10-02

 武術。

 煌びやかな衣装に身を包み、肉体労働は下々の役目とばかりに飽食の限りを尽くす貴族のイメージとはかけ離れた授業が学園のカリキュラムには挟まれている。

 我が友人デクナなども


「僕は文官志望なのだから無意味だと思うんだがね」

「デッキー弱々だもんねー」

「無駄なことをやりたくないだけだ」

「だいじょーぶ、あたしが守ってあげるから」

「……この件に関しては反論の余地が無くて歯がゆい」


 などと零す愚痴にも一定の利はある。ヒトには向き不向きがあって当然、ちょっとした心身の運動ならともかく後方支援担当に本格戦闘技術を修める必要性を感じないのは分からなくもない。

 ただどんな貴族王侯でも由来を辿れば、元々武力で周辺を平定した先祖の功績とは無縁でいられない。地方に封じられた領主ならば尚のこと隣国との盾役を期待されるのでさらに倍。


(ゲームだとこの辺りの説明は授業の最初で教員が口にするのよねェ)


 紛争絶えないロミロマ2世界の現実は武力が欠かせない要素だ。

 文官希望の地方貴族は自ら進んで前線に立ち剣を振るう機会は無いにせよ、決闘文化が根付いているため武術と無縁でいられない。

 それに後方指揮官として騎士や民兵に指示を出す立場になることは有り得るし不本意ながら戦いの渦中に身を置く可能性もある。そんな理屈で最低限の体力と身を守る術くらいはマスターしておく方がお得との観点からこの授業は存在している。


『そもそも第2部ではだいたいのキャラが戦争ユニットとして扱われるんだ。ロクに移動もできないひ弱なモブ貴族が指揮官だと士気が下がりそうだろ』

『乙女ゲームの貴族に求められる優雅さの欠片もないわ兄者ァ』


 他にも貴族社会の慣わし名物、名誉を賭けた決闘なんてのも関わってくる。個人が武勇を磨いて損することはないのだ。

 特にロミロマ2には決闘システムが存在し──


「教員のお出ましだ」


 誰かの呟きで現実に意識を戻す。

 ここは教室、段々畑のキャンパスに詰め掛けた貴族の卵が着席する中、視線を一点に集めて教壇に立つ男がひとり。

 やや細身、頬伝う髭を綺麗に揃えた中年男性だ。粗雑な印象はなく流麗な足取りは社交ダンスの教員のようにも見える。

 しかし彼の本職は立派な騎士、城詰めの軍人である。わたしはそのことをゲームで知っていた。


「生徒諸君、まずは挨拶を。我が名はフレイス、フレイス・シュバルケン。諸君らに武術を指南する者である。見知り置くように」

(よし来た!)


 爵位も何も付け加えない簡素な挨拶。しかしわたしは心の中でガッツポーズを決めながら彼のゲーム設定を思い浮かべる。

 フレイス・シュバルケン、元近衛騎士副長。

 貴族に物を教えるには一定の地位持つ者でなければ困難と、一時的に職を辞して学園に割り当てられたお人。


(確か子爵位を持ってたはずだけど領地無しの法服貴族だったわね)


 ロミロマ2のストーリー上は特に重要でないはずの設定を脳内に広げ、この先の授業展開に思いを馳せる。フレイス教員はロミロマ2本編でも教鞭をとった武術指南役。そして彼の教育方針がゲームのままならば。

 わたしの期待する展開があるはずだ。


「──さて、本来ならば諸君には基本的な運動と体の動かし方、己の操縦方法を学ぶところから始めてもらうべきだろう。しかし」


 前置きの説明、わたしが回想した武術の意義を語った後で教員は鋭い視線で貴族の雛を一瞥し、いつか聞いた台詞を口にした。

 ゲームで聞いた台詞を。


「それでは無駄もあるだろう」


 教室が僅かにざわめく。

 彼ら彼女達の中には武術と無縁、将来的にも剣を握る一生と関わりない地位に就く者もいるはずだ。それでも学園では等しく修めるべき技能と不承不承飲み込んだ少年少女に「無駄」と言い切ったのだから驚きが走るのも無理はない。

 説明を、釈明をとの求めが起こる前に本人が真意を語る。


「我が見たところ、既に自主的な鍛錬にて体を作っている者も若干名。そんなやる気に満ちた連中に基礎の基礎からなどは無駄にすぎる」

「……」

「ゆえに我は諸君を『基礎班』と『応用班』に分けて面倒見ることにした。組み分けは諸君らの自己申告を認めるものとする、それぞれ運動着に着替えてグラウンドに集合するように」


 ざわつきが収まらない中、フレイス教員は我関せずと退席していった。残されたのは戸惑いながらも更衣室に向かう面々。既に出来上がりつつある派閥構成、学内でのチーム単位で移動が開始される。


「じゃあわたし達も移動しましょうか」

「アルリー、アルリーは当然おーよー班の方だよねー?」

「そうするつもりだけど」

「よかったー、デッキーとサリーちゃんはオトナシゲだもんねー」

「うるさい」

「申し訳ないです


 基本的に貴族とは誇り高い生き物、大半がプライドの塊だといって良い。揉め事の解決に決闘が許容されているのもそのひとつだろう。

 そんな彼らが最初から自分には戦う力が無いと『基礎班』に名乗り出るのにも相当の屈辱を感じるものだと──いや、デクナやサリーマ様の姿勢からして必ずしもそうでもないかなと心揺らぐもゲームではそんな感じの説明が入ったものだ。

 その上で自分のペースで走れとは即ち「手を抜いてもいいぞ、恥を感じないなら」的な挑発である。


(姫将軍なら大丈夫だと思う、思うけど)


 デクナとサリーマ様は抗うでもなく基礎班への参加を表明、やる気に満ちたクルハは全身から元気を発しながらまだ見ぬ強敵へ期待を高めていた。

 ここまでは見事に2対2で分かれるチーム構成、最後の異物にも一応の問いを投げかけておく。


「それでヒダリーはどうなの」

「僕は一応ソルガンス様の護衛も兼ねていたんだよ、君」

「そうでガンスか」

「それ絶対ソルガンス様の前では言わないでくれよ、君!?」


 彼の慌てる姿に護衛を自認する割にバカボンを庇ってカバーリングに入ったところを見たこと無いけどね、との追撃嫌味は言わぬが華と心に留めておく。あのアームロックはあまりにもスムーズすぎてちょっと防ぎようはなかったし。


「しかし驚きの教育方針だね、意図はなんとなく分かるんだが」


 やれやれポーズを決めてくるヒダリーにはこれ以上関心が無いので無視を決め込んだ、もとい授業展開の予想的中ぶりに心からの安堵を覚えていた。


(──よし、ここまではゲームと同じだわ! 第1段階クリア!)


 基礎班と応用班の組み分けはゲームでも発生したイベント。

 もう少し具体的に言えば、この流れはロミロマ2でもほぼ同じことが起きた授業セッティング。ゲーム本編と同じ教師が担当するなら同じ流れになるのでは、と読んだ通りの初回ムーブなのだ。


(現実には班分けを自己申告で選べって言ったけど、ゲームだとマリエットの初期『武力』ステータスで分岐するのよねェ)


 女主人公マリエットの初期ステータスはオール7、そして振り分けられる初期ポイントは5点。通常は基礎班で鍛錬を積むことになる流れだけど、このボーナスポイント5点を全部『武力』に振り分けておくと上記イベントに対して応用班に入ることが出来た。

 攻略サイトではボーナスの使い道に社交全振りが定番だとオススメされていたのに反し、そこはゲームらしく他のステータスにもこういった分岐が色々仕込まれていたりしたのだ。

 ストーリー上はあんまり意味のない分岐。応用班に参加する攻略ヒーローのイベント絵を回収するのが最大の目的であるような分岐に過ぎなかった。

 しかし。

 今のわたしにとっては最大のチャンスと成り得るのだ。


******


 無駄に広い更衣室、個人各々に用意されたロッカーを贅沢に使っての着替えを終えて室外運動場に集合する。

 普段は着飾るイメージが先行する貴族の子息子女が体操着で立ち並ぶ姿は、うん、なんか反射的な笑いがこみ上げてくるのを精神力で抑え込む。


(学園物だから当然とはいえッ、ちょっとッ、おかしいッ)


 ゲームでは気にならなかった光景が現実になることで生じた笑いの衝動、組んだ両腕で腹筋を押さえてどうにか封じ込める。

 いつかランディがわたしのことをジャージばかり着ていると半笑いで評したことがあったが成程、これは彼の反応が正しかったのかもしれない。麗しの紳士淑女たちがジャージって言葉だけで面白い。

 まあ今はジャージではない、ジャージではないけどきっと冬の授業では。

 きっと姫将軍などもジャージを──


「──これは、冬が、怖いわねッ」

「僕にとってはどの季節でも憂鬱だよ、クルハや君と違ってね」

「えー、子供は風の子だよー?」

「慣用句を覚えたのは偉いがそろそろ童心からは卒業してくれないかな?」

「そこがクルハのいいところなのに」

「公私で使い分けてくれれば認めてもいいんだがそこはどう思う?」

「ノーコメントで」


 悪態交じりのノロケで気分を整えてわたし達は二手に分かれる。

 グラウンドに並び集まった二種類の塊、一方は多数、一方は少数。自己判断の元に基礎班と応用班は概ね予想した人数分類となった。少数の側、即ち腕に覚えある応用班の中にはプライドが先立ち見栄を張った者も含まれるだろうけど、そんな無謀な彼らはこの先の展開でふるいをかけられるに違いない。


(そして肝心の姫将軍は……よし、問題なく居た! 第2段階クリアッ!)


 再び心の中でガッツポーズを決める。

 女主人公マリエットに次ぐ完璧超人、自身を鍛えることに余念なく『戦争編』では無双する大公令嬢ならば応用班に参加する、その確率は高かったとしても結果を見なければ安心できない綱渡りが続く。

 残りの懸念はふたつ。

 目指すゴールに立ちはだかる第3関門、即ちフレイス教員がやってきた。

 ラフな格好と手には教鞭、流石にいい年した男性が学園指定の体操着姿でなかったことに胸を撫で下ろす、腹筋の危機再びは免れた。

 そんなわたしの内心を余所に近衛騎士副長は簡素に方針を告げる。


「うむ、ではまず基礎班はそのままグラウンドを周回し続けろ。自分のペースで走って構わないが終わりはこちらが終了を告げるまでだ。始め!」


 バトルランナーもといランニングマンの行進が始まる。

 体力をつけるための走り込み、着実で単調で心休まらない効果的な伝統的鍛錬であることは言うまでもない。距離や時間を区切ってないのも地味につらい。

 実際に戦場で剣を揮う機会があるか怪しい子息子女相手に必要な訓練か、という点を除けば有意義な基礎に勤しむ彼らをそのままにフレイス教員は応用班に名乗り出た面々をざっと見渡す。


「……うむ、それで諸君らは腕に覚えありと名乗り出たわけだが、我は一介の騎士に過ぎない。一瞥して諸君らの技量を見抜けるはずもなく」


 一同の視線を集めた教官は髭面をニヤリと歪め、極めてフランクな口調で皆に語り掛ける。どこか童心を含めた、彼自身楽しんでいるかのようなトーンで。


「それに諸君らも示したい、知りたいだろう。自らの鍛えた技を、そして隣り合うライバル達の技量がいかほどかを」


 彼の言葉にゲーム展開の再演、第3関門の扉が開く予感を覚えて拳に力が入る。

 まだ早い、まだ確信するには至らない、落ち着け、第一歩は冷静に。

 ──いや。

 わたし以外の周囲、フレイス教員の士気を高めるが如き語りに幾人かが気を昂らせているように思えるのは。


「ならば現状の把握、諸君らの技量を確かめるべく、応用班の最初の授業は」

「1対1の、トーナメント形式の模擬戦とする」

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