10-04

 模擬戦闘はつつがなく進む。

 元より闘技場や武道大会に通じた祭典でもないのだ、観覧者などおらず淡々とこなされる作業は身体測定の雰囲気に似ている。

 医務官に呼ばれて身長測定器や体重計に乗って数値を確認すれば終わり。切り結ぶ闘士たちを応援し熱狂を起こす観衆がいなければそんなものかもしれない。

 大半の生徒にとっては是が非にでも勝ち抜く意義のない、自身が有事に備えているとの矜持を示せればいいだけの場。

 ゆえに、


「えー、今の決められないのー? もうちょっとガッと踏み込んでザッと斬ればバッて終わるのにさー」

「うんそうね、クルハはマイペースでいいよね……」


 心から楽しんでいる彼女のような例は稀なのだ。

 我が友クルハ・ストラング、決勝戦進出を狙うわたしにとって最大の山場といっても過言ではない強敵だ。


「やれやれ、楽しげでいいね、君達は」

「わたしもそう見えましたかヒダリー様」

「……いつになく刺々しいね、君」


 声に友好さを欠いていたのは事実だろう。

 大きな肩幅を小器用に縮めてみせたのは主人不在のため一時的な停戦状態にあるヒダリー。次期子爵の近侍、護衛を自称した彼は1回戦を突破、このまま勝ち進めば3回戦でぶつかる相手である。

 つまり敵、彼もまた決勝に挑むわたしの敵となる予定で愛想よくする必要が尚更ない。


「そうでなくとも仲良しになるつもりは無いわけだけど」

「本音が口から漏れてるよ、君!?」


 試合は意外と早く進み、次々消化されていく。

 理由は見て取れる。フレイス教員がわたしの対戦相手、確かゲイルという少年に指摘したように攻撃偏重の使い手が多いからだ。

 特に試合が進む程、対戦者同士の格が上がるほどそんな傾向が顕著になっていく。

 剣の握り方を知らない程の素人剣術ではない、しかし互いに攻撃を繰り出し先に当てた方が勝ち、といった風の試合決着が続く。まるで相手から攻撃される、反撃されることを頭から考慮していないかのような。


「あんまりヒトと戦ってないんじゃないかなー?」

「成程」


 バトルセンス優等生のクルハが推理の経過を飛ばして結論を語った。

 おそらくは彼女の言う通り、貴族の義務で剣を握る、或いは素振ることはあっても誰かと戦うことは想定しなかった訓練の成果。それこそ対人模擬戦の機会も無かったゆえの剣といった具合なのだろう。打ち込み用の人形や巻き藁は反撃してこないのだから受けを意識することはない。

 ──それはステータスを伸ばすことに熱心で、敵を斬ることは考えもしなかった能天気なわたし自身にも少し突き刺さる感想であり、暗殺者の凶刃を退けた後で抱えた心の問題。

 はたして再びあのような状況があればわたしはヒトを斬れるのか。


(耳が痛いィ)


 あんな場面に遭遇することがなければいいとの感性と、ロミロマ2の殺伐世界で避け得ぬ事態に心構えは必要だとの理性は未だ決着を見ない。

 ここでは結論を出せない難題を先送り、平和の尊さと危うさを心の片隅に置きながら試合は進む、進む、順調に進む。

 大本命の登場まで時計の針は進む。


「1回戦が最後だからかなー、みんなすっごく注目してないー?」

「視線の圧が上がった気がするね、君」


 それぞれ言い回しは異なるが正鵠を射ている。ここまで武術を貴族の儀礼や習いとしか思わない者すら目を見開いて白線の闘技場を着目する。

 グラウンドの一角、殺風景に土と小道具しか置かれていない場所に偶像が降り立つ。周囲と変わらない地味な運動着に身を包みながらも内外の高貴さを隠し切れない少女が舞台に上がるからだ。

 レドヴェニア大公令嬢フェリタドラ出陣──というのは大袈裟だろうか。


「うわー、あの人多分強いよアルリー!」

「うん知ってる」


 四方八方から視線を浴びせられ、今までと比にならない注目の中で意に介した風もなく彼女は戦場に立つ。手にした木剣を両手に持ち、正眼から手元に引き付ける横向きの構え、相手に剣の腹を見せる独自の構えを示す。

 すらりと優雅な立ち姿と交差する水平の剣姿勢、彼女の剣術スタイルを公式設定ではこう名付けられていた。


 薔薇十字の剣ローゼン・クロイツァ


 ゲームで何度も見た姫将軍の立ち絵そのままに。

 ──画面越しに見ただけの本物が、そこにいたのだ。


(やばい、滾る!)


 転生を自覚した頃から今の今まで、バッドエンド回避に邁進してきたわたし。

 しかし攻略に頼らず100回バッドエンドを見てもプレイし続けた程にロミロマ2をやり込んだわたしだ、当然ゲームや登場キャラに入れ込む業が比例して深いのは言うまでもなく。

 これまでにも幾度かゲームキャラと接する機会はあったものの、身の危険や破滅の予兆と隣り合わせでロクに嬉しさを覚える余裕はなかった。


 だけど、だけど。

 今のわたしはただ傍観者として、危険を感じることなくゲームの一場面を思い起こさせる情景を目にした。

 同好の士からマリエット呼ばわりされたわたしだ、ゲームを超えた本物を目の当たりにして、気の昂ぶりを抑えられなかったことを誰が責められようか?


(やばいやばい尋常でなく超滾るゥゥゥゥゥ!!)


 この時だけ、この時だけと自分に言い訳の限りを尽くし。

 わたしこと神村優子はロミロマ2世界に転生したことを心から喜んだ。


 後に我へと返り「どーしてこの立場を気楽に満喫できないのォォォォ!!」と嘆き悲しむ羽目となりけり。

 所詮この身は没キャラ、『愚者』の神にも加護の限りがあったのである。


******


 ちなみに試合はあっさり終わった。

 瞬殺だった。

 対戦相手の上級貴族は目の保養となるべくもっと粘るべきだと思った。


******


 1回戦が終わり、10分の休憩時間が置かれる。

 前世世界の学校なら午前全部、午後全部をひとつの授業で占める配分は珍しいだろう。しかしそこはゲーム準拠らしくスケジュール配置のやり易さ重視か、時間割も大雑把な大枠で構成されていた。

 この日は午前午後の全てが武術の授業で賄われる。授業初回は説明イベント込みのチュートリアル仕様、大胆な仕切りだと思う。


「この先進めばあんなのと戦えるんだねー!」

「あんなのて。大公令嬢だから、凄く偉い人だから。分かってクルハ」

「うん凄いよねー! 少し前の試合はヒョロヒョロのが続いたからあんなのが出てきて本当びっくりしたよー!」

「ヒョロいのもあんな人もみんな偉い人達だから! 聞いてクルハァ!!」


 興奮冷めやらぬ調子で舌禍、他人に聞かれると不敬罪になりかねない発言を繰り出すクルハを抑える。心情はわたしも劣らぬ昂ぶりを覚えたのだけど友人の言動が危険で危ないので冷静なる制止役に回らざるを得ないのだ。

 割れ鍋と対になる綴じ蓋ことデクナは違う班なので今は役に立たない、外付けハードはこういう時に不便で困る。


「あたしもあーいうの作ろうかなー、こうガッて構えてバッと決めるの」

「クルハは技巧に走るタイプじゃないから意味なくない?」

「そっかー」

「こういう時は素直ォ」


 互いの執事がすかさず用意してくれたスポーツドリンクをチビチビと飲みながら観戦の感想を言い合う。真っ当なガールズトークにならないのはご愛嬌、クルハとわたしのコンビに色恋沙汰で話し合うネタなど存在しなかった。

 むしろ婚約者の居るクルハより居ないわたしの方が劣る分野だ、いとあわれなり。


「でもアルリー、あたし気付いたんだけどー」

「ん、何を?」

「あの人と戦うにはアルリーを倒さないと戦えないんだよねー?」

「……今更そこに気付くとは、やはり天然か」


 ギラリと輝く戦意がわたしに向けられた。いつも通り、いつも以上に篭められた闘気の熱量に今回ばかりは憂鬱が勝る。

 ああクルハらしいな、とは笑えない事情が先立つのだから仕方ない。

 姫将軍からの覚えを良くする好機に立ちはだかる最大の壁、それがやる気充分になってしまったのだから頭痛の種がすくすく育つ。


 ──しかし。

 今回ばかりは脳内庭園での成長を放置するわけにいかない。

 この先に待つ栄光への道を歩むには友の屍を超えていかねばならないのだ──いや別に殺したりしなけどそんな気分である。


「いつも手を抜いてるつもりは全く無いんだけどさ」

「うーん?」

「今回ばかりは絶対勝たせてもらうから。なるべく手段は選ぶけど」


 せめて友人相手に礼を失しないように、真正面から伐採を宣言する。

 わたしの言葉をどう受け取ったのか、クルハは二、三度まばたきを繰り返し。


 にっこりと笑った。

 ひまわりのような大輪の笑顔で。


「どんとこいー!」

「また嬉しそうにこの子は……」

「だってアルリーは守勢傾向じゃないー? 自分から攻撃的になるのって珍しいから超嬉しいなーって!」

「そ、そう」

「それにそんな感じの時って『ズルっ子剣』を使う時じゃん?」

「いや流石に人前で転移は使わないから。手段選ぶから」

「えー」


 かくして第2回戦、第1試合は幕を上げる。

 対戦者はついぞ今まで雑談を交わしていた友人クルハ・ストラング、幾度となく剣を交えた対戦成績はおそらく五分ライン。

 大望の難敵と化した彼女の揮う剣を一言で表現するならば。


 『剛剣』である。

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