9-08

今日でちょうど一周年。

めでたき。



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 時間とは指折り数えなくとも過ぎ行くもの、積み重なるもの。

 心の準備が出来てないから来ないでくれと願っても、その日はやってくる。


 カーラン学園入学式当日。

 講堂と呼ぶには装飾過多な建物に人が集う、集う、集う。

 この日のために寮で待機していた子供たちとその世話役、この日のためだけにやってきた大人たちが一箇所に集結した結果だ。


「それにしても人多くない?」


 物凄く当たり前のことだけど、支配階級の人間は国民の数からすればごく僅か。そして入学する時期は概ね子息子女の年齢に合わせて行われるわけだから同じタイミングで大挙することはないと思っていた。

 しかし目の前の群集がそれを否定するのはどういうことか、わたしの疑問を優秀な執事は一言で解決してくれた。


「貴族ともなれば本家以外の人間も数多く存在しますからな」

「……ああ、成程」


 前世社会の常識ならば一家庭に子供は一人二人が標準的。子沢山家庭は実に稀なのが実情だったのに対し、貴族は血統大事。

 本家にも跡継ぎたる長子の他、万が一を考えて次男三男以下略を何人も用意するのは当たり前。それどころか血を分けた分家傍流を用立てての備えを怠らないのが歴史ある貴族社会の習いというもの。

 他家への婿入り嫁入りで影響力を強める材料に出来る反面、御家の跡目争い、血族同士の火種となることも珍しくないにもかかわらず、貴族は己の血を増やして次世代に伝えることに余念が無いのだ。


「次男に三男、四男五男、妾腹、従兄弟従姉妹、ご先祖繋がりに婿入り嫁入りの実家、果てには迎えた養子エトセトラエトセトラ……」

「そのように人数が増えるわけでございます」

「お金かかるわねェ」


 セトライトの家名を名乗りながら筆頭子爵家で側仕えをしているヒダリーなどは他家に出してる良い例かしら、と口にしないのは淑女の慎み。

 前世ですら養育費はバカにならなかっただろうに、こちらの着飾り体面社会ではいかほどの投資になるのか。金持ちが倉を解放するのは経済的に悪くないことだけど、あまり生産的だとも思えないのが辛いところ。


「兄姉のお下がりってわけにもいかないでしょうに」

「基本オーダーメイドでございますから」

「高級服飾店は儲かりそう」


 上級貴族ともなれば御家付きの仕立て職人を幾人も抱えているのだろう、つくづく貴族とはお金のかかる生き物だとしみじみ頷くわたしは、やはり根っこの部分で貴族になりきれてないのだと実感するのであった。


******


「ではまた後でな、アルリー」

「またねー!」

「しばらくお別れです和、アルリー様」

「うんまた後で、そしてサリーマ様は大袈裟すぎる」


 朝食を共にしながらも入学式会場を前に散会するわたし達。

 理由は着席する場所にあり、「学園では皆平等」を掲げながら座席位置は御家の格で決められているからだ。もうちょっと本音は隠せばいいと思う。


「格上からの降順ソートなのは分かり易いけどさァ」

「分かり易さは正義と申しますぞ」

「これはこれで建前を真に受けるなってメッセージかもしれないけど」


 偉い順からの降順ソートに従い、貴族ピラミッド最下層組のわたしは入学生列最後尾の端っこに席を確保する。

 講堂に並ぶ座席は流石にパイプ椅子ではなかった。機能的かつ便利であっても貴族にあれをどうぞと差し出せる気概は発揮されなかったらしい。貴賓責に置かれたソファには遠く及ばないにせよ、折り畳めない背もたれ付きの椅子が列を為す光景は配置や片付けが面倒そうである。


(それともこの準備は前世世界と同じく生徒たちが動員されたのかしら?)


 学校行事の準備は基本的に生徒が労役を課せられる、貴族学校でもその法則が働いたのか否か。或いは貴族社会なら従者の役割か。雑務を肩代わりするために執事の同伴が推奨承認されているのだからそちらの方がありそうだ。


(まだしばらくは周囲を観察する余裕はあるわね)


 視線を彷徨わせた先、保護者席の着席者は少ない。

 前世だと入学式は子供の誉れ、是が非にとも見学したい記録に残したいとカメラ構える大人が少なくなかったが、貴族支配罷り通る世界で彼らは領主や官僚とその家族だ。おちおちこの程度のイベントで家を空けられる立場の者は少数というわけだろう。それでも公務的に参加するお貴族がいるなら貴賓席に招待されるわけで


「……うん?」


 貴賓席に目をやろうとした寸前、保護者席に子供が見えた。新入生の兄弟姉妹が連れてこられたのだろうか、との思いも束の間。

 お召し物は普通の洋装の子供、柔らかそうなおかっぱの髪の毛は羽を休めた小鳥のような雰囲気で

 ──なんだか見覚えのあるような少女だったように思えて来た。


「は!?」


 慌てて首を急ブレーキ、視線を保護者席に戻したのだけど。

 そこには目にしたような気がした子供の姿は無かった。代わりに立っていたどこかの執事さんらしき男性と視線が合ったせいか目礼された。

 ちょっと驚いたけど流石に何かの見間違いだったのだろう、そりゃそうだと理性は納得を示す。


(まさか四女様がいるとかあるはずなかろうもん?)


 四女様ことアリティエ・ブルハルト、確か9歳。

 可愛らしい外見とは裏腹に中身は色々キメている早熟貴族ッ子。筆頭公爵家ブルハルトの一族で『大公』ルートのライバルヒロイン、魔女ホーリエの妹君。

 そしてひょんなことから彼女の短期留学お世話係を仰せつかり、多生の縁が出来た幼女様。

 ──ちなみに暗殺者騒動は政治的かつ捜査上の理由で口止めされているので、わたしと四女様の公的な関係は上のようなものに留まるのだ。


 国家ナンバー3の上級貴族令嬢、仮に家族枠で入学式へと顔を出すなら間違いなく貴賓席に呼ばれる立場の少女だ、それが保護者席に見えた気がしたのだからわたしの脳はどうかしている。

 これからの1年に、マリエット入学前の難関イベントを控えて緊張でもしているのだろうか。


(魔女ホーリエの入学は来年のはずだし、落ち着いてわたしの脳)


 心拍の乱れを招いた幻想の否定と鎮静で時間を潰すこと暫く。

 入学生の座席が埋まったタイミングを見計らったように、


『これより本年度のカーラン学園入学式を執り行います。繰り返しお伝え致します、これより当学園講堂にてカーラン学園入学式を──』


 園内スピーカーが伝達事項をかき鳴らす。移動手段と同じく情報伝達の方法も限られたロミロマ2世界、高価な魔導機械の有線スピーカーをあちこちに配置しているのは貴族御用達な学園ならではだろう。


 開会の挨拶をはじめに理事長、校長のほどほどに長い演説が続くもわたしの関心はそこには無い。彼ら大人の人生観に根差した説法はこれから立ち向かう試練の役には立たないのだから仕方ない。

 大人たちのありがたいお経の最後は貴賓席を代表し、王族だという壮年の男性が締めてくれた。一際大きな拍手を送るが内容は覚えていない、否、覚える価値がなかった。


(よし、これで味のしない前菜は終わったわね)


 他人の長話を自分はどう感じたのか、これを客観視できない大人は多い。学生時代に誰しも体感しただろう辛い経験、偉い人が得意げに語る話、そんな話は興味ないから早く終われと願った思い出を未来に活かさないのはよくないと思うのだ。

 わたしも是非気をつけたい、偉くなる予定は今のところ皆無だけど。


(まあいいわ、それよりも問題はここからよ)


 萎えた心を奮起させ、気を引き締めて次を待つ。進行スケジュールによれば次こそがわたしの注視すべきイベント。

 予測を確信とするタイミング。


『続きまして、入学生代表より挨拶』


 アナウンスに従い入学生代表が壇上に立つ。

 カーラン学園には入学試験など存在しない、あくまで貴族階級の子息子女であること一点で入学が認められる。

 この環境で入学生の代表を選ぶとなれば、家柄を基準に選抜されるのは当然の計らいだろう。貴族社会のピラミッド構造では実に分かりやすく、ロミロマ2の入学式では攻略対象の最上位キャラ、第2王子が選ばれたように異論も出ない。

 であれこそ、今年の入学生で選ぶならば。

 当然彼女だろうと予想はしていたし──それが的中した。


 生徒達、保護者達、教員達、従者達の注目を一身に浴びるのは大公家の薔薇。

 赤金色の冠を思わせる御髪にどこまでも美しいかんばせ、揺るぎない立ち姿に自信と魅力に満ちた双眸、硬質な美貌に柔らかさを宿らせた紅白色の頬と唇。

 彼女を言い表すのにわたし自身の語彙を発揮するなら簡単だ、ロミロマ2のキャラクターで誰もが認める最強の美少女。


 フェリタドラ・レドヴェニア。

 『第2王子』ルートのライバルヒロインにしてレドヴェニア大公家の長子。

 文武両道容姿端麗を極め、ゲームのファン達からは姫将軍と呼ばれた社交界の華だ。

 唯一の欠点は気位の高さからくる、自分にも他人にも厳しい点だろうか。故に他人から煙たがられ、個人的に親しい相手を作れなかったことをわたしは知っている。


(それで第2王子もマリエットに走ったわけで……)


 彼女はもっと甘いもの好きな点などを前に出すべきだったとしみじみ。


「今年、わたくし達は歴史あるカーラン学園に入学を許されました。これは貴族の、それぞれの御家を背負うわたくし達にとっては通過儀礼でしかないと思う者も少なくないかもしれません。されど──」


 姫将軍の美しい声が講堂に満ちる。堅い内容は耳で捉え、思案を巡らせながらもわたしの目は標的を捉えて離さない。

 ロミロマ2のプレイ経験で知っていた。彼女が、フェリタドラだけが先んじて一年早く学園に入学してくることをわたしは知っていたのだ。


 王家と大公家の婚姻政策、この磐石にして強固な繋がりであるべき関係を破綻させたのがこの入学時期のズレ。学園内で婚約者の彼女が第2王子と距離を置く状況を作り出し、反面マリエットが王子と距離を縮めるのに必要なギミックだったからこそ、絶対に再現されるだろうとの予想は実現された。


(なら当初の予定通り、わたしがこの1年で達成すべき最大の目標は)


 貴族階級最下層な『上がり盾』男爵家の小娘でしかないわたしが。

 国家ナンバー2名家の姫将軍とそれなりの関係を築くこと。


(無理難題すぎる、でもやるしかないの……ッ!!)


 これを叶えなければ『第2王子』ルート、女主人公マリエットと第2王子、そして姫将軍の三角関係に割って入る、クチバシ突っ込んで介入することなど夢のまた夢。上級貴族のやり取りに口を挟むなんて命取りの行為をアクションできないのだ。

 せめて、せめて友情関係とまでいかずとも、身分が随分下の下にあるわたしの方からお声がけしても許される立場を作らなければ。


 命がいくつあっても足りないのは必至。


(そのための計画は、ある)


 学園のカリキュラムがロミロマ2の授業と同じような組み立てであれば、との前提が立つものの、授業を利用して上級貴族の皆様方と接点持つ機会は幾つもある。

 それらを利用して姫将軍の眼鏡に適うことが出来れば、偶然を装い接触する機会も得られるだろうと思っていた。


 ──ただし、誤算もある。

 この1年でわたしが彼女の目に留まる、これは随分前から組み立てた計画だ。

 ロミロマ2で未来の先行きを知るからこそ立てた計画、大公家令嬢からすれば目にも映らない、映す価値のない下層身分のスタートから立てた計画。

 しかし。


(もう2度ほど顔を合わせる機会があったなんて誰が予想するよォ!?)


 そう、わたしは既に姫将軍と接触する機会を得ていたのだ。

 一度目はデビュタントの会場で、二度目はリンドゥーナ留学壮行会の日に。

 初回は軽く、再会時は大公家の密命下される立場で。


 わたしの立てた計画はロミロマ2のマリエットが辿った軌跡を参考にしたもの。高貴な方々と面識なく取るに足らないゼロからのスタートを想定したものだった。

 他者を地位よりも能力で計る彼女の人品を知った上で、学園で好成績を収めてプラスを稼ぎ続ければ下級貴族でも一定の評価を得られるだろうと。

 現にロミロマ2のマリエットは全くの無名から頭角を現すことで主要キャラ達から注目を浴び、段階的にフラグを建てていった。この構図をそのまま真似れば一定の効果は充分に期待できると踏んでいたのだ。


 でも、でも。

 過去の接触で既になんらかの評価を出されていたとすれば。

 見られ方が同じになるとは限らない──


『セバスハンゾウ、わたしってフェリタドラ様からどう見られてるの!? そもそもわたしごときが認識されちゃってるの!?!?』

『さあて、某には想像もつかないでござ候』

『役に立たないィィィ!!』


 出立前、問い詰めたニンジャの反応はにべもない。

 仕えていた主の情報は出さないということか、本当に見当もつかない謎なのか、大公家の執事はまるで当てにならず混迷の極み。


(今までの接点、あれらはどんな評価なの!? プラスマイナスを及ぼしたの!? それとも一時の戯れと忘却の彼方!?)

(そういえばブルハルト家から貰った礼状の報告も返事なかったしどうでもいい扱いでオッケーなの!? 裏切り判定はセーフ!?)

(姫将軍の高評価「ユニーク」を2回くらい貰っちゃったような気がするけどあれ有効なの無効なの!? どうなの教えて『愚者』の神様ァァァァ!!)


 真剣にお話を聞いてるフリで、心の中では頭を抱えて転げまわっていた。

 立ち向かうは身分制度の壁。

 目指すべきはイベント介入を容易に行える立場の確立、足がかり。


 綿密に組んだはずの計画は土台の不確かさを加えて初日を迎えたのだった。

 ──マリエット入学まで、残り365日。


******


「お嬢様、あれでよろしかったのでございますか」

「近くに寄ったついで、特に用は無かったでしゅからね。ただ」


 端々に笑みの気配を乗せ、小鳥は木陰でさえずった。


「ただ、欲しい物の顔を見たくなっただけでしゅ」





********************

以上でモブの入学編はおしまいです。

また浮気をするか続きに取り掛かるかは今から考えます。


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