届け一番槍編
10-01
カーラン学園入学初日。
この日に学生達へと課せられたスケジュールは入学式と教室でのミーティングが主である。前世世界では定番だったクラス分け発表は存在しない。
理由は単純、年度によってバラつきはあっても1学年の生徒数が前世世界のそれに比べて半端なのだ。よって中高方式よりも大学風味が採用された結果、1学年は全員が広い教室に格納されることとなる。
総勢98名、3桁には満たない貴族の子供たちが一同に詰められる。今年ならば大公家令嬢から『上がり盾』令嬢まで分け隔てなく──との建前で。
(ま、実際は近い身分のヒトとグループ作るわよねェ)
広い教室、前世に照らし合わせれば大学のキャンパスと表現しても差し支えない段々畑のホールには同じ制服に身を包んだ男女が群がり分かれる。
そう、貴族イコール煌びやかな衣装との概念を破壊して、ここに居るのは全員が全員真新しいブレザーを着込んだ少年少女だ。この光景はゲームの第1部『学園編』の名に相応しく、衣類の面では身分差を殺す統一感に満ちている。
「あんまり動きやすい服じゃないよねー」
「暴れるなよ、破れるぞ」
「筆が進みます
「それ服装関係ある?」
かくいう我が友人一同も揃いの服装に身を包み、着慣れない格好に少々浮き足立っている感じがする。前世世界では学生が冠婚葬祭にも着用する万能服ではあるのだけど、わたし自身も制服のブレザーを着るのは初である。中高とセーラー服だったので。
(そういえば、こういう学園ファンタジーでセーラー服ってあんまり無いのは外国イメージだからかしらん?)
元が水兵の衣服だったらしいセーラー服がどうして女学生の制服に流転したのかは雑学兄なら知っていただろうけど、海外での普及具体はどうだろう。
それはさておき、入学式が終わって大教室に移動して30分くらい経過しただろうか。孤独を愛するコミュ障でもなければ数名からのグループを編成、談笑するには充分な時間だった。
「で、なんであなた様がここに居座っておられるのです? ヒダリー様」
「はっはっは、手厳しいね、君」
大きな肩を竦めてヒルダルク・セトライトが笑う。
わたしの誇るバカ友衆、クルハデクナサリーマ様に紛れた異物。以前ならバカボン3人衆を形作っていたレフトウィングが堂々とわたしの左の席に座っているのだからツッコミのひとつも入れたくなるというものだ。
「行動を共にしてきた二人がいないんだ、他に面識ある者を頼るのは自然というものだろう、違うかね君?」
「そこはセトライト伯爵の家名があれば引く手数多では?」
セトライト伯爵家は南方域の辺境、主にリンドゥーナとの国境沿いに置かれた下級貴族を束ねる御家。単純に数えて20以上の子爵家男爵家を統括する立場。
近隣のデビュタントにも会場を提供する顔役。そんな御家の家名を引っさげているのだ、ヒダリーと接点を持ちたい下級貴族は決して少なくないに違いない。
──などという事実を前面に押して「他でちやほやされれば?」と牽制球を投げたのだけど。
「頼られた分の何かを返せる当てが無いからね、君」
「世知辛いィ」
これまた大きな肩を竦めてアメリカンなお手上げポーズを作る。体格に似合わずキザな挙動を示すヒダリーの口調には自嘲と屈託が含まれていた。
彼は伯爵家の名を持ちながら配下の子爵家に送られた身。
これだけで御家を継ぐ立場でないのは明らかで、その子爵家にもバカボンな跡取りが居るのだ、婿として当主に座することも求められていない。
彼の立場は言ってみれば分家の扱いと同じ。子々孫々のいずれかの時代、伯爵家の血が絶えた時に他家へと逃し備えた株分け。当人が語った通りに彼自身が今代で引き立てられるも、それに伴う権力を手に入れることも可能性は極めて低い立場ということだ。
「ま、近所の誼で追い出したりまではしませんよ。確執はありますが」
「はっきり言うね、君」
「一緒に行動して誤解されると腹が立ちますからね」
「何か具体的なニュアンスだね、君!?」
ロミロマ2世界で元ネタが通じるとも思えないのだけど、そういう気分だった。
思わぬ5人組の完成を受け入れつつ、横目では遠くに存在する人だかりを捉える。キャンパス内で一際多い人の群れを構築した上段、しかし身分制度を正しく理解していればあれが同心円、中央少数と外縁多数の2グループで出来ていることには遠くからでも気付けるだろう。
人の壁が出来すぎて中を窺うのが難しい集団の正体は、
(姫将軍と公爵侯爵グループ、その取り巻き達ってところね)
わたしのターゲット、姫将軍ことフェリタドラ・レドヴェニアは王家に次ぐ地位の子女。彼女と同等に言葉を交わせるお家柄など実に限られる。
多少の格差はあれど御家に王家の血を入れたことのある上級貴族たちが最低ライン、それ以下は声をかけることすら無礼に相当するのが貴族社会の習いだ。
故に外周に集う土星の輪よりも濃い少年少女たちは上からのお声がかりを待つ集団、それぞれの派閥に属しながらも覚えよくあろうとする野心家たちだろう。
あれで上級階層の関心を買えるのならやる価値はあるのかもしれない、しれないけれども。
(だけどわたしは知っている、公爵家や侯爵家の令息令嬢はさておき、姫将軍は芸能人出待ちのファン紛いに気を払う性格じゃないことを!)
『第2王子』ルートをプレイすれば姫将軍の性格は誰でも理解できる。
即ち「自分にも他人にも厳しい人」。地位の重みを知り、私情に走らず己の心を殺して貴族の義務を果たすキャラ。上っ面の追従や太鼓持ちに心許すキャラでは決して無いのだ──良くも悪くも。
そんな彼女のことを兄はゲーム的におかしな論評をしていた。
『真面目で不器用、他人に頼るのが下手な委員長系クーデレキャラだな』
『……デレる面あったっけ?』
『評価できる相手はストレートに褒めてくるだろ』
『ああ、兄上にはユニーク認定ってデレ解釈だったんだ』
『そして委員長系キャラはヒロインレースだと弱い、弱いんだ委員長ォ……』
『何で落ち込んでるの兄上!?』
こと対人関係において生真面目さは必ずしも本人のプラスにはならない、忠言耳に痛しの法則で煙たがられる昨今。
彼女とお近づきになるには手段を選ぶ必要があった。
「……ふむ」
前世世界の入学式後ミーティング、各教室に集った後の恒例行事といえば教科書類の授受だけど、上級貴族の後取りがいる場で彼ら彼女らに無駄な労役をさせる手間は発生しない。
何のためにそういった役目の世話係が従事しているのか、既に着席した時点で一切の受け取りは完了しているのだ。
「お嬢様、こちら週間の授業カリキュラムでございます」
「ありがと」
何も問わずともツーカーでわたしの欲するブツを差し出してくれるセバスティング。お礼と共に受け取って凝視する、ミーティングが開始されるまでの短い時間に目を通す、注視する、そして考える。
「おや、早くもカリキュラムの確認かい。熱心だね、君」
横槍を無視する。これからの方針、転生事情を前提にした脳内ひとり戦略会議に他人の意見は取り入れる余地もない。
良い成績を取って一目置かれる作戦、ゲームの展開に根差した絵図面はとても誰かと共感できるものではないのだから。
(……社交、武術、魔術、芸術、魔導、文学、歴史、外国語……)
うんと頷く、内容自体はロミロマ2の勉強パートと変わらない。ゲームではこれら項目を週間単位、午前午後で自由に振り分けられたが現実には生徒に授業スケジュールを組む権限など有りはしない。
結果、わたしの生きる世界では前世の授業と同じくあらかじめ決まった時間割のままに行われる。でもそこは問題にならない。足りない部分は放課後でも夜間でも深夜でも詰め込めばどうにでも対応できるのだ。
むしろ問題は個々の授業内容に「やだ、この子凄い……!」と他者の目を引ける場面があるかどうかだ。
ゲームの女主人公マリエットは学園で優秀な成績を取ることで注目を集めた。
わたしも彼女の軌跡を見習うのが基本方針であるものの、実はこれだけでは上級貴族の方々と関係を深めるのには物足りない。
マリエットの行動をゲーム的にいえば、授業でステータスを伸ばしつつ一定値に到達すると、それが引き金となって個々のイベントが発生したと表現できる。
(いわゆるトリガーイベントって奴よね)
積み立てるのは好感度のみに非ず、キャラクターのステータス値は段階的にイベントを発生させるのに都合のいい目安だったのだろう。このステータスの数値がここまで到達したのならこのキャラとの関係はここまで進ませよう……そんな具合に。
しかし、しかし。
(わたしはマリエットじゃないんだから、たかだかステータスひとつでそんな都合よくイベントは発生してくれないわよねェ!)
関係性を深めるには好成績だけでは不充分、マリエットですら高ステータスを基にしたイベントの積み重ねでコミュを築いたのだ。好成績はきっかけにすぎない。
そしておそらくわたしには、きっかけを作れば自然とイベントが発生してくれる程のゲーム的なお膳立ては存在しないだろう。ここが人の生きる世界ならば尚更だ。
(そう、だからわたしは好成績を積みつつも心に残る出来事、イベント紛いの何かを自分で用意して機会を掴まなければならない……ッ!)
自分で起こすか、それとも誰かの言動に便乗して注目を浚うか。
……なんだこのアドリブ精神、或いは滅多に無いテレビ番組の仕事で目立つチャンスを虎視眈々と狙い続ける売れない芸能人めいた姿勢。
「せめて『鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギス』精神と言い換えよう……」
「ほう、なかなか風雅だね、君」
わたしの心中など知らぬヒダリーがズレたツッコミを寄越してきた。
──平凡で面白みに欠けるツッコミに失望を覚える、彼はデクナやランディを見習うべきである。きっと笑いや揶揄を篭めて楽しく混ぜ返してくれたに違いない。
ともあれ秀吉精神で注目を拾う覚悟を決めたわたしは改めて授業項目を眺める。
そもそも学校の授業で他者から注目を浴びるというのが無理難題だ。活躍の機会などは教員に指示されて教科書を朗読する、板書の問題を解いてみせる、挙手して設問に正答を返すのが関の山、そしてこの程度で上級貴族から高評価を得るのは望み薄だろう。
(他者との比較で突出した実績といえば学期末試験の結果発表があるけれど)
ゲームにもあったポイント稼ぎイベント、知力ステータスを主に判定する明確に点数が貼り出される機会。ここで上位者に名を連ねれば一定の評価は得られるだろう。
しかし逆にいえばこれくらいしか個々の成績で自身の優秀さを証明する機会など無いのである。
たかだか年に3回しかないイベント、これではまるで足りない足りない。
(もっとイベントを、叶うなら姫将軍を狙い撃ちして好感触を得られるようなイベントが必要なのよォ!)
都合のよいイベントに期待できないわたしは現実的な世界に打開策を求め、視線はカリキュラム表の上を漂い走り抜け。
──ひとつの授業に着目した。
(これがあったか……!)
仮に、仮に。
仮に授業の担当教員がゲームと同じなら、或いはゲーム序盤で
上手くすればとても目立つ、それどころか直接対決が叶う授業。そして学園生活序盤なればこそ姫将軍とのステータスに差がなく最高のチャンスに成り得る授業がひとつ。
明日に初日を迎えるその授業を目に留めて、期待と不安を滲ませて。
「頼むから予想通りに進んでちょうだい、武術の授業」
心を定めたわたしはミーティングの開始を待ちこまねいた。早く終わってくれないと明日に備えた一夜漬けの特訓を始められないのだから。
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