はデクナやわたしが口を酸っぱくして行っているのだけど、芽が出るのはいつになるのやら。


「でも今日ばかりは絶対に勝たせてもらうからッ!」

「ふふふん、甘いあまーい!」


 僅かな隙に放つ高速の三連突きが防御される。クルハの肉体制御は防御にも応用が利く、正確無比に動く体は守りたい箇所を的確に埋めるのにも作用する。

 穿たれる穴、わたしが穿つために狙った剣先を木剣の腹が受け止め、堰き止めると同時の速い反撃が来る。

 ──ただし、それはわたしも承知の上。

 クルハの特化した肉体制御は体が無事な間、魔力が保つ間ならば意識できる範囲で即座に防御を可能とする高性能。


(……なら意識できない位置からの攻撃をするまでよ)


 攻撃を受け止めた直後に揮われた反撃の返し剣は来る方向が読み易い。防いだままの角度を変えず、わたしとクルハの位置関係も変わらぬままに振るわれるからだ。

 どんな反撃の太刀が来るか、回避ではなく先読みで動く。舞うように踊るように、クルハの視覚から消えるように。

 町中で、道端ですれ違った見知らぬ他人に意識を置いたりしないように──


「うわわわー!?」


 クルハが大きく飛び跳ねた。

 固唾を呑んで戦いに見入っていたギャラリーも突然の奇行に驚いたことだろう。

 それまで竜巻の如き剣を振るい、巻き込む全てを打ち倒さんとした剛剣の主が素っ頓狂な声を上げて後方に飛びずさったのだ。

 それまでの果敢な突撃を止めて退いた、はたして何が起きたのか被害者たるクルハ以外には分かり辛いかもしれない。


「もうッ、またアルリー消えたー! 本当それ気持ち悪いー!」

「友達に気持ち悪いって言うない」

「だって、だってそれユーレイみたいだもん! 気持ち悪いよー!」

「流石に連呼されると凹むからやめてね?」


 他の生徒たちにはわたしが単にクルハの左側へと回り込んだだけに見えただろう。

 ただしクルハには、わたしが突然姿を消したように映ったのに違いない。

 ──彼女はわたしの剣から、わたしの剣の性質を知るが故に、どこから来るか読みきれない攻撃の範囲から外れようと大きく逃げたのだ。


******


 わたしの切り札、最強の鬼札「転移魔法を使った暗殺技」は敵の死角に跳ぶ技だ。

 ならばこの特性を活かすには対する相手の死角、視界や武器の間合い、感覚器や意識から外れた場所を深く理解することでより強みを発揮する──そう思い至ったわたしは務めて「他人の死角に滑り込む」体術を磨いた。

 これは後に「知られずマリエットとヒーローヒロインの起こすイベント介入にも役立つわねェ」との有用性にも気付くことになるのだけど、


『例えば人間の視界は見えている範囲に限りがございます。しかし右側を意識して見ている時に左は疎かに、そして行き交う他人の姿かたちを気にしないように、視覚が情報を捉えていたとしても気を置かない事柄であれば意識することもありません』

『成程』

『ヒトの死角とは感覚的、心理的の双方にございます。そのことをお忘れなく』


 魔法に頼らずとも敵の手が届かない、目が届かない、意識が届かない位置に踏み込んで身を置く術、普通に相対しているのに突然目の前から消えるが如く立ち回り方を学び、立ち合いにおいても実践できるよう鍛錬を積んできた。


『流石はお嬢様、今以上に慎ましくも地味に己を埋没されることを望まれるとは』

『それ褒めてないよね?』

『いやいや、某感服致しました。きっと優れたシノビとなられるで候』

『暗殺者になりたいわけじゃないんだけどなァ……』


 セバスティングとセバスハンゾウ協賛の結果。

 わたしは眼前の相手からも姿を消す歩法、視界に居ながらも意識の外へと逃げ去る技術を身につける努力をし、一定の成果は得られているものの万全には程遠い。

 今の場合、視界からは消えることが適っても意識されたままの状態、つまり「死角に潜り込もうとした」ことがバレているために逃げられるのだ、クルハが大きく飛びずさって距離を置くように。

 荒れる竜巻が吹くままに潜伏し剣を突き通すにはまだまだ動きが不自然なのだろう。


『例えるなら「幽剣」と言ったところか』

『えー』

『クッパが「剛剣」なら「柔剣」の方が通りも良さそうだが、君の剣は柔らかいどころか手応えもなさそうだからな』

『そーだよ! ユーレイみたいで気持ち悪いもん!』

『言い方』

『しかし君の行き着くところは本当に暗殺者じゃないんだろうなアルリー?』

『言い方ァ』


 真っ向戦いながら突如として相手の認識から消失する戦闘スタイル。

 この技術をクルハとの鍛錬で披露した時、今と同じように大不評を買った思い出が蘇る。いやそこまで嫌わんでもいいんじゃないかと……


「んもう! 本気なのは分かったけどー!」

「かなしみ」


 動の剣と静の剣、反射動作と思考思案、どちらも未完成のままにぶつかり合う。

 時に噛み合い、時にすれ違っては離れるを繰り返す熱闘はまるでダンスのように激しく立ち位置を入れ替えて、有り様が正反対ゆえに決着は一瞬でつくだろう。

 荒れ狂う渦巻きに揺られる小船、相手を飲み込むか潮の流れを読みきって難なくやり過ごせるか。

 これは先にダンスステップを誤った方、大きな失敗をした方が負けになる戦い。


「ちぇすとー!」

「なんのォ!」


 間合いを広げたわたし達が何度目かの近接状態に移る、その時。


「フレイス先生、ミスタ・デクナが脱水症状に」

「デッキー!?」

「あ」


 どごっしゅ。

 外野から聞こえた誰かの報告に動揺し動きを止めたクルハの隙、反射的に攻撃してしまったわたしの胴薙ぎが思い切り彼女の腹にめり込んで。

 最大級の長期戦となった第2回戦第1試合はわたしの勝利に終わったのである。


 ──しかし。


「~~~~~!!」

「ごめん、ごめんてクルハ。でも気を緩ませたクルハも悪いんじゃないかと」

「~~~ッ! ~~~~~ッッ!!」

「うんそうね、体調管理の甘いデクナが一番悪いね……」


 これも勝利の代償か、それとも最後の最後でケチのついた決着の反動か。

 気が抜けたところに木剣の直撃を受けたお腹を押さえ、悶絶するクルハの面倒を見ることになった。虚を突く一撃はタフネスの耐久力を凌駕するのだ。

 クルハの蓄えた苦しみは授業終了後のデクナに猛抗議の形で跳ね返ることになるが、それはまた別の話。

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