10-03

「ならば現状の把握、諸君らの技量を確かめるべく、応用班の最初の授業は」

「1対1の、トーナメント形式の模擬戦とする」


(勝った! 第3部完!!)


 心の中でひとり大喝采を上げながら跳ね上がる気分を抑えるわたしありき。

 女主人公マリエットの入学前に繰り広げられた展開、ゲームで何度も経験した武術の初回イベントがほぼそのまま再演されてことに興奮を抑えきれなかった。

 武術担当がロミロマ2のキャラ、フレイス教員だった時点でこうなる公算は高かったものの達成したのは素直に喜べる。

 トーナメント形式の模擬戦、この流れはゲームの初年度にもあったイベントであり、ストーリー上の意義はいわゆるキャラ紹介。


(攻略対象ヒーローを格好良く見せるためのイベントだったのよね、多分)


 勝ち残りトーナメントの模擬線なのだから当然最後は決勝戦がある。

 その片方にルートの攻略対象が必ずエントリーされ、当然のように優勝を掻っ攫うのがイベント最大の見所。

 容姿端麗にして文武両道、これが各ルートのヒーローに与えられた共通事項。どのルートでも主演はマリエットの前でイケメンぶりを発揮するのである。

 ──ちなみに初期にマリエットのステータスを武力12に振っておくと、決勝戦でヒーローと戦う相手はマリエット本人が務める形となり、強制負けイベントと化すのはご愛嬌だった。


(それでも倒れたマリエットに「大丈夫か」と言わんばかりに手を差し出す一枚絵が入るサービスは忘れない姿勢だったっけ)


 ゲームではルートヒーローの活躍が描かれた武術初回イベントの構図、これを今回は上手く利用することが出来そうである。ただしそこにあるのは「ゲームの追体験が出来て嬉しい!」といった類の浮ついた理由ではない。

 トーナメント形式の模擬戦。

 即ち身分差を超えて勝ち残った者同士が剣を交える機会が与えられたに等しい。


(つまりわたしが勝ち抜けば、武力12マリエットのように決勝で姫将軍と直接対決できる環境が整うのとイコールって寸法よ!)


 おいそれと近付くことも不敬な上級貴族の最上位、大公家の薔薇と合法的に向き合ってあまつさえ「わたしを見ろォ!」が出来る最高のシチュエーション。

 この絶好の機会をモノにしないわけにいかないのだけど、不安の種がひとつ。


「アルリーアルリー、なんかスゴいことになってきてないー?」

「うんそうだね、クルハは喜ぶわよね……」


 わたしの隣で最強のライバルが興奮気味で楽しげにしている。

 クルハ・ストラング、我が友にして戦闘狂、不安の正体。

 出会いの日から今日に至るまで、彼女は武力ステータスを鍛えるのに協力しあった仲だ。互いに鎬を削り、切磋琢磨して腕を磨いた間柄。

 結果、客観的に見てわたしと彼女に武力で大きな差はない。数え切れないほど行った模擬戦闘でも勝率にほとんど偏りはないと思う。


(だから今は戦いたくないなァ!)


 普段なら親友にしてお互いを高めあう得がたきライバル、しかしこの場に限っては決勝を狙うにあたって最大の障害、途中で彼女と当たると勝ち残れるかの目論見が危なくなるのだ。

 思わず「下剤でも盛るか」などと危険思想に走るのも無理ない話だろう。

 これが早めに対決が叶う、例えばわたしと姫将軍が1回戦で当たってくれれば杞憂に終わる不安だ。でもトーナメントの組み合わせが完全くじ運ならともかく、


(わたしとは違った理由で姫将軍と一手交えたい貴族もいるだろうしね)


 学生時代のメモリアル的に。こっちは子世代孫世代を見据えたヒストリー的に手合わせしたいというのに。

 かくしてわたしが姫将軍と直接対決するには運と身分制度と友人、3つの壁が立ちはだかった。


(壁の1枚目と2枚目は避けようが無い、せめてクルハとの戦闘を回避する方法は無いものか……)


 良き解決方法を考案する時間はなく、模擬戦闘の場は程なく整えられた。

 白線引かれたそこそこの四角い空間に無数の木製武器。防具の類は一切用意されていないのもゲーム通りでちょっぴり漂う危険授業の予感、覚悟を決めているはずの班メンバーからも僅かな慄きがさざなみと立つ。

 ゲーム的にはイケメンフェイスをイベント絵にするなら防具、特にフェイスガードは邪魔とのメタ理由が主だろう。そして辻褄あわせの現実では、


「戦闘術とはただ剣を振り回すだけの蛮勇を指すものに非ず、敵の攻撃をいなす技巧も含めると我は考える。木製武器とはいえ当たり所次第では生傷で済まない場合もあろう。もう一度言うがこちらの班の参加は自己申告、己の分を超えたと思う者は今からでも遅くない、走りこみに参加しろ」


 改めて出されたフレイス教員のそっけないスパルタ表明に幾人かがグラウンドに向かって走り出した。蛮勇は勇気ではない、彼らは正しい判断をしたと思う。

 ──わたしだって切羽詰った転生事情がなければこちらでガチバトルできる程に自分を鍛え上げたりしなかったし!


「では残ったメンバーで対戦表を用意しておく。各員体を解しておけ」


 言い捨てた教員が手早く組み立てたトーナメント表は5回戦構造。人数調整で4回部分もあるものの、5回勝ち抜けば優勝といった単純なものだった。流石に総当り戦をするには色々足りなすぎるので無難なところだろう。

 それよりも組み合わせは──


「おのれ貴族社会ィ」


 『上がり盾』男爵令嬢がトーナメントの左端、大公家令嬢は右端に置かれたカースト表が置かれていた。限られた授業時間内で楽に組み合わせるのに御家の格をそのまま転用した結果なのは分かる、分かるけど。

 これでわたしは決勝を目指さざるを得なくなった瞬間である。


******


「有効打は我が判断するものとする。では早速1回戦第1試合を行う」


 世界はわたしの悲嘆には目もくれない。フレイス教員は淡々と受け持つ生徒の技量を把握すべくコールを行う。嘆きが終わる前に出番がやってきてしまった。

 ちなみにゲームではここで一騎打ちシステム、『戦争編』のみならず『学園編』でも何度かやり取りする機会あるバトルの操作説明が入る場面。

 いわゆるチュートリアル戦闘である、わたしの名前と縁深い。


(ゲームだとわざと負けても進行に影響は無かったのよねェ)


 わたしの場合はゲームのイケメン無双イベントと異なり一戦も落とせない、ところ変われば事情は異なるものだ。

 用意された木製武器から無難に剣を選んで前に出る。同じく剣を選んだのは見知らぬ少年。第1試合に名を連ねたのだからわたしと変わらぬ男爵階級、それも低い位置にいる御家の子なのだろう。

 面識はないのでそれ以上のことは分からないが、男爵の家系なら国境警備と無縁でなくウチやクルハのように子息子女は武威を望まれる立場かもしれない。

 相対した彼の顔がやや紅潮しているのは準備運動を終えた直後の他、興奮気味なのも作用しているようだ。


(ただクルハと違って武者震いよりも気負い過ぎてる感じだわ)


 ならばとわたしは落ち着いて呼吸を安定させる、落ち着くためにそうしている。わたしの心のナチュラル姿勢、第一歩を冷静に踏み出すべく。焦って行動を起こしても何もいいことはない。

 剣を構え相手を見据え──そういえば、と思い至る。


(こうして誰かと試合するのってクルハ以外では初めてかもしれない)


 9歳の頃より研鑽は積んできたが剣の相手といえばほぼクルハ一択、師匠にして執事のセバスティングだと試合というより稽古だった。何をしても暖簾に腕押し、全く勝てる気がしなかった思い出はそう評する以外にないだろう。

 もうひとつの例外、暗殺者との戦闘は文字通りの死闘であって試合に非ず。

 移動に制限がある世界観なので仕方ない面はあるとして、外界との関係はほとんど文通で済ませていた過去を振り返り、


「……わたしの世界、狭いなァ……」

「よし、始め!」

「えッ」


 僅かな心の隙を狙ったようなタイミングで開始の合図が飛んだ。意識を前に戻した途端に映り込んだのは勇んで突進してくる同年男子。

 恵まれた体躯で砲弾のように迫る少年は迷いなく木剣を打ち下ろし。


「ッ!!」


 不意を突かれたわたしに出来ることは少なかった。まずは様子見だの軽く打ち合ってみるだの力量を測ってみるだのあれこれ考えていた無数の選択肢は全部吹っ飛んでしまい。


 ──木剣の太刀筋を予想して合せるように跳ね上げる。

 剣が打ち合う、いや、触れ合うのと同時に手首を返して剣先を回す、ぐるりと絡めるように動かして巻き取り包み込み。

 そのまま回転力でもぎ取る、敵の手から剣を奪い捨て。

 武器を失った男の喉元に剣先を突きつける──ここまで考え無しのリアクション。


「あ」

「そこまで」


 マヌケな声を出したのはわたしである。

 いつぞやのバカボンがやらかした平手打ちのように、脊椎反射で最速の迎撃をしてしまったのだ。

 どこに行ったの冷静な第一歩、いやそれともこれは冷静な対処に含まれると思うべきかしら!?


「ゲイルは攻撃に意識が寄りすぎだ。守りの意識が疎かなせいでアルリーの受け手にあっさり剣を奪われた。攻守は共に意識すべき、心せよ」

「……」

「返事は?」

「は、はい」


 わたしの苦悩を余所に教官は教官らしいことをし始めていた。あっさり負けたせいか忘我状態の彼に対し一瞬の攻防でも採点し改善点を指摘できるのだから凄い。

 ゲイル少年はいかつい肩を落として去っていく。大丈夫、あなたの負けはわたしが負けるよりは王国の危機を招かないから多分。


「そしてアルリー・チュートル」

「あ、はい」

「次も期待している」


 フレイス教員は鋭い目の一瞥を残してさっさと審判席に戻る。わたしには何もアドバイスをしないとは、まさか負けないと悪い点を指摘してくれないとかそういう方針かもしれないけどもう少しこの良かったとか悪かったとかあるのでは?

 もっと具体的に褒めないと子供は伸びないのでは???


「アルリーやったね、見事な巻き上げだったよー!」

「ああ、うん、そうね、ありがとクルハ」


 実感も評価もない試合を終えたわたしに本人以上の興奮を湛えて友がやってきた。武術武芸に前のめりな彼女から見ても今の試合は「なんとなく反射的に応じただけです」との無様な代物には映らなかったらしい。

 それならまあいい良かったとどうにか胸をなでおろす。今のわたしは実力を隠すだとか目立たないようにしたいとかそんな謙虚さは無い。

 むしろ実力は必要以上にアピールし、認められ、あの子は只者ではないとの評価を得なければ何も始まらない立場だからして。


「よーしあたしも負けないぞー! そしてアルリー戦が待ってるー!」

「え」


 淑女らしからぬ腕を回して次戦に備える友人を見て、改めてトーナメント表を見返す。そこには1回戦第2試合にクルハの名前が。

 ……成程。

 確かに対戦者を爵位順に並べると男爵家同士の対決は早くなるだろうけど、いきなりの全開バトル強要は良くないと思うんですよ『愚者』の神様ァ。

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